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第84話 豊穣祭当日

アカデミーの庭園の木々も黄色に染まる秋。


あれはイチョウの木だなあ……こっちにも地球と同じ木があるんだなと、改めて感心していた。


そして秋の景色や温度をこの身に感じながら、収穫祭の日を迎えた。


自分の在籍しているアカデミー内でも、祭りのダンスパートナーはちゃんと誘えたのか?みたいな浮かれた会話がしきりに耳に飛び込んでくるが、


俺なんか人前で奉納舞を披露するはめになっている。



「ガダフィード先輩が今年の奉納舞の男性パートの舞い手なんだもの、早めに行って場所とりすべきではなくて?」

「あなた、ちょっと場所をとっきてちょうだい」

「は、はぁ……」



このようなセリフまで聞こえてくる為、花見の席取りのような真似まで横行してるのが分かる。しかも上位貴族から男爵家の者への言葉は命令と同じだ。


いくらアカデミー内は皆等しく生徒なのだから家格の権力を振りかざすな。と言う決まりがあっても、気位の高い貴族のほとんどは素直に従わない。



「……先輩、調子はどうですか?」

「ハッテンベルガーか……残念ながら病欠はできそうにない」



俺はため息混じりにそうぼやいたが、ハッテンベルガーは人ごとなので、無邪気にくすくすと笑った。



「祭りの出店も沢山並んでてウキウキしますね、先輩は何を食べたいですか?」


ほらな、こいつの脳は既に食欲に支配されてる。



「チーズのカリカリ揚げ」



春巻きの皮みたいなのに、チーズを入れて揚げて塩かけたやつ。



「あー、あれ美味しいですよね、女子にも人気」

「奢ってやるよ、代わりに買ってきてくれ」

「やった! 行きます!」



そして俺から金を受け取ってチーズのカリカリ揚げを買って来たハッテンベルガー。

油がミニ包まれたそれは見事なきつね色に揚がってて美味そうだ。



「うん、表面パリっとしてて美味い」

「パリっとしつつ、中はトロリ、これ、冷めても美味しいですよね」

「ああ……さて、気が重いが俺は着替えてステージに向かわないとな」

「奉納舞、頑張ってください」



俺はハッテンベルガーから背を向けて手をひらりと振って、更衣室へと着替えに向った。

代表者の奉納舞いは陽の高いうちにやる。


◆ ◆ ◆


美しくさわやかな秋空の下、麦の穂を手にカーネリアンの令嬢と白と金色を基調としたヒラヒラした服をまとい、奉納舞を踊った。


秋の豊穣と収穫を感謝し、神様に奉納する舞だ。


歌は聖歌を巫女が謳ってくれて、楽士も神殿から来てる神官が奏でる。


四角いステージの四方を囲むようにして、老若男女のギャラリーが沢山いる。


こんな注目のされ方は恥ずかしくて本来は不本意なのだが、神様に来年の実りもお願いしますの意味があるので、誰かがやらねばならなくて、主に見栄えの良い男女の舞い手が毎年選ばれる。



無事、奉納舞のラストパートを終え、俺はステージ上の大地に膝をつき、最後に神に感謝して頭を垂れた。


ギャラリーから歓声と拍手が響きわたった。

黄色い声援も沢山聞こえた。


──これにて、無事に任務完了。

制服に着替えてこれからフリータイムだ。


◆ ◆ ◆


篝火が夜の闇を照らす頃。


昔学園祭で見掛けたこともある、キャンプファイヤーの大きな火を囲んで皆で踊る。


しかし、別にパートナーがいなれけば参加しなくても良い。

俺も沢山女子に誘われたが、もう十分奉納舞を踊ったから疲れたと言って逃げた。そしてこっそりアカデミーの教室内の窓からキャンプファイヤーを眺める。



「パイセン、何、逃げてるんですか?」


ハッテンベルガーが俺の教室まで現れた。

今はもう、人前ではないので先輩呼びではなく、いつものパイセン呼ばわりに戻っていた。



「戦略的撤退だ」

「ふーん、あ、パイセンの机どれですか?」



ハッテンベルガーは興味深そうに教室内をキョロキョロしてる。



「窓際の一番後ろだ」

「ワオ! 運動部エースの席だ! めちゃくちゃヒーロー感ある!!」


「運動部でもなく帰宅部みたいなものだが」

「……ここでヒーローは……授業中寝るんですよね」


と言ってハッテンベルガーは俺の机の上でつっぷした。



「なんでお前がそこに座ってんだ」

「えへへ、ダンスの変わりに青春的なことをば」



アホか、それ、好きなやつの席でないと意味ないだろ?と、言いかけてやめた。なんか俺に惚れてるのか?って聞くみたいで恥ずかしい。



「立てよ、ダンスの曲はここまで聞こえてるぞ」

「今、もしかして私をダンスに誘ってくれてます?」

「まぁな。ただの気まぐれだが、人目がない、今がチャンスだぞ」



ハッテンベルガーは席を立って、制服のスカートの裾を掴み、よろしくお願いしますと頭を下げてから、頬を染めて手を差し出してきた。



俺達は人気のない、夜の教室で二人だけでダンスを踊った。


まるで青春漫画の1ページみたいに。


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