爆発音は遠く離れた教会の聖堂にも届いていた。
壁を揺らす振動に、中にいた錬金術師たちもざわざわと騒ぎ出す。
幾人かは立ち上がり、窓から外を眺めたり、競技会の係員に外の様子を尋ねたりしている。
静かだった聖堂が落ち着かない雰囲気に包まれている中、ヨハンも外の様子を見るために立ち上がった。
そこへ係員らしき服装をした女が近寄ってきた。
女は長い髪を一本結びでまとめている。その女へヨハンは問いかける。
「おい、アンタ。何が起きたんだ? 花火の暴発か?」
女は何も応えない。
代わりに蠱惑的な笑みを浮かべて、紙切れを手渡して来た。
「うん? なんだこれ」
ヨハンは紙切れを受け取った。すると女は何も言わず去っていった。
怪訝に思うヨハンだったが、手渡された四つ折りの紙を開いてみた。
そこに書かれていた文字を見て青ざめた。
即座にさっきの女を探すがもう姿は見えない。
聖堂の入口を見た。
屈強な兵士が扉を塞いでいて、外の様子を見に行こうとする錬金術師たちを押し留めている。
――確か裏口が。
ヨハンは杖を抱えて、誰にも見つからないようにそっと聖堂を後にした。
************
実演披露の会場である広場も爆発騒ぎで騒然としていた。
集まった人だかりは爆発のあった方を眺めている。
その人混みを掻きわけてフランツたちは教会の正門前に到着した。
フランツたちは教会の敷地内へと入ろうとするが、警備の国軍兵たちに止められてしまった。
爆発騒ぎがあったにも関わらず、警備は継続されているようだった。
「警備は大丈夫そうですねフランツさん。取り越し苦労でしたか」
「いや、警備の兵が少なくなっている。だとすると――――裏口」
フランツはエマを連れて、教会の裏口へと周る。
すると、フランツの予想通り、裏口には警備の兵がいなかった。
「やはり、警備が薄くなっている」
そのままフランツは裏口から教会の敷地内に入り、聖堂の中に入っていった。
フランツは聖堂内を一瞥して、目当ての人物が居ないことを瞬時に見抜いた。
「エマちゃん、ヨハンさんを探して!」
フランツはエマに指示を飛ばすと、自身も聖堂から出て他の部屋へと向かう。
礼拝堂や修道士たちの部屋、書庫に至るまで探すがどこにもヨハンは居ない。
再び聖堂に戻ると、エマも戻ってきた。
「いたかい?」
問いにエマは無言で首を振る。
「やれやれだよ」
そう言ってフランツは歯噛みしながら、エマを連れて聖堂を後にした。
************
通りには遠巻きに爆発の現場をみつめる人の群れがあった。
彼らの顔には不安と恐怖が浮かんでいて、互いに何が起きたのかを囁きあっている。
ライアンは群衆をかき分けて、爆発現場である家屋にたどり着いた。
路上には爆発の衝撃で地面に散らばったガラスや木片が散乱している。
爆発が起きたであろう家の窓は粉々に砕け散り、壁はすすで黒く焼け焦げていた。
家の周囲には瓦礫が飛び散り、爆風によって破壊された扉が無残にも外に放り出されている。
煙が立ち上り、焦げた木の匂いが鼻を突く。火の粉がまだ舞っているが、炎はもう鎮まりかけていた。
周囲を見渡すと幾人かが道端で倒れていて手当を受けている。
露天が出ている通りから離れていたのが幸いしてか、怪我人は思ったよりも少なかった。
ライアンはハルの姿を探す。
怪我人の中には赤毛の少女はいなかった。現場を取り囲む群衆の方へ目を向ける。しかし、そこにもハルの姿は無かった。
「ハルちゃん、居ませんね」
怪我人を見渡してリリアが呟いた。
「ああ、爆発には巻き込まれてはないみたいだ」
その言葉にリリアは胸を撫で下ろす。
「ただ、あれだけ人が逃げまどったからな。その混乱に巻き込まれた可能性はある。もう少しだけ探してみよう」
ライアンの言葉にリリアは首肯で返した。
「――あ、ライアンさん?」
ライアンは背後から声を掛けられた。振り向くと子供連れの中年男性がいた。
どこかで見た気がして記憶をまさぐる。
「ええと、アンタは……」
「オスカーだ。道具屋をやっているオスカーだよ」
「あぁ、たしか、ハルがいつも出入りしている店だったか。どうしたんだ? 爆発に巻き込まれたのか?」
「いや、それは大丈夫なんだが、ハルちゃんは無事かなと思ってね」
「ハル? ハルがいたのか?」
「え? あぁ、そうか、同じ自警団でもわからないのか……」
「同じ自警団?」
オスカーの口から出た言葉を理解できずにライアンは首を傾げる。
「あぁ、ハルちゃんは爆発がした時に一緒にいたんだ。爆発の被害は私たちには無かったのだけど、自警団の人が来てね、危ないからってハルちゃんだけ連れて行ったんだよ」
「自警団がハルを?」
「そうなんだよ。どこに連れて行ったのか知らないけど、人の流れとは逆の方に向かっていったから。大丈夫かなと思ってね」
「どんな男だった?」
そう聞かれてオスカーは身振り手振りでその自警団の男の特徴を説明する。
見上げるような大男で窮屈そうに自警団の制服を着ていて、髪は短く、頬に傷があったという。
「どっちだ? どっちにいった!」
強い焦燥を含んだ声でライアンは尋ねる。
オスカーはその声に驚きながらも、とある方向を指さした。その方向を見てライアンの顔はいっそう険しくなった。
「いくぞ、リリア!」
「ライアンさん? どうしたんですか?」
ライアンの焦る様子が理解できずにリリアは戸惑う。
「頬に傷がある大男なんて、自警団にはいないんだよ!」
リリアはここでようやく事態を理解した。
そして駆け出したライアンの後を慌てて追った。
ライアンたちが駆け出すと同時に、通りの曲がり角からフランツとエマが現れた。
この二人もライアンと同じく緊迫した表情をしていた。
「――ライアン、大変です。ヨハンさんが居なくなりました」
フランツが告げた言葉にライアンは立ち止まる。
「オッサンが? どうしてだ?」
「わかりません。先程の爆発の後に居なくなったようです。一緒に探してくれませんか?」
「いや、そうしたいのは、やまやまなんだが……」
「どうかしましたか?」
ライアンはハルが居なくなった経緯を簡潔に説明した。
「人さらい、ですか……」
「まだ、決まったわけじゃないが、嫌な予感がするんだ。こっちも放っておけない」
「わかりました。それでしたら、それぞれ自警団と国軍兵の手も借りましょう。私は――」
「あ、あの!」
フランツの言葉を遮るように、リリアが叫んだ。
皆の視線がリリアに集まる。
「わ、私に、ひとつ案があります――」