「――じゃ、錬金術師の競技会が終わるまでここに居るのね」
シェリーがグラスを口に運びながら問うてきた。
ライアンは口の中の料理を水で流し込む。
「そうだ、一応、そこまでが自警団との契約になっている」
「リアンダール出身ってバレているんだから、問題起こさないようにしなさいよ」
「も、もちろんだ。なんてたって自警団だからな、競技会が無事終わるように、きっちり街を護ってやるぜ。それよりも、お前は使者っていったが、何をするんだ?」
「別に。何もしないわよ」
「何もって……。何しに来たんだよ」
怪訝に眉根を寄せるライアン。
彼の問いにはトリシアが答える。
「一言で言うならば、視察だ。最先端の錬金術を見聞きして、その情報をリアンダールへ持ち帰る。何かをするならその後だな。リアンダールには宮廷魔術師や宮廷錬金術師といったものが存在しない。今回の視察次第では、そういったものも検討していかなければならないと考えている」
「しかし、意外だな。リアンダールの王族は、魔術やそういった不思議な力には懐疑的だったはずだが、どういう風の吹き回しだ?」
「それは、間近で見たからだな」
トリシアはライアンの隣に視線を向けながら答えた。
視線の先ではローストビーフを頬張るリリアが居る。彼女は料理に夢中だったようで、不意に視線を向けられても何のことか分からず、眼をぱちくりさせている。
「なるほどな。悪魔の力か」
ライアンが頷きながら言った。
「そうだ。あれを見せられては、不思議な力も信じないわけにもいかない。あの一件の後、魔術や錬金術といった不思議な力を調べてみたのだが、私達が知らなかっただけで、確かに存在するということが判ったのだ。まぁ、かなりの希少な存在ではあるがな」
「それで、ここの錬金術師の競技会に眼を付けたわけか」
「この街の錬金術は、胡散臭い占いやまじないとは違って、本物らしいからな」
ほぉと言いながらライアンは水を飲む。
不意に背中に人の気配を感じた。
振り向くと同時に、気配の主はリリアの方へ倒れ込んできた。
「きゃ!」
倒れ込んで来たのは中年の男だった。
見るからに泥酔しており、よろけた先にリリアが座っていて、抱きつくような形になっていた。
「おい、オッサン!」
ライアンが即座に立ち上がり、男をリリアから手荒く引き剥がした。
酔っ払いの男はその雑な扱いに苛立ったようで、睨みつけてきた。
「あぁ? ちょっとよろけただけだろうが、痛えな、お前」
「うるせえ。倒れるほど飲んでんじゃねえよ、こっちが怪我したどうすんだ、オッサン」
「なんだ、お前、偉そうに。それに女三人も侍らせやがって、何様だコラァ」
「ラ、ライアンさん、落ち着いて下さい!」
男とライアンの一触即発の空気にリリアは慌てて仲裁に入る。
健気な少女の姿に、男とライアンは毒気を抜かれる。
「フンッ」
それだけ言い残して、男は店の奥へと消えていった。
止めに入ったリリアの手前、何とか怒りを堪えて腰を降ろすライアン。
それをシェリーは呆れ顔で見る。
「アンタの性格じゃ、問題を起こすなって言う方が無理かもね」
その言葉にトリシアも深いため息をつくのだった。
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「じゃあね」
「ああ」
酒場でお互いの近況を話して食事を済ませた四人。酒場から出たところで、シェリーが手をひらひらさせながら簡単な挨拶をした。
それにライアンも簡潔に返す。
その時。酒場の扉が乱暴に開けられたかと思うと、中から人が転がり出てきた。
よくみると、それは先ほどリリアに向かって倒れ込んできた酔っぱらいの男だった。男に続いて、屈強で強面の男が酒場から出てきた。表情はとても穏やかには見えない。
「これっぽっちじゃ足らねえんだよ。ヨハン」
強面の男は手の上でジャラジャラと硬貨を鳴らしながら、転がっている酔っぱらいに近づいてきた。
ヨハンと呼ばれた酔っぱらいは道端に座ったまま強面の男を見上げる。
「あぁ? 今日の分はそれで足りているだろうが」
「ツケがあるだろうが。前に言ったよな、次来たときに耳そろえて払えって」
「あー。そうだったかなぁ」
とぼけた返事を返すヨハンに強面の男の表情がいっそう強張る。
「てめえ、忘れないように、身体に刻み込んでやろうか」
強面の男はヨハンの胸ぐらを掴んで、顔を近づけて言う。
その様子をやれやれといった表情で見ていたライアンだったが、隣から袖を引っ張られた。
見るとリリアが怯えた顔で何かを懇願するように見つめてきている。
その顔で意図を察したライアン。
「あぁ、わかったよ」
そう言うと、ヨハンを殴ろうとしている強面の男へ声を掛ける。
「おーい。それくらいにしてやれよ。そいつ無抵抗だぞ」
すんでの所で動きを止めた強面の男。殺気立った顔をライアンの方に向けてきた。
「引っ込んでいな、兄ちゃん。女の前でカッコつけていると怪我するぞ」
「そういうつもりじゃ、ねえんだがな……」
すると、ヨハンがライアンを指差してきた。
「あ、あいつは、俺の連れなんだ。ツケならあいつが払うよ!」
「いい加減なことを言ってんじゃねえ」
ヨハンの放言を看破した強面の男は、いっそう強い力で胸ぐらをねじり上げた。
後ろ頭を掻きながら二人に近づいていくライアンだったが、それをシェリーが片手で制して前にでる。
「いくらなの? いくら払えば、この場は収まるのかしら?」
睨まれたら誰でもすくみ上がりそうな強面の男に、シェリーは平然とした様子で声を掛ける。そこには一切の怖気も無かった。
「なんだ、アンタら、本当にこいつの連れだったのか?」
「いいえ、全くの他人だけど、見てられないだけよ。見殺しにすると、目覚めが悪そうだしね」
シェリーはそう言いながら、トリシアが手渡してきた金貨を男に見せる。
「これで足りるかしら?」
「……へっ、まぁいいさ、こっちは払ってもらえりゃ、誰だっていいからな」
男はシェリーの手から金貨を受け取ると、ヨハンを道端に転がした。
強面の男が酒場へ戻ると、ようやくヨハンは立ち上がる。
そして、ライアンたち四人を見渡した後、「へっ」と吐き捨てて、背を向けて歩き始めた。
「おい、オッサン」
ライアンが呼び止めながら近づくが、またしてもシェリーに制された。
ヨハンはふらついた足取りで、月が照らす通りを振り返りもせずに去っていった。
こうして四人の再会の夜は、ヨハンという男との出会いによって締め括られたのだった。