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アイゼンフェルの黒闇②

 笛の音を聞いた自警団の若い二人組は、音の鳴った方へと走っていた。

 すると、前方の通りの角から、三人組が音も無く走って現れた。


 一人は一本結びの長い髪を揺らしていることから女らしい。

 最初は同じ自警団かと思ったが、彼らの服装――黒づくめの姿を見て盗賊だと直感した。


「止まれ!」

 自警団の男は剣を抜いて叫ぶ。

 しかし三人は速度を緩めることなく、自警団の二人へと近づいてきた。



「――私がやる」

 女の賊が一歩前に出た。その背中に小柄の男が声を掛ける。


「殺すなよ。後が面倒だ」

 女は腰の後ろへと両手を回す。そしてそこに差していたナイフを抜いた。

 両手に逆手でナイフを握り、女は自警団の二人組との間合いをぐんぐん詰める。


 二人組の自警団の男は、それぞれ剣を抜いて構えて、迎撃する体制を整えている。

 自警団の男たちにも、女が抜いたナイフが見えた。男たちは戦闘は避けられないと察した。


 女が一足飛びの間合いに入った。

 自警団の男たちは剣を振り上げた。


 ――その時。


 女の持つナイフが突如としてまばゆい光を放った。


 暗闇に慣れていた自警団の男たちは目がくらんで、一瞬だけ目を閉じてしまった。

 近接戦闘における致命的な一瞬だった。


 光輝く二本のナイフが鮮やかな光条を暗闇に描いた。

 女が光の軌跡をまとって、自警団の二人組の間をするりとすり抜けた。


 それと同時に、男たちの胸元は切り裂かれる。そのまま二人は膝から崩れ落ちた。

 その横を小柄の男と大男も通り過ぎて行く。


 自警団の二人組みを戦闘不能へと陥れたのも束の間、再び自警団の団員たちが現れた。


 今度は四人組だった。

 男たちは三人の賊を確認すると、それぞれが戦闘態勢をとる。


「気をつけろ、誰かやられている!」

 団員の一人が叫んだ。


 女は再び光るナイフをかざした。

 しかし、今度は間合いが遠く、目をくらませることは出来たものの、隙を作るには至らない。


「どいてろ」

 今度は小柄の男が前へ出る。

 手には小さな盾のような金属板を構えている。


 小柄の男は、ぐんっと低い姿勢で間合いを詰めた。

 そこはまだ自警団の剣の間合いの外側だ。


 小柄の男が小さな盾を前にかざした。

 自警団の男たちは、小柄の男の奇妙な仕草に一瞬動きを止めた。


 次の瞬間。


 男たちは目に見えない壁のようなもので、吹き飛ばされた。

 ある者は石畳の上に跳ねるように転がり、ある者は石造りの家の壁に叩きつけられた。


「ヒヒッ」

 小柄の男は短く嗤いながら、地面の男たちを蹴飛ばす。


「余計な真似はいいから、早く行くよ」

 女はそう言いながら走り去ろうとする、しかし隣の大男がゆらりと走るのを止めた。


「おい、どうした?」


 大男は通り過ぎてきた道を振り返って見ている。

「……追手だ。結構な人数だ」


「だから、逃げているんだろ、早く行くぞ」

 女は苛ついた声音で言う。


「逃げるのも面倒だ。全員、打ち倒してしまえばいい」


 大男は背中から二本の鉄の棒を取り出した。

 それぞれが人間に足の長さくらいで、太さは手首ほどだ。

 男は二本の棒の先端同士をくっつける。

 するとガチャリという音がして、二本の棒は一本となった。

 長さは大男の背丈ほどの細い鉄の棍棒が出来上がった。


 大男は片方の先端を前に突き出す形で棍棒を構えた。


 通りの角から大男の予言通り、帯剣した自警団の団員たちが大挙して現れた、その後ろの方にはマルセルやコンラットも含まれている。

 団員たちは大男が棍棒を構えているのを見て、それぞれが武器を構えた。


 大男は大人数の敵を視認しながらも、棍棒を構えたまま微動だにしない。


 そうしている間に自警団の団員たちは間合いを詰めてくる。


 そして、大男との間合いが――重なった時。


 ゴゥという音をまとって棍棒が唸った。


 横薙ぎに振るわれた棍棒は、一人の団員が構えた剣とぶつかる。

 しかし大男の棍棒は勢い止まらず、竜巻のように団員の身体ごと薙ぎ払った。

 団員の身体はそのまま味方を巻き込みながら、壁に叩きつけられた。


 大男は棍棒を手元に引き付けて再び構えた。

 そこへ第二陣の団員たちが飛びかかる。


 大男は短く息を吐いた。


 烈風のような打突の多連撃が繰り出された。

 強烈な突き技をまともに喰らった団員たちは、木の葉のように吹き飛ばされた。


 その光景を目の当たりにして、後続の団員たちは足を止める。

 そして間合いの外で大男を取り囲んだ。


 大男は棍棒を構えたまま一歩も動かず、前だけを見据えている。

 周囲の団員たちは踏み込もうにも、大男の隙の無い構えに躊躇せざるを得ない。


 嵐の後のような静寂が両者の間に落ちる。

 その静寂は自警団の後ろに来ていた男たちによって破られた。


「自警団は下がっていろ」

 その言葉で自警団の人垣が割れた。

 後ろから現れたのは、軽甲冑に身を包んだ剣士たちだった。


「こいつは、俺たち国軍兵に任せろ」

 甲冑姿の男たちは抜剣して構える。


 彼らはアイゼンフェルに常駐している国軍兵であった。

 その数は三人。装備、構え、纏う空気からして、自警団員との実力差は明らかだった。


 大男はその三人を見ても構えを崩さなかったが、口元だけが微かに笑った。


「何がおかしい!」

 国軍兵の一人が叫びながら斬りかかる。

 他の二人もそれぞれ左右に別れて、大男へと斬り掛かった。大男は突きの構えから、棍棒を立てて斜めに構え直す――どこからの攻撃も防げる防御の構えだ。

 三人の国軍兵の攻撃は同じタイミングで大男に襲いかかる。

 しかし、大男の棍棒は目にも止まらぬ速さで三本の剣戟を弾き飛ばした。

 国軍兵たちは一瞬体勢を崩したものの、すぐさま追撃を放つ。


 しかし、またしても大男が巧みに動かす棍棒の前に攻撃は防がれてしまう。

 国軍兵たちは歯噛みしながらさらなる連続攻撃を繰り出した。


 三人の剣士による同時連続攻撃に、さすがの大男も後ずさりをし始める。しかし、それでも国軍兵たちの攻撃は一撃たりとも大男の身体に届かない。


 圧倒的に攻め込んでいるはずの国軍兵たちの顔に焦りの色が滲む。


 一人の兵士の攻撃が一瞬緩んだ。


 それは手練れにしか感じ得ないわずかな隙だった。しかしそれで充分だった。


 防御の合間に繰り出された振り上げが兵士の顎を跳ね上げた。その兵士はそのまま気を失って崩れ落ちた。

 その様子を見ながらも、攻撃を繰り出し続ける残りの国軍兵たちは流石であったが、攻撃の手数が三割減となってしまった時点で勝負ありだった。


 棍棒の横薙ぎと突きであっという間に国軍兵たちも石畳の上に転がる形となったのだった。


 頼みの綱であった国軍兵たちの無惨な姿に、自警団の団員たちはたじろぐ。


 その様子を見て、大男は興が冷めたような表情を浮かべた。


 大男は棍棒をゆっくりと大きく振り上げた。


 そして渾身の力でもって石畳に棍棒を突き立てた。

 先端は石畳を突き破り、それと同時に大男を中心として衝撃波が発生した。


 周りにいた自警団の団員たちは跳ね飛ばされて地面を転がる。

 そして、団員たちはそのまま蜘蛛の子を散らすように散り散りとなって逃げ出してしまった。


 大男は棍棒を二つに分解して背中へ仕舞った。


 そのまま三人の賊は悠然と闇に消えていったのだった。

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