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決着

 ラルハザールの甲冑が怪しく光る。


 それを予見していたフランツが間合いを取ろうと後に飛ぶが、その動き自体をラルハザールに読まれていた。

 フランツは必死に身をよじるが、腹に深い傷を負ってしまった。


「フランツ!」

 ライアンが援護に入り、ラルハザールをフランツから引き離して、そこにエマが回復に向かう。

 傷は瞬く間に塞がり、フランツは立ち上がった。

 しかし、フランツの膝が崩れて彼は地面に手を着いた。息は荒くて額には玉のような汗をかいている。


「フランツさん!」

 エマが叫びながら顔を覗き込む。


「どうやら傷は治せても、体力は戻せないみたいだね。脚が……」

 フランツの脚は小刻みに痙攣していた。


「私が代わります! フランツさんは回復役を!」


「頼むと言いたいところだけど、君には無理だ」

 フランツはエマの提案に首を振る。


「しかし!」


 尚も食い下がるエマの足元へライアンが吹っ飛ばされて来た。


「ぐぇ!」

 背中をしたたかに打ちつけたライアンがうめき声を上げた。


 すぐさま起き上がるが、膝に手をついて荒い呼吸をしている。彼の体力も尽きかけているのが明らかだった。


「――そろそろ、限界だろう」

 ラルハザールが感情の無い声で告げる。彼は涼しい顔で悠然と近づいてくる。


「まだまだだ。朝まででも付き合ってもらうぜ」


「薄っぺらい虚勢だ。回復する間も無く首を跳ねて、終わりにしてやる」


 ラルハザールからの殺気が膨れ上がる。それに呼応するように甲冑も怪しく光る。


 その時だった。


 どこからともなく現れたヨハンが、剣を振りかぶってラルハザールへ突進してきた。


「オッサン! 止めろ!」

 ライアンの制止も聞かずにヨハンは突っ込む。


「くだらん」

 ラルハザールは鼻で笑ってヨハンを蹴り飛ばした。


 派手に壁に叩きつけられたヨハンは動かなくなった。


 今度は横合いからリリアが現れた。ヨハンを陽動とした奇襲の形だった。


「無駄なことを」

 ラルハザールは『封魔の黒耀石』を掲げた。


 しかし、リリアは間合いの外から何かを投げつけた。




 それは黒い色をしたガラスの瓶だった。


 ガラス瓶はラルハザールの甲冑に当たり砕ける。


 そして中から黒い液体が弾けるように撒き散らされた。


「なんだこれは」

 予想外の出来事にラルハザールは顔をしかめる。


「すぐに解りますよ」

 リリアは怪しく笑いながら言った。


「この悪魔が」

 ラルハザールは再び『封魔の黒耀石』を掲げた。


 しかしそこへライアンが斬りかかる。


 金属同士がぶつかる音がした。ライアンの一撃はラルハザールの剣が受け止めていた。


「馬鹿が」

 ラルハザールがそう言うと彼の甲冑が輝く。しかしその輝きは一瞬で掻き消えた。


 甲冑の異変に気づいたラルハザールの耳にビキビキと金属が軋む音が聞こえた。


 音の箇所を見やった。音は甲冑から聞こえてくる。その箇所には茶色の汚れのようなものが付着していた。


 その茶色の汚れは瞬く間に甲冑全体に広がって、彼の剣そしてライアンの剣へも伝った。


 ラルハザールはそれが発する匂いを嗅ぐ。


「――錆か!」


 リリアは不敵に笑う。


「『アルカナス目録教書』の『鉄喰いの夜露』。これは想定外のはずです」

 ラルハザールは彼らの策を今悟った。


 リリアとヨハンが消えたのは逃げたのでは無く、また奇襲の為でも無く、甲冑を錆びさせるこの液体を錬成していたのだと。

 彼の剣と甲冑とそれが伝ったライアンの剣は既にボロボロと崩れ始めていた。


 剣を捨ててライアンは口角を上げた。



 至近距離で放った拳はラルハザールの顔面を捉えた。


 思考に意識を取られていたラルハザールはその拳をまともに喰らってしまい膝が折れる。


「クッ」


 体勢を崩しながらもラルハザールは拳を放つが、ライアンに叩き落された。


 みぞおち、顎、こめかみと、ライアンの連撃が炸裂する。


 ラルハザールは何度か反撃を試みるが、ライアンの猛打の前に成すすべなく後退する。


 拳打でラルハザールの顔がかち上げられた。


 無防備となった顔面にライアンは回し蹴りを喰らわせて、ラルハザールを地面に叩きつけた。


 しかしまだ意識のあるラルハザールは、腹ばいになって這って逃げようとする。


 その背中に向かってライアンは言う。

「逃がすかよ」




 その時、物陰から小さな人影が姿を表した。


 通行止めをすり抜けてこっそりと工房までやってきたハルだった。


「ライアンにーちゃん!」

 ハルが叫んだ。


 ライアンの意識がそちらへ逸れた瞬間。


 ラルハザールが突如起き上がってハルを捕まえた。


「きゃぁ!」

 悲鳴を上げるハルをラルハザールは抱きかかえて立ち上がった。


「甘かったな」


「てめえ!」

 ライアンが叫ぶ。


「動くな。子供の首を折るぐらい、造作もないぞ」

 一同は金縛りにあったように動けない。


「おい、そこの女。その杖で俺の傷を治せ」

 ラルハザールは杖を持つエマに言った。


 エマは戸惑って狼狽えている。


「エマちゃん、従いましょう」


「しかし!」

 フランツの言葉にエマは反発するが、彼女も他にどうすることも出来ないと悟り、ラルハザールへと近づく。


「妙な真似をするなよ」

 エマは杖をかざして、ラルハザールの傷を治した。


「その娘を解放してください」


「フンッ、終わったら下がれ」


「…………」


「下がれと言っている」

 エマは渋々と言った様子で後ずさって距離を取った。


「貴様らの顔は全員憶えた。今日のことを必ず後悔させてやる」

 そう言いながらラルハザールはハルを抱えたまま後ずさる。


「逃げるのかテメエ」


「追ってきたければ好きにするがいい。その時はこのガキの最期だ」


 歯噛みするライアン。鼻で笑うラルハザール。


 だがその時、ラルハザールの手に激痛が走った。ハルが手に思い切り噛みついたのだった。


 ラルハザールは思わずハルを手放した。


「このガキが!」

 ラルハザールがハルに拳を振り上げたが、そのまま動きを止めた。彼は驚愕と苦悶が入り混じった表情を浮かべて後ろを振り返った。


 そこには胴体に剣を突き立てるヨハンの姿をあった。


「誰に手を上げてんだ、お前」

 ヨハンは憤怒を漲らせた声で告げた。


「オッサン、よくやった」

 ライアンが一瞬で間合いを詰めた。


 ラルハザールは逃走を試みるが遅かった。


 彼の顔面に渾身の力を込めたライアンの拳がめり込む。


 更にフランツとエマによる追撃が襲った。


 十を越える拳打と蹴りを受けて、ラルハザールの意識は断ち切られた。


 地面に大の字に横たわった彼は今度こそ動く気配が無くなった。


 ヨハンはハルに向かって笑顔で語りかける。


「無事か? ハルディア」


 ハルの瞳に大粒の涙が浮かぶ。


 そしてヨハンに抱きつくと、大きな声で泣き出したのだった。

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