目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

激突③

 アンブローズが双剣を大きく振り上げて、エマへと襲いかかる。


 エマは初撃をバックステップで躱して、続けざまに繰り出される攻撃も巧みなステップで避けていく。


 二本の剣を持った腕をムチのようにしならせながら振るうアンブローズは、踊り子の舞いのような滑らかな曲線を描く動きだ。

 ふわりとした振りを繰り出したかと、思えば鋭い突きが飛んできたりと、その変則的な剣撃にエマは防戦一方であった。


 アンブローズの剣がエマの大腿をかすめた。制服が割かれ血が滲む。


 エマは大きく後退して距離を取った。

 そして傷がそれほど深くないことを確認して、再び拳を構えた。


「口ほどにも無い、とはこのことね」

 アンブローズがせせら笑いながら言う。


「さっさと片付けるんじゃなかったの? 逃げてばかりじゃ、勝負にならないよ」


「大丈夫です。じきに終わります」

 侮蔑的な表情のアンブローズとは対照的にエマは無表情で答える。


「その表情、いつまで続くかしら」

 再びアンブローズが双剣を水平に構えて突進する。


 攻撃の瞬間、エマの重心が後ろへ掛かったのを見て、さらに大きく踏み込みを入れた。

 エマのバックステップを予見しての追撃の為だ。


 しかし、エマは予想外の動きを見せる。


 エマの方も前方へと大きく踏み込んだのだった。


 虚をつかれたアンブローズ。体勢が不十分のまま双剣をエマ目掛けて振るう。

 エマが間合いを詰めたとて、彼女の素手の間合いに勝る双剣の方が先に当たる。


 そう思った瞬間、エマの姿が視界から消えた。


 アンブローズの剣が空を切る。


 すると、地面からエマが浮き上がってきた。

 彼女はアンブローズの攻撃が当たる瞬間、地に伏せるかのように、上体を大きく沈みこませていたのだ。


 アンブローズは身をよじって回避を試みるがもう遅かった。


 直突き二連撃。


 胸と脇腹にエマの拳が命中し、アンブローズは吹き飛んだ。


 しかし、すぐさま立ち上がり再び剣を構えた。

 その構えを見て、表情を変えずにエマは呟く。


「やりますね。後ろへ跳びましたか」


「この小娘がぁ!」

 怒りの形相でアンブローズが突撃してきた。


 しかし、それは先程までの曲線的な動きとは打って変わって直線的な動きだった。

 最短距離でエマの心臓を目掛けて、剣を繰り出してきた。


 エマは前に突き出した左手で、内側からアンブローズの手を弾いた。続くアンブローズの二撃目も右手で弾き返す。


 そしてがら空きとなったアンブローズの懐へ入り、拳を握り込んだ。


 しかし、エマは信じがたい光景を目にする。


 アンブローズが両目を閉じていたのだ。


 次の瞬間、双剣からまばゆいばかりの閃光が放たれた。


 視界を焼く光にエマの踏み込みは鈍る。


 この近距離の間合いでのその行為は致命的だった。

 するりとアンブローズがエマの横を通り過ぎた。


 すると、エマの胸から腹に掛けて鮮血がほとばしった。


 アンブローズは通り過ぎざまにエマの胴体を切り裂いていたのだった。


 振り向き追撃を試みるアンブローズだったが、エマから蹴りが飛んできた。


 力無い蹴りであったが、アンブローズの動きを止めるには充分で、エマは傷を押さえながら間合いを取った。


「大人を舐めるなよ。小娘」

 見下すような表情でアンブローズが言った。


 エマの方はなんとか平静を装っている。

 しかし額からにじみ出る汗が、傷の深さを物語っていた。


 アンブローズは悠然と近づきエマとの間合いを詰める。その足音でエマは構えを取る。


 その様子を見てアンブローズが笑う。


「目、まだ見えていないだろう?」


 アンブローズの言う通りであった。先程の閃光で視界を奪われたエマの目はまだ回復にいたっていなかったのだ。


 あとは足音を消して切り刻むだけ、どうなぶってやろうか。アンブローズの思考は既にエマを苦しませる算段へと切り替わっていた。


 しかし、エマは冷静に思考を巡らせる。


 腹部の痛みを意識から切り離し、今までの戦いの経験から勝ち筋を探す。

 そこに逃走や降参という概念は存在しなかった。


 エマはゆっくりと目を閉じた。


 どうせ見えない目ならば閉じて、他の感覚へと意識を集中させる考えだった。


 そのエマの姿を諦めたとのだと判断したアンブローズ。しかし油断はせずに足音を消して、じりじりと近づいていく。


 エマは大きく踏み込んで拳を放った。


 それは方向こそアンブローズの方を向いていたが、身体に届いておらず空を切った。


 剣が振り下ろされた。踏み込んだエマの大腿に剣が突き付けられた。


 予想通りだった。


 エマは刺された剣の角度と力加減から相手の身体を思考の中で描ききった。

 そこでエマの体勢が大きく崩れた。


 アンブローズはエマのもう片方の足へと剣を振るう。


 次の瞬間。

 エマの拳がアンブローズの顎を打ち抜いた。


 体勢を崩したように見せたのはエマの罠であった。


 相手の体勢を読み切った上で、さらに隙を見せて相手の攻撃を呼び込んでカウンターの一撃を喰らわせる。

 これがエマの描いたプランであった。


 さらにエマは拳の感触から、アンブローズの正確な位置を把握する。


 血が吹き出る足を震わせながら、懐へ力強く踏み込む。


 みぞおちに一発。身体が浮き上がる程の強打。


 さらに拳で顎をかち上げる。


 最後は開脚をしながら足を上へ振り上げて、顎を強烈に蹴り上げた。


 アンブローズは大きくのけぞりながら、そのまま大の字で倒れた。そしてそのままピクリとも動かなかった。


 残心の構えのエマは回復しつつある視界で地面に横たわるアンブローズを見た。


 玉のような汗を流しながら、平静を装った表情でエマは呟く。


「小娘を舐めないでくださいね」



************



 ヴァルゴが盾を振りかざす。

 見えない衝撃波がフランツに襲いかかる。


 しかしフランツは盾の角度を見て、見えないはずの攻撃を完璧に読み切る。


 衝撃波に向かって拳打を放ち、その威力を打ち消して間合いを一気に詰めた。


 ヴァルゴは素早く間合いを取ろうとするが、フランツの鋭い踏み込みはそれを許さない。


 しかし、フランツの攻撃の瞬間。ヴァルゴが杖を振り下ろす。


 それを躱したフランツが蹴りを放とうとするも、ヴァルゴが今度は杖を構えて防御の姿勢を取った。


 攻撃を中断したフランツは仕方なく、間合いを取った。


「その杖は、そんな使い方をするものじゃないんですけどね」

 眼鏡の位置を直しながらフランツは言った。


「ふん、何とでも言うがいい」

 ヴァルゴが汗を拭いながら言う。


 フランツとヴァルゴとの戦いは、最初からフランツが優勢に進めていた。


 ヴァルゴは手に持った小さな盾でもって衝撃波を放つのだが、早々にそれを見切ったフランツはいとも簡単に間合いを詰める。


 しかし、攻撃の寸前でヴァルゴは、『万療樹の杖』を振りかざして攻撃を繰り出してくるのだ。


 杖を壊したくないフランツは攻撃を受けることもできずに、躱すことしかできない。


 そうして出来た隙に再度ヴァルゴの衝撃波が襲いかかる。という構図を幾度となく繰り返していた。


「そうやって、逃げ回っていても埒があかないでしょう。もう一度言います。投降しませんか?」

 フランツは軽い口調で言った。


「思い上がるなよ。教会の犬」

 ヴァルゴが疲労をにじませた表情をしながらも不敵に笑う。


「やれやれですね」

 フランツは腰を深く落として構えた。


 じりじりと間合いを詰めながらフランツは冷静に考えていた。

 相手のあの盾の攻撃は確かに厄介ではあるが、どうやら連続では放てないらしい。

 一撃放つごとに時間をおかなければ次の攻撃は来ない。それがこれまでのやり取りで出した結論だった。


 ――しかし、あのヴァルゴの笑み。

 フランツは視線を盾の方へと向けた。


 流れるような足さばきで、しかし恐ろしい速さで間合いを詰める。

 すると予想通りヴァルゴの盾から衝撃波が飛んできた。


 腕でガードをしながら受け流して、尚も間合いを詰める。

 そしてフランツはヴァルゴの顔面目掛けての突きを繰り出すが、ヴァルゴは杖で防御をする。


 フランツは拳の軌道を変えて、盾を正面から突いた。


 一瞬、ヴァルゴは怯むが、盾の上から受けた攻撃に脅威は無く、そのまま盾で防御を固めた。


 しかし、フランツはそのまま盾の上からお構いなしに攻撃を繰り返す。


 その勢いに押されてヴァルゴは後退りをするが、盾の防御は破ることはできない。


 フランツは頭の中で時間を数えていた。


 そして、その瞬間は訪れる。


 ヴァルゴの目が怪しく光る。盾から衝撃波が放たれた。しかし、衝撃波はフランツの方では無く、上方に向かって放たれた。


 衝撃波が発生する瞬間、フランツは盾を蹴り上げていたのだった。

 そして、更に深く踏み込むが、彼の視界が塞がれた。


 ヴァルゴが咄嗟に盾を顔に目掛けて投げつけていた。

 しかし、動じること無く盾を弾いたフランツだったが、目の前の光景に目を見開く。


 盾を投げ捨てたはずのヴァルゴが別の盾を再び構えていた。


 至近距離で衝撃波がフランツに命中した。


 しかし、今度はヴァルゴが瞠若する番だった。


 フランツは防御の構えを取っていて、衝撃波を完璧に防いでいたのだった。彼は二つ目の盾の存在を推測していたのだった。

 ヴァルゴは怯む、その隙をフランツは逃さない。


 彼の拳打は正確にヴァルゴの顔面を打ち抜いた。


「ガハッ」

 ヴァルゴは吹き飛び、後ろの木箱へと激突する。


 フランツは追撃の手を緩めない。


 しかし、その時、ヴァルゴの手の中の『万療樹の杖』の宝玉が光る。

 状況を理解するためにフランツの動きが一瞬鈍った。


 その隙にヴァルゴは跳び上がり、木箱の上へとその身を逃がしたのだった。

 フランツは頭上のヴァルゴを見上げて息を吐いた。


「そうでした。傷を治せるんでしたね、それ」

「この使い方なら文句は無いだろう」

 完璧に傷が治った顔を醜悪に歪ませてヴァルゴは言う。


 そして軽やかに木箱から降りて、再びフランツと間合いを取った。


「まぁ、いいでしょう。その杖を使わせなければいいだけのことです」

 フランツは再び構えた。


 ヴァルゴはじりじりとフランツの周りを旋回しながら間合いを取る。


「その余裕が命取りだったな」

 ヴァルゴが笑う。


 その瞬間、フランツの足元から衝撃波が発生した。

 それは先程弾き飛ばした、一つ目の盾だった。


 直撃は避けたものの、フランツの意識は足元に持っていかれている。そのため前方への反応が一拍遅れた。


 そして目の前に現れた盾から放たれた衝撃波が、フランツの身体に直撃した。

 大きく吹き飛ばされて、今度はフランツが木箱へと叩きつけられてしまった。


「さすがに手から離れた盾までは気が回らなかったみたいだな」

 フランツはよろよろと立ち上がる。


「ふん、たった一撃でそのザマか」

 ヴァルゴは再び盾を構えて、フランツへ照準を合わせた。


「死ね」

 ヴァルゴが盾に魔力を込めた。


 しかしその瞬間、大きな木片が目の前に飛んできた。

 間一髪それを盾で弾き飛ばしたヴァルゴは焦って前を見た。


 目の前には、拳の届く間合いまでフランツが接近していた。

 ヴァルゴが後方へ飛び退りながら、衝撃波を発する。


 フランツは横っ飛びでそれを回避した。


 両者の間に再び大きな間合いが生まれた。


「やはり、まだ動けたか」

 額に冷や汗を浮かべながらヴァルゴが言う。


「なかなか、警戒心が強いですね。ですが、もうそちらは手が無いでしょう? 投降しますか?」


「しつこい奴だ」

 ヴァルゴは会話をする振りをしてあるものを探す。


 しかし、地面にあるはずのそれは見つからない。


「これをお探しですか?」

 フランツは小さな盾をヴァルゴに見せた。


 それは先程地面から衝撃波を発した盾だった。攻撃の瞬間、フランツは拾い上げていたのだった。


「ふん、素人が使えるものか!」

 吐き捨てるようにヴァルゴが言う。


 フランツは盾を上に掲げる。そして何食わぬ顔で衝撃波を発した。

 いとも簡単に盾を使いこなされてしまい、ヴァルゴが青ざめた。


「これでも奇跡監査官ですからね。こういった類の扱いは慣れています」


 ヴァルゴが歯噛みする。


 しかし次の瞬間、ヴァルゴは『万療樹の杖』を前に差し出す構えを取った。


「だが、これでどうだ! 盾を使いたければ使うがいい。その時はこの杖がどうなってもしらんぞ!」

 フランツは動じる様子も無く盾を構えた。


「では、こうしましょう」

 フランツは盾を横薙ぎに振るいながら衝撃波を発動させた。

 角度は水平よりも少し下、ヴァルゴの足元に向かってだった。


 ヴァルゴの足元で地面が爆ぜて土煙が舞う。


「クッ」

 顔をかばいながらもヴァルゴは前方に向かって盾を振りかざした。


 発せられた衝撃波で土煙は吹き飛んで視界が晴れるが、そこにフランツの姿は無い。


「ここですよ」

 ヴァルゴの後ろから声がした。


 それと同時に杖を持つ方の手首を掴まれた。信じられない力でヴァルゴは手を捻り上げられた。

 盾を使おうとしたが、そちらの手も封じられてしまい、身動きが取れなくなってしまった。


「さて、今度こそ最後の通告です。投降しますか?」

「だ、だれが、投降などするか!」

 次の瞬間、フランツはヴァルゴの襟元に腕を回して締め上げた。


 ヴァルゴの意識は一瞬の内に刈り取られ、あえなく失神してしまった。


 ずるずると崩れ落ちるヴァルゴの身体をフランツは地面に寝かせる。


「やれやれですね」


 そう呟きながら、フランツは眼鏡の位置を直した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?