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第十五話 元服と陰謀

春蘭の邸宅に、藤原家の次男・蓮が訪れることになった。

春蘭はその到着を待ちながら、心の中で複雑な思いを巡らせていた。



(蓮…あなたは…一体…何を企んでいるの…?)



蓮は春蘭の甥であり、近衛派閥の公家の中でも若いながら頭角を現しつつある人物である。

才能と美貌に恵まれ、優雅な物腰と巧みな話術で、周囲の人々を魅了する。



しかし、その裏には、冷酷な計算高さが見え隠れする。

蓮の言葉は、甘美な毒のように、人の心を蝕んでいく。

彼が微笑む時、春蘭は、いつも、背筋に冷たいものを感じた。



春蘭は、蓮の心の奥底に、底知れぬ野心を秘めていることを見抜いていた。

それは、まるで、静かな水面下に渦巻く、暗い潮流のようだった。



(…私は…あなたを…止めなければならない…たとえ…あなたが…私の甥であっても…)



春蘭は、決意を固めたように、唇を噛み締めた。



「春蘭叔母上、お久しゅうございます」



蓮が優雅な姿勢で現れると、その佇まいはまさに藤原家の名門にふさわしい。

表面上は礼儀正しく振る舞うものの、その瞳の奥には、冷徹な計算が光っていた。



「蓮、よく来たわね」



春蘭は微笑みながら蓮を迎え入れた。

だが、内心では、蓮の動向が気になって仕方がなかった。



「早速ですが、宗則殿にご挨拶をさせていただきたくてな」



蓮の言葉に、春蘭は、一瞬、戸惑った。

宗則はまだ修行の最中であり、陰陽師としては若い。

蓮が、なぜ、それほどまでに宗則に興味を示すのか、理解できなかった。



「宗則は、ちょうどそこにいるわ」



春蘭が指を指すと、蓮はゆっくりと歩み寄り、宗則に視線を向けた。

宗則は、蓮の冷ややかな眼差しに気づき、身構えた。



「宗則殿、初めまして。藤原家の蓮と申します」



蓮は、柔らかな笑みを浮かべながら、宗則に深々と頭を下げた。



「お初にお目にかかります」



宗則は、丁寧に頭を下げ、蓮に礼を返した。

しかし、彼の心は、警戒心でいっぱいだった。



「叔母上からお話を聞いております。鞍馬山での試練、見事だったそうですね。さすがは、白雲斎様の弟子です」



蓮の言葉は、まるで、宗則の心の内側を見透かすようだった。



「…ありがとうございます。まだ修行中ですが…」



宗則は、言葉を濁した。

蓮の言葉の裏に、何か企みがあるように感じて、落ち着かなかった。



「宗則殿…私は…あなたに…ぜひとも…協力していただきたいことがあるのです…」



蓮は、宗則の目をじっと見つめながら、言った。



「…近衛家は…今…危機的な状況にあります…二条尹房の勢力が…日に日に増しており…このままでは…朝廷は…彼の…支配下に…落ちてしまうでしょう…」



「…私は…あなたの力を使って…尹房を…排除したいのです…」



蓮は、静かに、しかし力強く言った。



「…あなたは…『泰山府君祭』の術を…習得したと…聞いています…その力…私たち…近衛家…のために…貸していただけませんか…?」



宗則は、蓮の言葉に、背筋が凍る思いがした。

彼は、蓮の真意を感じ取った。

蓮は、宗則の力を使って、近衛家の権力を拡大しようと企んでいるのだ。



「…わたくし…まだ…その力…を…制御できるか…分かりません…」



宗則は、蓮の申し出を、やんわりと断った。



「…そうですか…残念です…」



蓮は、少しだけ、表情を曇らせた。

しかし、すぐに、いつもの優雅な微笑みを浮かべた。



「…では…また、近いうちに…お会いしましょう…宗則殿…」



蓮は、意味深な笑みを浮かべると、闇の中に消えていった。

宗則は、蓮の言葉に、言い知れぬ不安を感じた。

その時、彼の背中のあざが、かすかに、熱を帯びるのを感じた。

それは、まるで、何か…不吉なことが…起こる前兆…のようだった。



数日後、宗則は、春蘭から、元服の儀式を行うことを告げられた。



「宗則様…あなたは…もう…子供ではありません…陰陽師として…そして…藤原家を…守る者として…自覚を持つ時が来たのです…」



春蘭は、宗則の目をまっすぐに見つめ、静かに言った。



元服の儀式は、厳粛な雰囲気の中、執り行われた。

春蘭、白雲斎、そして、宗則の兄たちが見守る中、宗則は、烏帽子と直垂を身につけ、新たな名…「東雲しののめ 宗則むねのり」を授かった。



「…宗則…これからは…お前の…力で…自らの運命…を…切り開いていくのじゃ…」



白雲斎は、宗則に、そう告げた。

彼の言葉には、期待と、同時に、一抹の不安が込められていた。



宗則は、白雲斎の言葉に、深く頷いた。

彼は、自らの使命の重さを、改めて実感した。



(続く)

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