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Episode:2 第五章

開幕

 次の日――。


 錬金術師の打ち上げた花火が空に轟き、錬金術師競技会の幕が盛大に開けられた。


 事前にエントリーした錬金術師たちは、三日間にわたって自らの技術と閃きを実演で披露し、その腕前を競い合う。


 街はその開始を待ちわびていたかのように、早朝から賑わいを見せて露天が並び、楽団の音色が広場に響き渡る。

 街の隅々までが熱気に包まれ、競技会の開催を祝福していた。


 露天が立ち並び人手でごった返す通りを、リリアは視線をあちらこちらへと向けながら歩く。

 その瞳はきらきらと輝いていて、お祭り騒ぎに浮かれているのが一目瞭然であった。


「嬢ちゃんはこんな祭りは初めてか?」

 きょろきょろしているリリアに、ヨハンが目を細めながら聞いてきた。


「は、はい、こんなに大きいお祭りは初めてです」

 リリア嬉しそうに微笑みながら答える。


「そいつは良かった。楽しんでいってくれ」

 そのやり取りを聞きながら、ライアンも露天や行き交う人々に視線を配っている。

 しかし、彼の目線はお祭り気分に浮かれたそれではなく、全てを見通すような冷徹さをたたえていた。


「リリアが楽しむのは結構なことなんだが、護衛としてはオッサンにはもっと静かなところを歩いて欲しいんだがな」

 ライアンは横目でヨハンを見ながら呟いた。


「はは、そいつは申し訳ない。ただ、俺も祭りの雰囲気を味わっておきたくてよ。なにせ、この光景を見るのも最期だからな」


「……ま、そういうことなら、仕方ねえな」


「お前さんの腕を信用しているし、それにアイツ等も居るから、大丈夫だろう?」

 ヨハンが後ろに顔を向ける。


 後にはフランツとエマの姿があった。彼らもヨハンの護衛をしているらしく、後をついてきている。


「まぁ、それに、遠巻きに兵士が何人かついてきているからな。おそらく国軍兵だろう」

 ライアンは屋台の裏の方を見ながら言う。


「へぇ、そうなのか、そりゃ、気づかなかったな」


「オッサンの警備は厳重にするって言っていたからな。もうこれ以上、悪党共にいいようにやられないように国軍も必死って訳だ。これだけ固められたら、例の強盗団も動けないだろうな」


「そりゃ、頼もしい」

 その後はライアンの言葉通りに荒事は起きず、一行は何事もなく競技会の会場となる広場の前にまでやってきた。


 広場の中央には演劇場にあるような大きなステージが設置されていた。


 広場の外周沿いには露天がひしめきあって立っていて、露天商人の掛け声で賑わっている。

 そしてステージ横には楽団が座って陽気な音楽を奏でており、華やかな気分になるような演出が施されていた。


 ステージの前には既にちらほらと観客が集まってきており、競技会の実演披露が始まるのを待ち望んでいた。


 ヨハン達は広場に面して建っている教会の入り口までやってきた。

 入口の前には屈強な兵士が両端に立っていて、厳しい表情をしている。


「――こっから先は国軍兵団の受け持ちだ」

 ライアンが言うとヨハンは頷く。


「ああ、ここまでご苦労だったな、あとは祭りを楽しみながら、俺の出番を待ってな」

 そう話していると、教会の中から一人の男が出てきた。

 その男はヨハンの顔を見て事務的な笑顔を見せる。


「ヨハンさん。ヨハン・クロイツさんですね。中へどうぞ。お連れ様はここまでとなります」


「ああ、わかった。じゃあな、ライアン、嬢ちゃん」

 ヨハンは男と一緒に教会の聖堂へと入っていった。


 その姿を見送るライアンたちの背後に二人の男女が近づく。


「何事も起きませんでしたね」

 背後から男が声を掛けてきた。


「まぁ、ここまではな」

 ライアンは後ろを振り返りながら答えた。


 そこにはフランツとエマが立っていた。


「とりあえずは、ここで一旦お役御免だ。しばらくは祭りを――」

 そこまで言ってライアンは言葉を切った。

 フランツの横のエマと目が合う。彼女は格子状の模様の入った焼き菓子――ワッフルを頬張っていた。


「もう、楽しんでいるみたいだな……」


「一応は止めたんですけどね……」

 フランツが申し訳無さそうに言う。


「まぁ、護衛は俺たちが頼んだわけじゃないし、そっちが勝手にやっているから、好きにしてくれていいんだが」

 そう言いながらも半分呆れ顔でライアンはエマを見る。

 しかし彼女は動じず、しっかりと咀嚼して口の中のワッフルを飲み込む。


「今買わなければ、売り切れそうでした」


「理由になってないからね、それ」

 フランツの指摘にもエマは眉一つ動かさずに二口目を口に入れる。


 そんなエマを羨望の眼差しで見る少女が一人――――リリアだった。

 ただならぬ気配を発するリリアの様子に気づいたライアンが声をかける。


「お、おい、リリア?」

 呼ばれたリリアは無言でライアンの方へ顔を向けた。


 口を真一文字に引き結び、眉を寄せて、何かを懇請する小動物のような瞳だった。


「わかった。買ってやるから、そんな目で見るな」

 ライアンがそう言うとリリアはうつむく。

 しかしその顔には嬉しさがにじみ出ていた。


「おい、エマとか言ったか。それ買った所に案内してくれ」

 エマは最後の一口を飲み込んで口を開く。


「それは構いませんが、もう売り切れているかもしれませんよ」


「ああ、大丈夫だ、無理やりにでも作らせるから」


「わかりました。こっちです」

 そうして一行はエマを先頭にして祭りの賑いの方へと歩き出すのだった。


 護衛から一旦は解放されて穏やかな表情をみせるライアンとリリア。

 その背後でフランツは眼鏡の奥の目を鋭くしていた。


 彼の視線は朗らかに笑うリリアの横顔に向けられていた。

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