その日、アカデミーの渡り廊下を歩いていたら、ハッテンベルガーが中庭にいる、ある男達をじっと見つめていた。
その男達は木の下にいて、売店で買ったらしきカダフィードの卸したいちごミルクをシェアして飲んでいたのだ!
甘酸っぱい青春の香り!?
「……ふぅ」
ハッテンベルガーは渡り廊下からその光景を眺めつつ、もの憂げなため息を吐いた。
──忘れていたが、ハッテンベルガーは腐女子だった。
確かBL漫画が読みたいとか見たいとか言ってたのを改めて思いだした。
最近やつは食欲に支配されてたから……つい、俺もやつの好みを忘れていたけど。
そうだ、やつはボーイズラブの好きな腐女子だ。ここは……見なかったことにして通り過ぎよう。
「はっ、パイセン! なんで声もかけずに行こうとするんですか!?」
静かに通り過ぎようとしたのに、見つかってしまった。
「お前はあれを眺めるのに忙しいと思ってな」
「あのいちごミルクはパイセンの家のやつですよね! ありがとうございます! おかげで尊いものが見れました!!」
「はあ? 母上のやったことだが」
「お母君をますます尊敬いたします」
「斜め上の尊敬の仕方をするな」
「変態! 気持ち悪い!! この人間のクズ!」
そんな女生徒の罵り声が急に聞こえて、思わずビクリとした後に、固まるハッテンベルガー。
しかし、女性徒が罵った相手はどうやら向き合っていた男子生徒であった。
「サンドラ、落ち着いてくれ」
「五月蝿いわね! よくも自分の婚約者の妹に手を出したわね! この恥知らず!! あなたとはこちらから婚約破棄をして差し上げます!」
わーー、修羅場だ。そしてあの男子生徒はよりによって婚約者の妹に手を出したのか……。
「こ、婚約破棄だ……生婚約破棄」
ハッテンベルガーがそうつぶやいた。
生コンニャクみたいに言うんじゃない。
「待ってくれ、サンドラ!」
「もう名前を気安く呼ばないでくださいませ!! そして速やかに地獄に落ちてくださいまし!!」
「ふー、天国と地獄を短時間で垣間見てしまいましたね」
さっきまでは男子生徒二人のいちごミルクシェアで天国だったんだろうな。
そして、予鈴が鳴ったので、教室に戻らなければ。
「予鈴だ、教室へ戻れ」
「はーい」
そして俺達はそれぞれの教室へ向かった。
◆ ◆ ◆
午後の授業が終わり、寮に戻る途中、急に雨が降り出した。しかも土砂降り。
「あー、雨」
ハッテンベルガーの声が背後から聞こえて、振り返る俺。
「今日はよく会うな──」
!!
「パイセン、髪がびしょびしょに──」
ハッテンベルガーが何か言っていたが、俺は慌てて上着を脱いで彼女の胸の前に押し付けた。
彼女は反射的に上着が落ちないようにそれを受け止めたのだが、その、ブラウスの下が、雨に濡れて透けていたのだ!!
「お前はなんで今日に限って上着を脱いでいるんだよ!」
「あ、昨夜少し汚してしまって、洗濯したんですけど、なかなか乾かなくて──」
「予備は!?」
「ここの制服お高くて、予備はないんです」
「……っ!!」
「親もここに私を入れるのにお金注ぎ込んでしまったので、予備なんか頼めないし」
「あー、もう、今度予備を買え!! ほら、金だ!」
俺は財布から金を出してハッテンベルガーに押し付けようとした。
「え? なんで先輩が私の為に?」
「た、誕生日プレゼントだよ!」
「私の誕生日は今日ではないですよ、春生まれなのでもうとっくに済んでます」
「過ぎてるかもしれんが、出会えてなかった分を遡って!」
「まさかの遡り……」
誕生日プレゼントが不自然なら……
「なんなら入学祝いってことにしてもいい」
「先輩が何故そこまで」
「……お、同じ、日本にいたんだろ、同郷のよしみだ」
「先輩は優しいですね、そうですね……同郷のよしみだというのなら、誕生日プレゼントって事で受け取ります」
ハッテンベルガーが微笑んだ。
「俺は予備があるから、その上着は貸してやる!」
そう言って俺は彼女から背を向けて寮に向かって走った。すっかり動揺してしまったことに、 恥ずかしさも覚えた。