鞍馬山の試練を終え、京の都に戻った宗則は、春蘭の屋敷で、彼女と再会した。
「…お帰りなさいませ…宗則様…」
春蘭は、静かに微笑んだ。
彼女の表情は、以前よりも柔らかく、宗則は、彼女が、自らの成長を認めてくれたように感じ、安堵した。
「…花山院様…私…」
宗則は、鞍馬山での出来事を、春蘭に詳しく報告しようとした。
三つの試練、泰山府君との出会い、そして、彼が授かった新たな力…。
しかし、春蘭は、宗則の言葉を遮り、静かに言った。
「…全て…分かっております…宗則様…」
彼女の言葉は、静かだったが、力強かった。
宗則は、春蘭の言葉に、自らの能力が、すでに、彼女に見抜かれていることを悟り、驚きを隠せない。
「…あなたは…今…大きな…運命の…渦中に…います…宗則様…」
春蘭は、宗則の目をじっと見つめ、静かに続けた。
「…この都…そして…この国…を…守るために…あなたは…自らの力…を…使わなければなりません…」
「…しかし…私は…まだ…」
宗則は、言葉に詰まった。
彼は、まだ、自らの力に、自信を持つことができなかった。
「…心配いりません…宗則様…私が…あなたを…導きましょう…」
春蘭は、宗則に、優しく微笑みかけた。
その笑顔は、宗則の不安を、和らげるものだった。
「…さあ…参りましょう…宗則様…今宵…あなたを…ある人物に…紹介したいと…思っております…」
春蘭は、宗則を促し、屋敷の中へと案内した。
その夜、宗則は、春蘭と共に、公家の屋敷で行われる雅な宴に招待された。
屋敷は、豪華絢爛で、多くの貴族たちが集まっていた。
美しい着物、華やかな装飾、雅な音楽…。
宗則は、その華やかさに圧倒されながらも、周囲を警戒していた。
(…都の公家たち…彼らは…一体…何を考えているのだろうか…?)
宗則は、白雲斎の言葉を思い出した。
「…都は…魑魅魍魎が跋扈する…恐ろしい場所…じゃ…」
宗則は、緊張しながら、春蘭の後ろを歩いた。
「…宗則様…こちらへ…」
春蘭は、宗則を、一人の若者の前に連れてきた。
「…こちら…藤原蓮様…私の甥…でございます…」
若者は、宗則に、優雅な微笑みを向けた。
「…藤原蓮と申します…お会いできて光栄です…宗則殿…」
蓮は、宗則に、深々と頭を下げた。
漆黒の髪、透き通るような白い肌、切れ長の瞳。
彼は、高貴な紫色の着物を身にまとい、その立ち居振る舞いは、優雅で、洗練されていた。
(…この方が…蓮様…?)
宗則は、蓮の美しさに、一瞬、見惚れてしまった。
しかし、次の瞬間、彼は、春蘭の言葉を思い出した。
(…彼は…人を操る術に長けている…用心しなければ…)
宗則は、蓮の言葉の裏に隠された本心を見抜こうと、彼の目をじっと見つめた。
宴の間、蓮は、宗則に、親しげに話しかけてきた。
「…宗則殿…この都の政は…腐敗しております…二条尹房殿は…禁断の術を求め…帝を…操ろうと…企んでおります…このままでは…この国は…滅びてしまうでしょう…」
蓮は、憂いを含んだ表情で、そう言った。
「…しかし…私は…まだ…未熟者…私に…一体…何が…できるというのでしょうか…?」
宗則は、戸惑いながら、答えた。
「…宗則殿…あなたは…『泰山府君祭』の術を…習得したと…聞いています…」
蓮は、宗則の目をじっと見つめ、静かに言った。
その瞳には、底知れぬ野心が渦巻いていた。
「…その力…私たち…近衛家…のために…貸していただけませんか…?」
宗則は、蓮の言葉に、背筋が凍る思いがした。
彼は、蓮の真意を感じ取った。
蓮は、宗則の力を使って、近衛家の権力を拡大しようと企んでいるのだ。
「…わたくし…まだ…その力…を…制御できるか…分かりません…」
宗則は、蓮の申し出を、やんわりと断った。
「…そうですか…残念です…」
蓮は、少しだけ、表情を曇らせた。
しかし、すぐに、いつもの優雅な微笑みを浮かべた。
「…では…また、近いうちに…お会いしましょう…宗則殿…」
蓮は、意味深な笑みを浮かべると、闇の中に消えていった。
宗則は、蓮の言葉に、言い知れぬ不安を感じた。
その時、彼の背中のあざが、かすかに、熱を帯びるのを感じた。
それは、まるで、何か…不吉なことが…起こる前兆…のようだった。
(続く)