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第十三話 禁忌の術

宗則は、春蘭の指示で、禁断の術「泰山府君祭」を学ぶため、鞍馬山へ向かうことになった。



「鞍馬山…かつて、陰陽師たちが修行した、聖なる山です。しかし、その山は、今は、深い霧に覆われ、人々が近づくことを拒んでいます」



春蘭は、静かにそう告げた。

彼女の言葉には、畏敬の念と、同時に、一抹の不安が感じられた。



「そこには…古の陰陽師たちが、後継者を選定するために作り上げた…『三つの試練』が存在すると言われています…それらを乗り越えた者だけが…真の陰陽師として認められ…『泰山府君祭』の術を授かることができるのです…」



宗則は、春蘭の言葉に、自らの運命の重さを改めて感じ、不安を覚えた。

しかし、同時に、都を救うという使命感、そして、春蘭の期待に応えたいという強い思いが、彼の胸に燃えていた。



宗則は、綾瀬、そして、藤原家の家臣二人を伴い、険しい山道を登り始めた。

深い霧が、一行を包み込み、視界を遮る。

時折、カラスの鳴き声が、霧の中から聞こえてくる。



「…この霧…まるで、何かが…私達を拒んでいるかのようだな…」



家臣の一人が、不安そうに呟いた。



「…気をつけろ。この山には、何か…邪悪なものが潜んでいるかもしれない…」



もう一人の家臣が、刀に手をかけながら、周囲を警戒した。



宗則は、背中のあざが、かすかに熱を帯び始めるのを感じながら、歩みを進めた。

そのあざは、まるで、宗則の心の奥底にある不安を、映し出す鏡のようだった。



霧の中を進むこと数刻、宗則たちは、朽ち果てた鳥居の前に辿り着いた。

鳥居の先には、苔むした石段が、闇の中へと続いていた。

石段の脇には、風化した石仏が立ち並び、その表情は、長い年月を経て、摩耗し、判別できない。

しかし、宗則は、その石仏たちから、静かな怒り、そして、深い悲しみを感じ取った。



「…ここが…祠への入り口…か…」



宗則は、深呼吸をして、石段を登り始めた。



石段を登りきると、そこには、古びた祠が、ひっそりと佇んでいた。

祠の周りには、異様な雰囲気を漂わせる石像が、幾つも置かれている。

石像たちは、どれも、奇妙な形をしており、人間の顔と獣の体が融合したような、グロテスクな姿をしていた。



「…ここが…伝説の祠…か…」



宗則は、祠の前に立ち、静かに目を閉じた。

すると、彼の背中のあざが、熱く脈打ち始め、体中を、不思議な力が駆け巡る。

同時に、彼の耳には、かすかなカラスの鳴き声が聞こえてきた。



(…八咫烏…?)



宗則は、目を開けると、空に、黒い影が、一瞬、見えた気がした。



(…気のせい…だろうか…?)



宗則は、自らの運命に、言い知れぬ不安と、同時に、かすかな期待を感じながら、祠の中へと足を踏み入れた。



祠の中は、薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。

壁には、不気味な模様が描かれた壁画があり、中央には、古びた祭壇が置かれている。

祭壇の上には、黒曜石でできた髑髏が置かれ、その周りには、血のような赤い液体が、満たされた器が並んでいた。



「…ここには…何もない…のか…?」



仲間の一人が、辺りを見回しながら言った。



その時、宗則の足元が、突然、崩れ落ちた。



「うわっ…!」



宗則は、暗闇の中へと落ちていった。



「宗則…!」



仲間たちが、慌てて宗則の名を呼んだが、彼の姿は、すでに闇の中に消えていた。

綾瀬は、宗則が消えた穴に駆け寄り、底を見つめた。



「…宗則様…!」



彼女は、小さく呟いた。

彼女の心は、不安でいっぱいだった。



家臣たちは、顔面蒼白になり、互いに顔を見合わせた。



「…これは…一体…?」



「…どうする…?」



「…宗則様を…助けに行かなければ…!」



家臣たちは、不安と焦りで、口々に言った。



しかし、穴は深く、底が見えない。

彼らは、宗則の無事を祈りながら、祠の前で待つことしかできなかった。



宗則は、急な斜面を滑り落ち、硬い地面に叩きつけられた。



「…うっ…」



宗則は、痛みで呻きながら、ゆっくりと身体を起こした。



「…ここは…?」



宗則は、辺りを見回した。

そこは、祠の地下にある、広大な空間だった。



天井からは、無数の星が輝き、まるで、夜空を見上げているかのようだった。

その星空は、宗則が今まで見たことのない、複雑な星の並びをしており、まるで、彼に何かを語りかけているかのようだった。



「…これは…?」



宗則は、驚きのあまり、言葉を失った。



その時、彼の耳に、あの烏の声が聞こえてきた。



「ようこそ…試練の地へ…宗則…」



宗則は、振り返ると、そこに、八咫烏が、静かに佇んでいた。

烏は、鋭い眼光で、宗則を見つめていた。



「…お前は…この場所で…三つの試練を乗り越え…真の力を手に入れるであろう…」



「…一つは、天体の試練。陰陽師として、天体の運行を読み解き、その力を操る術を学ぶ。二つは、風の試練。自らの心を制御し、風の精霊の力を借りる術を学ぶ。そして、三つ目は、天候の試練。天候を操り、自然の力を自在に使う術を学ぶのだ。これらの試練を乗り越えることで、お前は、『泰山府君祭』の術を扱うにふさわしい力を得、己の使命を果たすことができるであろう…」



烏の言葉が終わると、宗則の目の前に、三つの道が現れた。



一つは、光り輝く道。

一つは、暗闇に包まれた道。

そして、もう一つは、星屑が煌めく道。



「…三つの道…?」



宗則は、戸惑いながら、烏に尋ねた。



「…これらの道は…それぞれ…異なる試練へと繋がっている…光の道は…天体の試練…闇の道は…風の試練…そして…星屑の道は…天候の試練…」



烏は、それぞれの道を指さしながら、説明した。



「…お前は…どの道を選ぶ…?」



宗則は、三つの道を見つめながら、深く考えた。



(…どの道を選んでも…危険が待ち受けている…しかし…私は…前に進まなければならない…)



宗則は、自らの使命を思い出した。

二条尹房の野望を阻止し、都と人々を守らなければならない。



(…私は…闇を知る必要がある…)



宗則は、春蘭の言葉を思い出した。



(…そして…私は…この力を…制御できるようにならなければならない…)



宗則は、剣の試練で得た教訓を、胸に刻んでいた。



宗則は、決意を固めると、闇の道へと足を踏み入れた。



闇の道は、長く、険しかった。

宗則は、幾度となく、幻術や結界に阻まれ、風の精霊の攻撃に苦しめられた。

風の精霊は、目に見えない存在だが、宗則は、肌を刺すような冷たい風、耳をつんざくような轟音、そして、鼻腔を刺激する土埃の匂いによって、彼らの存在を感じ取ることができた。

彼らは、まるで、宗則の心の迷いを具現化したかのように、容赦なく彼を攻撃してくる。

宗則は、白雲斎から教わった護符を使い、風の精霊たちを退けようと試みた。

しかし、彼の心は、まだ、迷い、恐れに囚われており、護符の力は、十分に発揮されなかった。



「…落ち着け…宗則…!」



宗則は、心の中で、自分に言い聞かせた。

深呼吸をし、心を無にする。

そして、彼は、自らの心の奥底に眠る力…その源泉へと意識を集中させた。

すると、彼の背中のあざが、熱く脈打ち始め、体中を、不思議な力が駆け巡る。

宗則は、その力を感じながら、再び、護符を構えた。



「…臨兵闘者皆陣列在前…風神…鎮まれ…!」



宗則の声が、洞窟内に響き渡る。

それと同時に、彼の身体から、白い光が放たれ、風の精霊たちを包み込んだ。

光は、風の精霊たちの怒りを鎮め、彼らを、穏やかな存在へと変えた。

宗則は、風の精霊たちの力を、感じ取ることができた。

それは、自然の力、そして、生命の力だった。

彼は、風の精霊たちの力を、自らの力として、受け入れることができた。



「…よくやった…宗則…」



八咫烏の声が、宗則の背後から聞こえてきた。



「…お前は…風の試練を…乗り越えた…」



宗則は、振り返ると、そこに、八咫烏が、静かに佇んでいた。

宗則は、安堵の息を吐いた。

風の精霊との戦いは、想像以上に過酷なものだった。

彼は、自らの力が、まだ未熟であることを、改めて痛感した。



「…さあ…最後の試練に…挑むのじゃ…宗則…」



八咫烏は、宗則を促し、星屑の道へと導いた。



「…火の試練…それは…己の運命…を受け入れる…試練…」



八咫烏は、宗則の隣に並び、共に歩きながら、静かに言った。



「…その試練…は…お前の…出生の秘密…そして…お前に…課せられた…使命…を…明らかにするであろう…」



「…覚悟せよ…宗則…火の試練…は…お前の…人生…を…大きく…変える…試練…となるであろうから…」



星屑の道は、眩い光に満ちていた。

進むにつれて、空模様がめまぐるしく変化し、雨、風、雷が、宗則に襲いかかる。

彼は、祭壇に刻まれた呪文を解読し、自らの力を制御しようと試みる。

しかし、天候の力は、彼の想像をはるかに超えるものだった。

激しい雷鳴が轟き、巨大な稲妻が、宗則のすぐそばに落ちる。



「ぐっ…!」



宗則は、地面に倒れ込み、激しい痛みに襲われた。



(…諦める…わけには…いかない…!)



宗則は、歯を食いしばり、再び立ち上がった。

彼は、自らの生命力を燃やし、天候の力を制御しようと、必死に呪文を唱え続けた。

そして、ついに、彼は、天候の力を、自らの意志で操ることに成功した。



三つの試練を乗り越えた宗則は、祠の最奥に辿り着く。

そこには、「泰山府君祭」の儀式と呪文が刻まれた石碑があった。

宗則は、石碑の前に跪き、深く息を吸い込んだ。



「…今こそ…我が…真の力…を…示す時…!」



宗則は、石碑に刻まれた呪文を、ゆっくりと唱え始めた。



その時、祠全体が、眩い光に包まれた。



祠の前で、宗則の帰りを待ちわびていた綾瀬と家臣たちは、祠から放たれる光に、驚き、顔を上げた。



「…あれは…一体…?」



「…宗則様…!」



彼らは、宗則の無事を祈りながら、光が収まるのを待った。



(続く)

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