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第十六話 二条派の失脚

春蘭は蓮の言葉を静かに受け止めていた。

二条派の失脚――それは、近衛家の勢力を拡大するためには必要なことかもしれない。



しかし、春蘭の心は、激しく揺れていた。

彼女の父は、二条尹房と長年の親交があり、その繋がりは、容易に断ち切れるものではなかった。



「蓮…あなたは…本当に…そこまでしなければいけないのですか…?」



春蘭は、苦しげに尋ねた。



蓮は、まるで虫けらを見るような目で、春蘭を見下ろした。



「叔母上…あなたは、まだ…甘い…優しすぎる…そんなだから…二条尹房のような男に…利用されるのです…」



蓮は、静かに、しかし、力強く言った。



「二条派は、すでに、禁断の術に手を染めようとしています。彼らを野放しにしておけば、この都は…そして、この国は…滅びるでしょう」



蓮は、懐から一枚の紙を取り出し、春蘭に手渡した。



「…これは…朝廷内における…反信長派のリスト…そして…彼らを操るための…計画書です…」



春蘭は、震える手で、紙を受け取った。

そこには、春蘭の父である花山院忠輔の名も…記されていた…。



「…私は…すでに…二条家の家臣たちの中に…我々の…協力者…を…送り込んでいます…彼の名は…藤原頼長…尹房の側近の一人です…彼は…尹房の…悪事を…暴き…彼を…失脚させるための…証拠…を…集めています…」



蓮は、冷酷な笑みを浮かべながら、言った。



「…そして…尹房が…失脚した時…信長は…必ず…この都に…攻め込んでくるでしょう…その時…我々…近衛派は…信長を…迎え入れ…彼と…手を組むのです…」



「…信長を利用して…二条家を倒し…そして…その信長をも…利用して…近衛家を…この都の…頂点に…導く…」



蓮の言葉は、冷たく、そして、残酷だった。



その時、宗則が口を開いた。



「…蓮様…あなたは…私にも…協力を…求めているのですか…?」



宗則は、蓮の言葉の裏に、何か別の意図を感じていた。

彼は、蓮を信用することができなかった。



蓮は、宗則の質問に答える代わりに、春蘭の方を見た。



「…叔母上…宗則殿には…まだ…話せないことがあるのですか…?」



蓮の言葉は、まるで、春蘭を挑発しているかのようだった。



春蘭は、蓮の視線に、一瞬、たじろいだ。

しかし、彼女は、すぐに、気を取り直した。



「…いいえ…宗則殿にも…話すわ…」



春蘭は、深呼吸をして、静かに語り始めた。



「…二条尹房は…朝廷の財産を横領し…私兵を集め…そして…禁断の陰陽術を使って…帝を操ろうと企んでいる…彼は…すでに…多くの公家や陰陽師を…自らの配下に加えている…そして…近いうちに…帝を…呪い殺し…自らが…新たな帝…として…即位しようと…企んでいるのです…!」



「…尹房は…『泰山府君祭』の術を手に入れ…帝の寿命を縮めようとしている…そして…その生贄として…帝の…最も…愛する者…春齢女王を…捧げようとしているのです…」



春蘭の言葉に、宗則は、息を呑んだ。

春齢女王…それは、春蘭の姪であり、宗則の許嫁であった。



「…そんな…!」



宗則は、信じられない思いで、春蘭を見つめた。



「…しかし…なぜ…尹房殿は…そこまでして…権力を…?」



宗則は、理解できなかった。



「…尹房は…かつて…権力闘争に敗れ…一族もろとも…都を追われた…彼は…その時の屈辱を…決して…忘れていない…」



春蘭は、静かに言った。

彼女の言葉には、父への同情と、尹房への恐怖が、入り混じっていた。



「…彼は…復讐のために…そして…自らの野望を叶えるために…どんな手段も…厭わない…」



蓮は、春蘭の言葉を補足するように言った。



「…宗則殿…あなたは…白雲斎様から…陰陽道の『表』を学んだ…しかし…この世には…光だけでは…解決できない闇がある…」



蓮は、宗則の目をじっと見つめた。

彼の瞳には、底知れぬ野心が渦巻いていた。



「…あなたは…『裏』の力も…知る必要がある…」



蓮は、宗則に、近づき、彼の耳元で囁くように言った。



「…あなたは…私の…駒となって…二条家を…そして…春蘭叔母上を…地獄へと…突き落とすのです…そして…その暁には…あなたに…望むもの…全てを…与えましょう…富も…名声も…そして…力も…」



蓮の言葉は、冷たく、そして、甘美だった。



宗則は、蓮の言葉に、戦慄した。



(…蓮様は…一体…何を…企んでいるのだろうか…?)



宗則は、蓮の真意を、見抜くことができなかった。



その時、彼の背中のあざが、激しく熱を帯び始めた。



(…迷うな…宗則…)



宗則は、心の中で、八咫烏の声を聞いた。



(…お前の心…が…答えを…知っている…)



宗則は、深呼吸をして、心を落ち着かせた。

彼は、自らの運命を受け入れる覚悟を決めた。



「…私は…春蘭様…を…信じます…」



宗則は、力強く言った。



蓮は、宗則の言葉に、満足そうに微笑んだ。



「…良いでしょう…宗則殿…では…近いうちに…また…お会いしましょう…」



蓮は、そう言うと、部屋を出て行った。



春蘭は、一人、書斎で、考え込んでいた。

蓮の言葉が、彼女の心を、深く傷つけていた。



(…蓮…あなたは…なぜ…?)



春蘭は、涙をこらえながら、白雲斎からもらった手紙を読み返した。

そこには、宗則を信じるように…そして…彼を…導くように…と書かれていた。

そして…もう一つ…「忠輔殿には…気をつけよ…」という…白雲斎からの…警告…が…記されていた。



春蘭は、決意を固めた。



(…私は…宗則様を…信じます…そして…彼と共に…二条尹房を…倒します…! そして…父上…あなたとも…必ず…向き合います…!)



(続く)

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