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将軍ラルハザール③

 工房の前に辿り着いたエマたちが見たのは、工房の外で横たわるライアンだった。

「ライアンさん!」

 悲鳴のように叫びながらリリアが駆け寄る。

 その声にライアンはぴくりと反応する。


 エマは工房の中へと入った。


 そこで見たのは、黒色の甲冑に身を包むラルハザールがフランツを足蹴にしている光景だった。

 うつ伏せに倒れて無防備に蹴りを受けるフランツは、意識があるのかどうかも判らない。


 瞬間、激昂したエマはラルハザールへ殴りかかる。


 それに気づいたラルハザールはゆっくりと顔を上げる。

 その顔は嗜虐的な笑みに染まっていた。


 ラルハザールの鎧が黒く光った。


 それを見た瞬間、エマは強烈な悪寒を感じた。

 強く踏み込んだはずの脚からは力が抜け、振りかぶった拳を振り抜くこともできない。


 無防備に棒立ちになったエマの頭をラルハザールが掴む。

「他愛もない」

 ラルハザールの手はみしみしと音を立ててエマの頭を締め付ける。


「あっ、ああ……」

 手を引き剥がそうとエマは必死にもがくが逃れることができない。


 だが次の瞬間、エマを掴むラルハザールの腕が上向きに弾け飛んだ。

 フランツの垂直蹴り上げが腕を捉えていた。


 解放されたエマを抱きかかえて、フランツは距離を取る。

 しかし青ざめた顔と口から滴る血はダメージの深刻さを如実に伝えていた。


 ラルハザールは蹴り上げられた腕を気にする素振りもせずに剣を上段に構えた。


「まだ動けたか。だが終わりだ。悔いるがいい」

 獰猛な笑みを浮かべたラルハザールが斬り掛かってくる。


 しかしそこへ割って入る影が一つ。


「させるかよ!」

 間一髪、ライアンの剣がラルハザールの剣を受けた。

 ライアンも全身血みどろで満身創痍なのだが、なんとか踏みとどまっている。


「いまのうちだ、オッサン! リリア!」

 ライアンがそう言うと、後からするりとヨハンとリリアが現れた。


 突如として現れた二人に動揺したラルハザールを、ライアンは思い切り蹴飛ばす。


 そしてそのまま剣での連続攻撃を繰り出す。


 それは相手の防御の上から剣を打ち付けるだけの工夫の無い攻撃だったが、ラルハザールを守勢に回らせることには成功していた。


「フランツさん!」

 リリアが叫んだ。そして何か木の棒のようなものをフランツに投げつけてきた。


 それを受け取ったフランツは一瞬でリリアの意図を理解した。

 そして受け取った物を振るう。


 ライアンは必死に攻撃を繰り出していたが、その鋭さは見る影も無い雑な剣さばきだった。

 それを見切ったラルハザールが腕の甲冑でライアンの剣を弾き返した。


 体勢を崩したライアンはよろよろと後ずさる。押せば倒れそうな弱弱しい足取りだ。

 それを見たラルハザールが剣を振り上げる。


 ライアンの膝は崩れて、床にひざまずいた。その頭をめがけて剣が迫る。

 しかし剣が当たる瞬間、ラルハザールの腹部を強い衝撃が襲った。彼はそこで信じられないモノを目にする。


 先ほどまで瀕死だったフランツが生気に満ちた顔で拳を構えていたのだ。

 フランツから放たれる拳打の連続攻撃。ラルハザールは思わず後退して距離を取った。


 そして、ライアンの横で杖を振るうエマの姿を視認した。


「『万療樹の杖』……!」


 ラルハザールはその杖の名を忌々しそうに口にした。


 次の瞬間、飛び跳ねるようにライアンが立ち上がった。

 今しがた戦いが始まったかのような、活力に満ち溢れた瞳をしていた。


「さあ、続けようぜ」

 ライアンはニヤリと口角を上げて言った。


「ヨハンさんたちは杖を持って外へ! エマちゃんは彼らを守って!」

 フランツが指示を飛ばす。即座にヨハン、リリア、そしてエマが外に向かって駆け出す。


「させるか」

 ラルハザールが先回りをしようとする。


「こっちの台詞だ!」

 ライアンが跳び上がりながら剣を振るう。その剣を避けたラルハザールは不敵に笑う。


 次の瞬間、ラルハザールの鎧が再び黒い光りを発する。


 しかし、ライアンは目にも止まらない速さでその場を脱した。そして数歩離れた所で泰然と剣を構えた。


「近い間合いしか効かないみたいだな、ソレ」

 ライアンは剣でラルハザールの甲冑を指しながら言った。


「そのようですね。それと常に光らせておくこともできないようですね」

 冷静にフランツが言う。


「作戦はどうする?」


「遠い間合いから牽制をして、あわよくば甲冑を使わせます。そして、その後に攻撃という感じでしょうか。もし失敗してアレを喰らったら、杖で復活して続ける。どうですか?」


「こっちだけ回復できるってのは、気に食わねえが仕方ねえか」


「そうです、変なプライドは捨てて下さい」

 そう言いながらフランツは構えた。


「わかったよ」

 ライアンも剣を構えた。





 その後は一進一退の攻防が繰り広げられた。

 ライアンとフランツは距離を取りながら戦うが、それでもやはり予備動作の無いラルハザールの甲冑からの波動を喰らってしまう。


 波動を喰らうと一時的に身体が動かなくなるのだが、その効果を既に知っているライアンたちは、お互いでサポートをすることで致命打を避けていた。


 しかし、致命打を避けたといっても無傷ではなく、二人は浅いながらも多くの傷を抱えながら、剣と拳を振るっていた。


「フランツ、踏み込みが鈍っているぞ。先に傷を治せ!」

 ライアンは叫んだ。


「わ、わかりました。少しだけ耐えて下さい!」

 しかし先に外へ駆け出したのはラルハザールだった。


「!」

 虚を突かれたライアンたちは慌てて追いすがる。


 しかし一歩遅く、ラルハザールを外に逃がしてしまった。




 外に出たラルハザールは工房の前に居るヨハンたち三人を視認すると、そのまま足を緩めることなく、剣を振り上げて突進した。


 エマが敢然と飛び出して迎撃を試みるが、甲冑が光りエマの動きが止まって蹴り飛ばされてしまった。


 ラルハザールが杖を持つヨハンへと迫る。


 ヨハンは固まって動けない。


 ラルハザールは剣を振りかぶる。


「ヨハンさん!」


 突然、その間にリリアが割って入った。彼女はラルハザールへ体当たりをする。


 しかしラルハザールはそれを難なく手で払い飛ばした。

 尻もちをつくリリアをラルハザールは見下ろして、黒い石を取り出した。


「邪魔だ。先に封じてやる、悪魔」


 それを見たヨハンが叫ぶ。


「あれは、『封魔の黒耀石』!」


 突如、『封魔の黒耀石』から黒い触手のようなものが飛び出てきた。それがリリアの指を絡めとる。

 次の瞬間、リリアは体中に鳥肌が立った。

 指先の黒い触手から何か異質なものが流れ込んでくる感覚――。


「させねえって!」

 リリアに絡まる触手をライアンが切り落とした。


 そこへフランツの拳がラルハザールへ迫る。


 しかしラルハザールは素早く距離を取って危地を脱した。


「大丈夫か、リリア!」

 ライアンはリリアを抱き寄せて顔を覗き込む。


「だ、大丈夫です」

 気丈な表情で答えるリリア。その顔にひとまずライアンは安堵する。


 ライアンとフランツは間合いを計りながらラルハザールと睨み合う。


「……しかし、厄介だなアイツ」

「そうですね。あの甲冑さえ無ければ、いいのですが」


 ライアンの言葉にフランツも同意の言葉を重ねた。


 その時、リリアが立ち上がった。

「大丈夫か? リリア」


「はい……」

 立ち上がったリリアは額に浮かんでいる汗を拭うこともなく、何かを考える素振りを見せる。


 その視線はエマの傷を治しているヨハンに向けられていた。

「……ライアンさん、一つ策があります」

「策だと?」

「はい」

「よし、乗った」

「え? まだ、言っていませんよ!」


「お前の策なら大丈夫だ。俺たちは何をすればいい?」

 ライアンの言葉にリリアは唇を引き結ぶ。


「――耐えて下さい。もう暫く耐えて下さい」


「わかった。任せろ」


 ライアンはラルハザールを見据えながら頼もしく答えた。


「それと、エマさん。杖の役目をお任せします。ヨハンさんは私がお借りしますので」


「わ、わかりました」

 動揺をしながらもエマは頷き答えた。


「よし、行くぞ!」

 ライアンは叫びながら、今戦いが始まったかのように双眸を輝かせる。


 フランツとエマもそれに続いて頷いた。

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