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第80話 エスケープ

「パイセン、この学園、調理実習とかありませんよね、つまんないです」



   ハッテンベルガーがアカデミー内の庭の木陰で昼寝してる俺のところにきた。



「貴族のお嬢様は料理など通常しないからな」

「あれば手作りのマドレーヌとか差し入れに渡せたのに……少女漫画にもあったのに……」


「休みの日に作れば?」

「1人で作るのはちょっと……」

「お前もしかして自分が食べたいだけなのでは?」


「バレましたか、先日の醤油ラーメン、美味しかったです」

「今日はラーメンではなくて、学食だった」



   俺は食事の後、昼休みにゴロンしてたのだ、芝生の上で。



「そうですね、薬剤室にいませんでしたし」

「ラーメンを求めて行ったのか?」

「ええと、なんとなく?」



  ハッテンベルガーはお腹をさすってる。空腹なのか……。



「やれやれ、哀れなやつだ」

「テヘペロ♡」

「午後、サボって抜け出すか? どこかで食べ物を食わせてやってもいい」


「なんと! サボりなんてお坊ちゃまらしからぬ発想!」

「なんとでも言え」

「お供します!」

「ははっ」



  なんとも力強い返事だと、俺は笑った。



「でも、学園にバレたらどう言い訳するんです?」

「俺の家は公爵家だから、そう怒られない気がする」

「ずるい」


「お前は俺の付き添いって事にしてやるよ」

「そうか! 従者ポジなら!」



   そして予鈴が鳴ったが、俺達は無視してアカデミーの裏にある高い壁をこっそり風魔法で越えた。

   ハッテンベルガーは、風魔法とか無理って言うから、仕方なく俺が抱えて飛んだ。



「パイセン、風魔法使えるなんてすごいですね」

「逆にお前は何が使えるんだ、貴族なら一種くらいは魔法使えるんだろ?」

「火です……チャッ◯マンレベルの」

「チャ◯カマンレベルとか……哀れな……」


「お肉とか炙る時にはお役に立てます!」

「おー、その時は頼むわ」



   前世はともかく、こちらの世界で授業中に抜け出したのは初めてで、少しだけドキドキした。ガラにもなく……だ。



「パイセン! あそこにガレット屋が!」



   確かにハッテンベルガーの指し示す先には出店があった。


「クレープならもっとよかったろうにな」


  と、言いつつも、約束なのでガレットの屋台へと向かう。


「パイセンのお力でクレープ屋を出して下さい」

「清々しいまでの、他力本願だな」


「えへへ、このガレット二つください!」


  俺はもう昼食を食ったからいらないと言う間もなく、ハッテンベルガーが二つ注文してしまい、


「はい! かしこまり!」


   店主もそう答えてしまった。



  でもその蕎麦粉のガレットにはベーコンとしめじのようなキノコとチーズと卵が使われていて、なかなか美味そうだったので、おやつ代わりに食うことにした。



「美味しい!」


  早速立ち食いするハッテンベルガー。


「そうだな」

「あのぉ、ところでお嬢さんたち、その制服、アカデミーのものではないですか? 授業はどうされたんですか?」


「特権階級なので、少し抜けてきた」



   俺は堂々と言った。



「な、なるほど、流石特権階級!」



  屋台の店主は納得した。これが貴族パワー!



「こんな堂々としたサボり文句言う人、初めて見ました!」



  目を丸くして俺を見るハッテンベルガー。



「お前が空腹そうだったから施してやったんだぞ、食堂行くには遅い時間だったし」

「はっ! ノブレスなんちゃら!」

「ノブレス・オブリージュ」


「あとはタピオカミルクティーでもあれば」



   などと、ハッテンベルガーがほざく。


「何がタピオカだよ、ただのジュースで我慢しろ」

「あ、もしやジュースまで奢ってくださる!?」

「そこに果汁100%のジュース屋がある」


  良さげな出店をみつけてしまったのだ。


「やっふー!」

「りんごとオレンジがあるぞ、どちらにする?」

「えーと、じゃあパイセンが選ばない方で」



  この女はきゅるんとした目で俺を見てきて、明らかにかわいこぶってる。



「もしかしてシェア目当てなのか?」

「だめですかぁ?」

「まったく欲張りなやつだな、仕方ねーから許すが」

「やったー! 許された! パイセン優しい!」



   喜ぶハッテンベルガーを横目に、俺はオレンジとりんごジュースを頼み、りんごをハッテンベルガーに、オレンジを自分のものにした。



「りんごジュース美味しい!」

「よかったな」



   隣で美味しそうに料理ジュースを飲んでる姿を見守る俺。


「パイセンはオレンジ飲まないんです?」

「先にお前がこっちも一口飲んでいいぞ」

「なんでですか?」


「男が口付けた後は嫌ではないのか?」

「そんな訳ないじゃないですか、自分の顔を鏡見たことないんですか?」

「無いわけないだろ、ったく、気を使ってやったのに」


「パイセン紳士過ぎる……」

「うるせー、早く飲め、やらんぞ」

「飲みます!」


 それは俺達の、アカデミー生活中、初めてのサボりタイムだった。











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