ライアンはサイラスの動きを予期していたように、身を低くして、同じように前へと突進した。
あっという間に二人の距離は無くなり、お互いの武器が届く間合いとなる。
サイラスが先に攻撃を繰り出してきた。
振り上げた棍棒をしならされて振り下ろしてきた。
ライアンは身をよじって皮一枚でそれをかわす。
そしてお返しとばかりに横薙ぎの一閃を繰り出した。
しかし、剣撃は棍棒で受け止められた。
鍔迫り合いの格好で押し合っていると、サイラスの背後からヴァルゴとアンブローズが飛び出してきた。
彼らはライアンには目もくれず駆け抜けていく。後ろのヨハンたちを標的としているのは明らかだった。
しかしそこへ割って入る二つの影。
フランツとエマがそれぞれヴァルゴとアンブローズへ拳打を繰り出した。
ヴァルゴたちは距離を取った。
くしくも教団の三人に対して、ライアンとフランツそしてエマが、それぞれの相手を見定めて睨み合う構図となった。
「リリア、お前はオッサンとハルを連れてできるだけ離れろ! フランツたちはリリアから距離を取って戦え!」
サイラスとの力比べをしながらも、ライアンは指示を飛ばす。
「わ、わかりました!」
リリアは返事をして、フランツとエマは互いに視線を合わせて首肯をした。
そのライアンの隙を見て、サイラスが蹴りを放った。
しかしライアンはその蹴り足の上に乗り、蹴りの力を利用して後ろへと逃れた。
その人間離れした反応に、サイラスは目を見開く。
「そんなに、焦らなくても、相手してやるよ、デカブツ」
ライアンは姿勢を低くして、剣を地面すれすれに構える。
「行くぜ――」
ライアンは弾かれたように地面を蹴った。
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エマは仁王立ちで構えることも無く、アンブローズの前に立ち塞がっていた。
その姿を前にしてアンブローズが鼻を鳴らす。
「ふん、女の相手は女で充分ってことか。舐められたもんだ」
その言葉にエマはぴくりと反応する。
「私が相手で不服ですか?」
「あ? 別に不服も何もあっちの戦闘狂と違って、好きで戦うわけじゃない。だけど舐められるのがムカつくだけさ」
「……同感ですね」
「あ?」
「私も、あなたみたいな人をあてがわれて不服です。さっさと片付けて、あの大男を殴りにいきます」
アンブローズの額に青筋が浮かぶ。
「……その生意気な口に剣をぶちこんでやるよ」
殺気立つアンブローズに対して、エマは微笑んで拳を構えた。
**********
「さて、始めますか。一つ聞きますが、投降する気なら聞き入れますよ?」
鋭い視線とは裏腹に軽い口調でフランツは言う。
ヴァルゴが冷徹な顔に笑みを浮かべる。
「教会の犬が随分と偉そうだな。奇跡監査官ごときが、教団に逆らうとどうなるのか教えてやる」
「……仕方ありませんね」
眼鏡の位置を直しながらフランツは呟く。
「では、実力行使ということで……」
フランツは拳を前に突き出しながら、腰を落とした構えを取る。
ヴァルゴが懐から手の平大の盾のようなものを取り出して構えた。
**********
サイラスが遠目の距離から突きの連撃を繰り出した。
ライアンはそれを見切って剣で受けることもせずに躱していく。
相手の攻撃を躱しながら、じりじりと距離を詰めていくライアン。
すると、サイラスの攻撃の速度が一段上がった。先程までとは打って変わった鋭い突きが飛んできた。
突然変わった攻撃の速度にライアンは思わず後退した。
その隙を逃さずサイラスが前に出てきた。
顔面を目掛けて突きが飛んできた。
しかし、ライアンは横回転してその突きを鮮やかに躱す。そしてそのまま回転しながら距離を詰めて、遠心力を載せた剣撃を繰り出した。
虚をつかれながらも、サイラスはそれに反応して、棍棒を縦に構えてその攻撃を受け止めた。
しかし、衝撃を受け止めきれずにたたらを踏む。
そのままライアンは連続攻撃に転じる。
上下左右から攻撃を繰り出して、サイラスの棍棒を何度も打ち据える。
しかし、その猛攻をもってしても、防御に徹しているサイラスを崩すことはできない。
そしてライアンの呼吸の隙をついて、今度はサイラスが攻撃に転じた。
先程までの突きだけの攻撃では無く、振り上げや振り落としといった、回転系の技と突き技を組み合わせた連続攻撃だった。
今度はライアンが防勢に回る番だった。
しかし、ライアンも矢継ぎ早に繰り出される棍棒の動きを巧みに避けながら、避けきれない攻撃は剣で捌いていく。
目まぐるしく攻守が入れ替わりながら、二人は互いの武器を振るった。
しかし、どちらも決定打を与えるには至らず、ひりつく攻防戦は膠着状態に陥りつつあった。
サイラスが近すぎる間合いを嫌って、少し距離を取った。
そこでライアンも一歩引いて呼吸を整える。
「いやぁ、思ったより強いな、デカブツ」
肩を回しながらライアンが言う。
その顔は喜色が幾分混ざった獰猛な笑みをたたえていた。
サイラスも僅かに口角を上げて笑みをみせる。
「自警団にしておくには惜しい腕だ、なかなかに楽しませてもらった」
「もらった? 楽しむのは、まだまだこれからだろ」
首を傾げながらライアンは言う。
「いや、終わりだ。この程度では俺には勝てない」
そう言うとサイラスは棍棒を身体の前に垂直に立たせた。
そして、そのまま両手で後ろに振り上げたかと思うと、雄叫びとともに地面へ思い切り突き立てた。
すると彼を中心として円状に衝撃波が発生した。
警戒はしていたものの、目に見えない透明な攻撃に、ライアンは大きく体勢を崩した。
その瞬間――。
サイラスは瞬間移動したかのように目の前に現れた。
ライアンは必死で剣を振るうが完全に見切られてしまった。
――しまった。
そう思ったのと同時に腹に衝撃が走った。
棍棒の突きを腹部にまともに喰らったライアンは、地面を派手に転がる。
地面の上で悶絶するライアンに、悠然とサイラスは近づいてくる。
「言っただろう。終わりだと」
サイラスは棍棒を大きく振り上げた。