「まったねー。ライアンにーちゃん」
そう言いながら、ハルはカゴいっぱいの石を抱えて路地へと消えていった。
ライアンはまだ痛む後頭部をさすりながら、手を振って少女を見送った。
少女の姿が完全に消えた後、シェリーが低い声で囁くように言う。
「歯を食いしばれ」
ぱちーん、とライアンの頬に真っ赤な平手打ちの跡ができた。
「まったく、恥かかせないでよね!」
「間違ったこと言ってねえだろ……」
「なんですって!」
「うわ、やめろ! もう叩くな! 謝る。許してくれ!」
悲鳴にも似た謝罪の言葉を幾度となく繰り返して、ライアンが解放されたのはしばらくしてからだった。
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ハルは通り沿いの店の前で立ち止まってカゴを地面に置いた。
そしてノックしてから扉を空けた。
「オスカーさーん。配達だよー」
元気よくハルは叫びながら、カゴを店の中に運び入れる。
石が詰まったこのカゴの最終目的地はこの店であった。
「はーい。ご苦労さん」
店のカウンターの奥から初老の男が現れた。黒縁メガネを拭きながら近づいてきて、拭き終わったメガネを掛けて、ハルの顔を見て笑う。
「今日は重かったろう? そこでちょっと待っていな」
ハルは促されて窓際にある椅子に座った。
窓から差し込む光が、店の中の品物たちを照らしている。
きらきらと光る水晶玉や、古めかしいナイフや鏡、なにやら怪しげな色をした粉が入った大きな瓶。普通の人からみればガラクタが並んでいるようにも見える。
ハルはこの空間がとても好きだった。
あの石は何に使えるのだろう? あの薬はどんな効果があるのだろう? そんなことを考えながら、棚に置いてある品物を眺める。
ここは錬金術に使う素材を扱う錬金術師専用の道具屋だった。
ハルぐらいの年頃の女の子であれば、洋服やお人形に興味を示そうなものだが、彼女は違っていた。
錬金術師を夢見る彼女にとって、この空間は未来の自分を映す場所であり、棚はオモチャ箱のようであった。
いつものように棚を眺めて心を躍らせていると、柱の貼り紙が眼にとまった。
椅子から降りて駆け寄る。だが、大人の目線の高さに貼り付けられているので、よく見えない。ハルは椅子を引っ張ってきて、その上に乗って貼り紙を視界に捉えた。
それは、錬金術師の競技会の開催を知らせる貼り紙だった。紙の下の方には前回優勝者の肖像が載っている。
ハルの心は未来へと飛ぶ。
いつか、自分も立派な錬金術師になって、この競技会で――。
すると、後ろでくすくすと笑い声が聞こえた。
振り返ると、同じ年頃の男の子の三人組がいた。
「バーカ、お前みたいな奴が競技会に出られるわけねーだろ!」
三人の中で一番体格の良い子が、ハルを指差しながら言ってきた。残りの二人もそのリーダー格の男の子の横でニヤニヤと笑っている。
ハルは何も言い返さない。ただ黙ったまま、また貼り紙へと向き直った。ハルが何の反応を示さなかったことが気に食わないのか、リーダー格の男の子が近づいてきて、ハルが踏み台にしている椅子に手を掛けた――。
「こら、やめないか」
男の子が椅子を揺らそうとする寸前、店主のオスカーが止めに入った。
「お前ら、お使いの途中だろう? さっさと行きな」
店主に言われて、男の子たちはしぶしぶ店から出ていった。
そんなやりとりの間、ハルはずっと錬金術師競技会の貼り紙を眺め続けていた。その姿を見て、オスカーはふっと笑う。
「その貼り紙、持って帰りな」
「いいの?」
瞳を輝かせて問うハルに、オスカーは鷹揚に頷いた。
空になったカゴを抱えてハルは店を出た。
カゴと反対の手には綺麗に折り畳んだ貼り紙がある。
なんだか少し錬金術師に近づけた気がして、足取り軽く帰路につくハルだった。