露天が並ぶ賑やかな通りから一本中に入った細い路地。
「勘弁してくれよエマちゃん。荒事にしないでよ」
路地を奥に進みながら、フランツは後ろのエマを振り返りながら言った。
エマの方は不服そうな顔で睨んできている。
「反省はしています。でも、謝りません」
「いや、そこは素直に謝ろうよ。僕、一応、君の上官なんだし……」
フランツはそう言うが、エマは視線を逸らして、謝る素振りを見せない。
「お陰で、目を付けられちゃったじゃない」
「あのイグナシオの私兵団なら、問題ないでしょう。私一人でも片付けられました」
エマは静かに言い放った。
その確信に満ちた表情は、彼女の言葉が放言ではないことを物語っていた。その顔を見てフランツは苦笑する。
「その、片付けるっていう、物騒な発想をまず止めて欲しいのだけど……。それに、僕が言っているのは、そっちじゃないよ」
「そっちじゃない?」
「ああ、僕が言っているのは、後から現れた自警団のお兄さんだ」
「あの人ですか。確かに多少はできる印象を持ちましたが……」
「あの人の去り際に、嫌な気配を感じなかった?」
フランツの問いに、記憶の糸を辿るエマ。
自警団の男との別れ際に感じたひりついた空気を思い出す。
「そういえば、ほんの微かにですが、殺気のようなものを感じました。あれはひょっとして」
「そう、アレは自警団の彼が放った殺気だよ」
「どうして、あの人はそんな真似を?」
「まぁ多分、からかわれたんだろうね」
フランツの返答に、エマは眉を寄せる。
「からかわれた?」
「お見通しだぞってことだろうね。僕がわざと殴られて派手に転んだことを、演技だと見抜いているんだろう。あの殺気は挨拶代わりだろうね」
「……何者でしょうか、あの男」
「ここの自警団は広く募集を掛けているからね、「元」の肩書は判らないな。ただ、あの若さであの余裕。敵にはしたくないね」
「自警団――この街を守る立場ならば、敵にはならないのでは?」
「あの男が、「今は」ただの自警団ならそうだけどね……。それに気になる気配は他にもあったし、今度の競技会は荒れるかもね」
二人は路地を抜けて、石畳の階段を登る。暫く登るとアイゼンフェルの町並みが見渡せる高台に着いた。
フランツは綺麗に区分けされた整った町並みを眺める。
「やれやれだよ。奇跡を見つけて持って帰る。ただそれだけなんだが、簡単にはいきそうにないね」
丸眼鏡の位置を整えながら、フランツは呟いた。
****************
リリアが通用門から屋敷の外に出ると、外ではライアンが待っていた。
メイドとしての勤めが終わったリリアを、ライアンが市長の屋敷まで迎えに来ていたのだった。
待っていたのはライアンだけで、シェリーやトリシアの姿は無かった。
「――そうなのですね。今夜はお屋敷でお客様を招いての食事会があると言っていましたが、シェリーさんたちがお客様だったのですね」
「まぁ、シェリーは乗り気じゃなかったけどな。市長の前では、お上品な外交官っていう仮面を外せないからな」
笑顔で言うライアンにつられて、リリアもはにかんで笑った。
ライアンたちは通い慣れた道を通っていつもの酒場へ向かう。
歩きながらライアンは、いつものようにその日に起きたことをリリアに話し始めた。
シェリーたちをどこかへ案内した話から始まり、途中で赤毛の少女ハルと会って、悪口がバレてシェリーたちに殴られたことも話した。
ライアンはいかにも自分が被害者のように話をしていたが、リリアは何とも言えない苦笑いを浮かべていた。
そして、話は露天の通りで遭遇したいざこざに及ぶ――。
「そうですか、イグナシオさんの私兵団の方が……」
「そうだ、あいつら噂には聞いていたが、本当にタチが悪そうだ。お前も絡まれないように気をつけろよ」
「は、はい、わかりました。……それにしても、その殴られた方は大丈夫だったのでしょうか? お怪我がなければいいですけど」
リリアは持ち前の優しさで、会ったこともない眼鏡の男の心配をする。
そんな様子にライアンは微笑む。
「まぁ、自分から転んどいて、怪我してちゃ世話はないさ」
「えっ? 自分から?」
「なかなか、いい演技だったけどな……」
楽しそうに呟くライアン。リリアはいまいち話が見えず、きょとんとしていた。