春蘭は、宗則に、白雲斎から託された「烏の巻物」を開くように促した。
宗則は、震える手で、巻物を開いた。
古い文字で記された、禁断の術の数々。
「…この巻物には、『泰山府君祭』の儀式と、それに伴う禁断の術が記されています…」
春蘭は、静かに、しかし、重い口調で説明を始めた。
「…人の寿命を操る…恐るべき術…この術を使うには…生きた人間の魂を…冥府の王に…捧げなければならない…そして…術者の寿命も…また…削られる…」
宗則は、巻物に記された文字を読み、戦慄した。
彼の背中のあざが、激しく熱を帯び、不吉な光を放つ。
宗則は、恐怖に震え、巻物を閉じようとする。
「…恐れ…ないでください…宗則様…」
春蘭は、宗則の震える手を、そっと包み込む。
彼女の指先は、氷のように冷たかったが、その眼差しは、温かかった。
「…この術は…確かに…恐ろしい力…です…しかし…使い方次第では…人々を…救うことも…できるのです…」
春蘭は、自らの過去を語り始めた。
彼女は、かつて、愛する者を二条尹房の陰謀によって失い、その者を救うために、禁断の術「泰山府君祭」を使おうとした。
しかし、彼女は、失敗し、愛する者だけでなく、自らの魂も深く傷つけてしまったのだ。
「…術は…失敗しました…愛する人は…私の目の前で…息絶え…そして…私は…その代償として…二度と…子供を…授かることができなくなってしまいました…」
春蘭の頬を、一筋の涙が伝う。
彼女は、静かに涙を拭うと、宗則の目をまっすぐに見つめた。
「…尹房を止めるためには…あなたには…『裏』の力が必要になります…白雲斎様は…あなたに…その力を…与えることを…ためらわれたのでしょう…しかし…私には…迷いはありません…なぜなら…私は…かつて…愛する者を…尹房の陰謀によって…失ったからです…もう…二度と…あんな悲しい思いは…したくありません…あなたを…白雲斎様のような…立派な陰陽師に…育て上げるのが…私の…使命です…そして…それは…私の…過去の過ちを…償う…唯一の方法でもあるのです…」
春蘭の言葉は、宗則の心に、深く突き刺さった。
宗則は、春蘭の言葉と、自らの使命、そして、禁断の術の危険性の間で、激しく葛藤する。
彼は、白雲斎の教えを思い出し、苦悩する。
(…師匠…私は…どうすれば…?)
その時、宗則は、心の中で、八咫烏の声を聞いた。
(…迷うな…宗則…お前の心…が…答えを…知っている…)
宗則は、深呼吸をして、心を落ち着かせた。
彼は、自らの運命を受け入れる覚悟を決めた。
「…わたくし…その術を…学びます…」
宗則は、決意を込めて、春蘭に告げた。
「…その書物は…どこにあるのですか…?」
「鞍馬山にあります。かつて、陰陽師たちが修行した、聖なる山です。しかし、その山は、今は、深い霧に覆われ、人々が近づくことを拒んでいます」
春蘭は、宗則に、鞍馬山への地図を手渡した。
その地図には、秘密の祠へと続く道が、赤い線で記されていた。
「…鞍馬山には…古くから…天狗や鬼が棲むと…伝えられています…道中には…様々な…危険が…待ち受けているでしょう…しかし…あなたは…必ず…それを乗り越えることができるはずです…」
春蘭は、静かに言った。
彼女の言葉には、宗則への期待と、同時に、彼を案ずる気持ちが込められていた。
「…さあ…行きなさい…宗則…そして…あなたの…運命…と…向き合いなさい…」
宗則は、地図を受け取ると、春蘭に深々と頭を下げ、屋敷を後にした。
彼の背中には、夕陽が赤く染まり、まるで、彼の行く末を暗示しているかのようだった。
(続く)