熱を出してから1日で回復した俺は寮を出て、アカデミーに登校した。
「カダフィード先輩! 豊穣祭の奉納舞、素敵でした!」
「私も見ました! 優雅でとっても素敵でした!」
「ありがとう」
そんな言葉も未だ、女子からかけられる。
竜血公爵家の男は、たいていは恐れられるものらしいが、母のセシーリアは元々病弱だったので、余計に皆早死にすると思いきや生き延びているあげく、未だその美貌が衰えないせいか、家門への恐怖も薄れてきているようだ……。
母の売り出してる化粧水等もよく貴族階級に売れている。
従来の化粧品は、知らず命をも削るような危険な物質を使っていたものが多かったようだが、母の作らせている化粧品の類は人体に安全なものだけ使われている。
その知識は地球のいわゆる俺がかつて生きてた現代人と呼ばれる時には、ネットで検索すれば簡単にわかるようなものだが、こちらの異世界にはインターネットはないし、研究者も色がいいとか伸びがいいとかしか、おそらく考えてないから
ふつーに鉛入りのファンデーションなんか作る。
ああ、恐ろしい。美しくなることしか追及してなくて健康被害面の考慮というか、その概念がないのだ。
例えば昭和の頃には普通にあっただろう水銀入りの体温計。
水銀体温計に含まれる水銀は金属水銀であり、水銀は放置しておくと気化する性質がある。
吸い込むことで、精神、運動機能の低下、短期記憶障害、震えといった神経系の毒性が発現することが知られていて、健康被害や環境汚染を防止するために、日本も2020年末までに水銀体温計の製造は中止されたらしい。
古い家に残ってる人が水銀体温計を破棄する時も慎重にしなければならない、ゴム手袋とか、ガムテープとか、なんか上手に使って自治体のルールに従って……。
俺は日本人だったころに、祖父母の家で水銀入り体温計を使ったことがある。
「パイセン!」
なんとハッテンベルガーが校門で待っていた。
今日は上着を着てる。このアカデミーの制服はいわゆるブレザー系のジャケットだ。
「新しいジャケット、買えたんだろうな?」
「はい、お陰様で!……ところで、先輩にも特別な後輩がいたんですね」
来たな……。
「変な想像をするな、入学式にたまたま目についた奴に花を贈っただけだ、俺はアカデミーのしきたりに従っただけだ」
「そこでたまたま目についたところに、運命的なドラマがありますよね!」
「勝手に運命にするんじゃない」
BL好きの女子はこれだから……。
「私の腐女子のセンサーが反応しました」
「エラーだ、誤作動だ」
「火のないところでも煙を絶たせるのが我々腐女子の仕事でしてぇ」
「一般的には迷惑になるからそんなことおおっぴらに言うんじゃないぞ、俺はネタとして躱すこともできるから怒りはしないが」
「たしかに二次元ならともかくナマモノ相手だと慎重になるべきですね。あまりにもBL作品が入手出来ずにがっつき過ぎました」
ハッテンベルガーは、ショボンとした。
確かに商業BL漫画も、同人誌即売会やら、ネットの通販もない、この異世界ではやおい本も手にはいらない。まず、描く人がいない。
「頑張ってえらくなって稼いで絵師でも育てたらいいのではないか、それでそれっぽい絵を描いて貰う」
「その手もあった! いい感じの騎士を複数側に置くことしか考えてませんでした!」
「でも異端として告発されないよう、ひっそりとやれよ」
「うう、異端……じわりじわりとBL小説でも書いて広げて行けばいいでしょうか? 布教活動を……」
「お前に文才があるならそれでもいけるのではないか?」
「でもー、騎士や武士も周りに女いないから同性相手にその〜えっちな事をしてたって情報を昔仕入れたんですけどー!」
「まぁ、確かに、そんなこともあるかもしれんな」
「無いはずがないんですよ! かの有名な織田信長にもお気にの蘭丸がいたんですから!」
「まぁ、そうだな」
「長い航海中の船乗りも性欲が抑えられずヤギといたしたりするくらいなんですから、同性に走る人もいるはず」
こいつ、流石にこの手の情報に無駄に詳しい……。
「ともかく、朝からBL談義はどうかと思う」
俺達は校門を抜けたばかりの所で歩きながら話をしてた。
「はっ! そうですね、朝です、登校しないと」
「教室に行くぞ」
「はぁい」
「……もしかして、お前、俺に会うために校門で待ってたのか」
「ええ、まぁ……新しい上着を見せる為にと、パイセン元気になったかなって」
「おかげさまで復活したよ」
「後輩君の献身的な介護があったんですね!?」
「否定は……できない、ニールは濡らした布を額にあててくれた」
「ほら! やはり激エモ看病イベントきてたじゃないですか! 男子寮に入れる力がほしい!」
「その野望は捨てろ」
「ぴえん」
「ぴえんとか激エモとか久しぶりに聞いた、おまえの生きてた年代が知れたぞ」
「それがわかる貴方の前世の年代もだいたい察しました」
俺達は思わず顔を見合わせて笑った。