アカデミーの庭園の木々も黄色に染まる秋。
あれはイチョウの木だなあ……こっちにも地球と同じ木があるんだなと、改めて感心していた。
そして秋の景色や温度をこの身に感じながら、収穫祭の日を迎えた。
自分の在籍しているアカデミー内でも、祭りのダンスパートナーはちゃんと誘えたのか?みたいな浮かれた会話がしきりに耳に飛び込んでくるが、
俺なんか人前で奉納舞を披露するはめになっている。
「ガダフィード先輩が今年の奉納舞の男性パートの舞い手なんだもの、早めに行って場所とりすべきではなくて?」
「あなた、ちょっと場所をとっきてちょうだい」
「は、はぁ……」
このようなセリフまで聞こえてくる為、花見の席取りのような真似まで横行してるのが分かる。しかも上位貴族から男爵家の者への言葉は命令と同じだ。
いくらアカデミー内は皆等しく生徒なのだから家格の権力を振りかざすな。と言う決まりがあっても、気位の高い貴族のほとんどは素直に従わない。
「……先輩、調子はどうですか?」
「ハッテンベルガーか……残念ながら病欠はできそうにない」
俺はため息混じりにそうぼやいたが、ハッテンベルガーは人ごとなので、無邪気にくすくすと笑った。
「祭りの出店も沢山並んでてウキウキしますね、先輩は何を食べたいですか?」
ほらな、こいつの脳は既に食欲に支配されてる。
「チーズのカリカリ揚げ」
春巻きの皮みたいなのに、チーズを入れて揚げて塩かけたやつ。
「あー、あれ美味しいですよね、女子にも人気」
「奢ってやるよ、代わりに買ってきてくれ」
「やった! 行きます!」
そして俺から金を受け取ってチーズのカリカリ揚げを買って来たハッテンベルガー。
油がミニ包まれたそれは見事なきつね色に揚がってて美味そうだ。
「うん、表面パリっとしてて美味い」
「パリっとしつつ、中はトロリ、これ、冷めても美味しいですよね」
「ああ……さて、気が重いが俺は着替えてステージに向かわないとな」
「奉納舞、頑張ってください」
俺はハッテンベルガーから背を向けて手をひらりと振って、更衣室へと着替えに向った。
代表者の奉納舞いは陽の高いうちにやる。
◆ ◆ ◆
美しくさわやかな秋空の下、麦の穂を手にカーネリアンの令嬢と白と金色を基調としたヒラヒラした服をまとい、奉納舞を踊った。
秋の豊穣と収穫を感謝し、神様に奉納する舞だ。
歌は聖歌を巫女が謳ってくれて、楽士も神殿から来てる神官が奏でる。
四角いステージの四方を囲むようにして、老若男女のギャラリーが沢山いる。
こんな注目のされ方は恥ずかしくて本来は不本意なのだが、神様に来年の実りもお願いしますの意味があるので、誰かがやらねばならなくて、主に見栄えの良い男女の舞い手が毎年選ばれる。
無事、奉納舞のラストパートを終え、俺はステージ上の大地に膝をつき、最後に神に感謝して頭を垂れた。
ギャラリーから歓声と拍手が響きわたった。
黄色い声援も沢山聞こえた。
──これにて、無事に任務完了。
制服に着替えてこれからフリータイムだ。
◆ ◆ ◆
篝火が夜の闇を照らす頃。
昔学園祭で見掛けたこともある、キャンプファイヤーの大きな火を囲んで皆で踊る。
しかし、別にパートナーがいなれけば参加しなくても良い。
俺も沢山女子に誘われたが、もう十分奉納舞を踊ったから疲れたと言って逃げた。そしてこっそりアカデミーの教室内の窓からキャンプファイヤーを眺める。
「パイセン、何、逃げてるんですか?」
ハッテンベルガーが俺の教室まで現れた。
今はもう、人前ではないので先輩呼びではなく、いつものパイセン呼ばわりに戻っていた。
「戦略的撤退だ」
「ふーん、あ、パイセンの机どれですか?」
ハッテンベルガーは興味深そうに教室内をキョロキョロしてる。
「窓際の一番後ろだ」
「ワオ! 運動部エースの席だ! めちゃくちゃヒーロー感ある!!」
「運動部でもなく帰宅部みたいなものだが」
「……ここでヒーローは……授業中寝るんですよね」
と言ってハッテンベルガーは俺の机の上でつっぷした。
「なんでお前がそこに座ってんだ」
「えへへ、ダンスの変わりに青春的なことをば」
アホか、それ、好きなやつの席でないと意味ないだろ?と、言いかけてやめた。なんか俺に惚れてるのか?って聞くみたいで恥ずかしい。
「立てよ、ダンスの曲はここまで聞こえてるぞ」
「今、もしかして私をダンスに誘ってくれてます?」
「まぁな。ただの気まぐれだが、人目がない、今がチャンスだぞ」
ハッテンベルガーは席を立って、制服のスカートの裾を掴み、よろしくお願いしますと頭を下げてから、頬を染めて手を差し出してきた。
俺達は人気のない、夜の教室で二人だけでダンスを踊った。
まるで青春漫画の1ページみたいに。