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将軍ラルハザール②

 人気の無い閑寂な通りを、エマを先頭にしてヨハンたちは走る。


 しばらく走って十分に工房から距離を取ったことを確認してエマは足を止めた。


「――ここまで来れば大丈夫でしょう。ヨハンさんたちはこのまま逃げて、助けを求めて下さい」


「君はどうするんだ?」

「私は戻って戦います」

 イグナシオの問いにエマは毅然と答えた。


「わ、私も戻ります!」

 続いてリリアも叫んだ。


 すると突然ヨハンが地面に手を着いて項垂れた。


「どうしました? ヨハンさん。大丈夫ですか?」

 リリアが心配そうにヨハンの顔を覗き込む。


「お、俺は、嬢ちゃんとライアンを裏切っておいて、尚も逃げるのか……」


「その話は後にしましょう。ひとまずは安全な所へ」


 エマが冷静に言うが、ヨハンは起き上がってエマにすがりつく。


「俺も戻る! 『万療樹の杖』があれば戦いを手伝える! 俺も戦わせてくれ!」

 悔し涙を滲ませながらヨハンは懇願する。


 その願いをエマは真っ直ぐな瞳で受け止める。


「貴方を守れる保証はできません。それでもいいですか?」


「もちろんだ」


「リリアさん、貴方もです」

「も、もちろんです!」

 二人の返事にエマは小さく息を吐く。


「わかりました。ではイグナシオさん。貴方は助けを呼んで下さい。ですが、国軍兵には気をつけて下さい」


「国軍兵……そうか、将軍の配下か」

「そうです。将軍が敵である以上、国軍兵がどこまで味方か判りません。ですので信用できる人を見つけて下さい」


「分かった。ヨハン、気を付けろよ」


「すまないダミアン。巻き込んでしまって」


「その話も後だ」

 そう言うとイグナシオは通りを駆けて行った。


 エマはヨハンたちと顔を見合わせると、元来た道を引き返して行ったのだった。



************



 大きく振り下ろしたラルハザールの一撃をライアンは剣で受ける。

 しかし、衝撃を受けきれずに後へ大きく飛ばされた。


 ライアンの身体は宙を舞い、窓を突き破った。

 そしてガラスの破片を撒き散らしながら地面を転がる。


 ラルハザールの背後からフランツが距離を詰める。しかし剣で牽制されて踏み込めない。

 動きを止めたフランツにラルハザールが剣を振るおうとする。


 だがその隙を突いてライアンは斬り掛かった。それは窓の外を転がされたダメージなど無いかのような鋭さだった。


 ラルハザールが剣で受けて鍔迫りあいとなる。

 その瞬間を狙ってフランツは鋭く踏み込んで胴体に拳打を叩き込んだ。


 巨岩を殴ったような感触がフランツの拳に響く。

 いや、ただの岩でならば彼の拳であれば砕くことができた。しかしラルハザールの甲冑にはへこみ一つ付けることはできなかった。


 ――この感触は。

 ラルハザールがライアンを跳ね飛ばしてフランツへ回し蹴りを放つ。一瞬、動揺したフランツはそれを喰らって吹っ飛ばされた。

 フランツは派手に床を転がり壁に激突した。


「フランツ!」

 ライアンは駆け寄って声を掛けた。


「だ、大丈夫です」

 フランツに手を貸して起き上がらせた。


 そして二人は再び構えた。


「ライアン。あの甲冑は恐らく魔法の防具です。生半可な攻撃は通りません」


「アイツの剣も恐らく魔法の武器だ。一撃一撃が不自然な程に重い」

 フランツの言葉にライアンも答える。


「ライアン、攻撃を合わせましょう。装備で負けている分、数の利を活かすしかありません」


「合わせるっていっても、そんな器用なことできねえぞ」

 二人の会話を遮るように、ラルハザールが首を回しながら悠然と歩み寄ってきた。


「何を相談しようが無駄なことだ」

 ラルハザールが剣を振りかざす。禍々しい殺気が剣先から漂う。


「私が撹乱します。それでできた隙を突いて下さい!」

「わかった!」

 二人がその場から飛び退くと同時にラルハザールの剣撃が飛んできた。


 激しい破砕音と共に床には大きな穴が開く。


 フランツが攻撃終わりのラルハザールの背後に迫る。


 しかし、ラルハザールが振り向き剣を構えると、間合いの外で踏みとどまった。そして手に持っていた木片を投げつけた。

 ラルハザールの視界が塞がった瞬間にフランツは踏み込む。

 しかしその気配を感じ取ったラルハザールの剣が動く。


 必中のタイミングで剣が振り下ろされた。


 しかしそこにフランツの姿は無く、間合いの外へと逃れていた。

 次の瞬間、ラルハザールは頭部を腕でガードした。

 そのガード越しに強い衝撃。


 大型のハンマーで殴られたかのような一撃にラルハザールはたたらを踏む。しかし倒れず反撃にでた。


 ラルハザールの剣は空を切る。剣の先には間合いの外に逃げたライアンが居た。


「チッ、堅い甲冑だな!」

 ライアンが放った一撃はラルハザールの腕の甲冑にまともに命中したのだったが、身体をよろめかせただけだった。


「大丈夫です。このまま続けましょう。消耗戦です」

 フランツがそう言いながら額の汗を拭った。

 陽動とはいえ相手の剣の前に素手で立ち向かう重圧は生半可なものではない。彼の汗がそれを物語っていた。


 そのやり取りにラルハザールが不敵に笑う。


「大丈夫、このまま、消耗戦…………戦いを操っているつもりか? 笑わせるな」

 ラルハザールが嗤うと彼の甲冑が鈍く光る。


 そして、水に黒色の塗料を垂らしたように、じわりと銀色が黒色へと変色していった。

 黒光りする漆黒の甲冑からは、先程よりも禍々しい殺気が溢れ出ている。

 それはラルハザール本人ではなく甲冑そのものから滲み出ていた。


「悔いるがいい」


 ラルハザールが呟くと甲冑から黒い閃光が迸った。


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