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第十七話 失脚の序章

雪が降りしきる静寂の夜。

春蘭の書斎には、緊張感が張り詰めていた。



春蘭、蓮、そして宗則。

三人は、小さな卓を囲み、二条尹房を失脚させるための計画を練っていた。



「二条家の失脚は、既に避けられぬ運命だ」



宗則は、静かに、だが確信を込めて言った。

彼の言葉は、鋭い刃物のように、静かな部屋を切り裂いた。



「…そのためには、どう動くべきか…?」



春蘭が問いかける。

彼女の瞳には、不安と決意が入り混じっていた。

父・忠輔が二条家と親交があるという事実が、彼女の心を重くしていた。



「まず、二条家を内部分裂に追い込む」



宗則は、紙に筆を走らせながら、答えた。

彼の筆運びは、迷いがなく、力強い。



「二条家は、一枚岩ではありません。尹房殿を支持する者もいれば、彼を疎ましく思う者もいる。我々は、その隙を突くのです。例えば…尹房殿の側近である藤原忠通殿は、野心家で、尹房殿の権力を脅かす存在となる可能性があります…彼に…尹房殿の失脚を画策するよう…密かに働きかけるのです…」



宗則は、紙の上に、二条家の家臣たちの名前を書き出し、それぞれの性格や人間関係を分析した。

それは、まるで、戦場を前に、敵の布陣を見極める、歴戦の軍師のようだった。



「次に、近衛派閥の力を強化し、二条家を孤立させる」



宗則は、別の紙に、近衛派閥に属する公家や寺社の名を書き出した。



「二条家を支持する者たちを、懐柔するか、排除する。そして、近衛派閥の結束を固め、朝廷内での影響力を高めるのです。そのためには、朝廷内で影響力を持つ公家や、有力な寺社に、近衛家への支持を表明させる必要があります。特に、天皇家との繋がりを持つ公家や、霊験あらたかな寺社は、大きな力となるでしょう。」



蓮は、宗則の言葉に、うなずきながら、冷徹な眼差しを向けた。

彼の瞳には、宗則の策略に対する賞賛と、同時に、底知れぬ野心が渦巻いていた。



「それができれば、我々にとっては有利に事が運ぶ。だが、実行には慎重を期すべきだ。二条家は、我々の動きを察知し、反撃してくる可能性もある。特に、尹房殿は、陰陽道にも精通している。彼の力は、侮れません。」



「その通りだ」



宗則は、短く答え、さらに続けた。



「焦りは禁物です。計略を仕掛けるタイミング、手を打つべき場所を見極めることが、今は何より大事だ。情報収集を怠らず、敵の動きを常に把握しておく必要があります。」



「宗則殿…あなたには…二条家の情報を集めてもらいたい…彼らの陰謀を暴き…それを…帝に…そして…世に…知らしめるのです…」



蓮は、宗則に、そう指示した。



「…しかし…どうやって…?」



宗則は、途方に暮れた。

彼は、陰陽師としての修行を積んできたとはいえ、まだ、都の政の世界に足を踏み入れたばかりだった。



「…私が…手配しましょう…あなたには…情報収集と分析に専念していただきたい…例えば…二条家の家臣の中に…尹房殿に不満を持つ者がいる…彼に…近づき…情報を引き出すのです…」



蓮は、意味深な笑みを浮かべながら、宗則に一枚の紙切れを渡した。



「…彼の名は…藤原頼長…かつて尹房に仕えていましたが、ある事件をきっかけに、尹房に恨みを抱くようになった男です…彼は、剣術に優れ、頭も切れる…しかし、酒癖が悪く、女にだらしない…そこを突けば、彼から…情報を…引き出せるかもしれません…」



「…宗則殿…あなたは…『泰山府君祭』の術を…習得したと…聞いています…その力を使えば…尹房を…倒すことができる…はずです…帝の…寿命を…縮め…尹房の野望を…阻止してください…!」



蓮は、宗則の目をじっと見つめ、静かに言った。

その瞳には、底知れぬ野心が渦巻いていた。

宗則は、蓮の言葉に、強い不安を感じた。

彼は、蓮が、自らの力を、危険なことに利用しようとしていることを、本能的に察知した。



春蘭は、二人の会話を静かに聞いていた。

しかし、彼女の心は、激しく揺れていた。



(…父上…あなたは…一体…どちら側につくおつもりなのですか…?)



春蘭の父は、二条尹房と長年の親交があった。

彼女は、父を裏切りたくないという気持ちと、近衛家を守るために戦わなければならないという使命感の間で、苦しんでいた。



「…蓮…あなたは…間違っています…私は…あなたのような…やり方で…近衛家を…守ろうとは…思いません…私は…宗則様を…信じます…そして…彼と共に…二条尹房を…倒します…たとえ…それが…父上…を…裏切ることになっても…!」



春蘭は、自らの決意を表明した。

彼女の言葉は、静かだったが、力強かった。



その時、宗則は、部屋の隅に、黒い影が動くのを感じた。

それは、まるで、八咫烏が、彼を見守っているかのようだった。



(…八咫烏様…どうか…私を…導いてください…)



宗則は、心の中で、八咫烏に祈った。



(続く)

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