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第二十六話 権力の綻び

二条尹房は、愛猫の失踪事件以来、心穏やかならぬ日々を送っていた。

犯人は見つかったとはいえ、事件の裏に近衛家の影を感じ、疑心暗鬼に陥っていた。


(近衛派め…そこまで卑劣な真似を…!)


尹房は、拳を握りしめ、歯を食いしばった。

愛猫の失踪は、単なる嫌がらせではなかった。

近衛派は、巧妙な策略によって、二条家の評判を傷つけ、人々の信頼を失墜させようとしていたのだ。


(このままでは、ジワジワと、我々は追い詰められていく…!)


尹房は、家臣たちを集め、広間で対策を協議した。

家臣たちは、近衛家に対抗するために、様々な策を提案するが、尹房は、どれも決定打に欠けると感じ、苛立ちを募らせる。


「近衛前久が、関白の座に居座り続ければ、我ら二条家は、窮地に立たされるであろう」


尹房は、家臣たちに、危機感を訴えた。


「何か、良い策は?」


「殿、近衛家に…対抗…するには…我々…も…信長…様…と…手を…組むしか…ありませぬ…!」


「しかし、信長様は、危険な人物です…!」


「それでも、このままでは、二条家は、滅びてしまいます…!」


家臣たちは、それぞれの意見を主張し、激しく議論を交わした。

しかし、有効な対策は見つからない。

近衛家は、信長という強力な後ろ盾を得て、ますます勢力を拡大していた。


その時、家宰が、尹房に近づき、耳元で囁くように言った。


「殿、愛猫の失踪事件ですが、新たな情報が入りました」


家宰の顔色は、悪く、額には脂汗が浮かんでいた。


「どうやら、裏で糸を引いていたのは、近衛派の者たちのようです。彼らは、我々の下働きに目をつけ、金で釣って、猫を盗ませたようです」


「そして、その猫を、わざと近衛家の屋敷近くで衰弱した状態にして、見世物小屋に売っていたようです」


尹房は、怒りで、身体が震えるのを感じた。


(近衛め…そこまで…卑劣な…真似…を…!)


尹房は、拳を握りしめ、歯を食いしばった。

しかし、怒りに任せて行動しては、相手の思う壺だ。

尹房は、冷静さを取り戻し、家臣たちに指示を出した。


「近衛家の悪事を暴くのじゃ!」


「はっ!」


家臣たちは、尹房の言葉に、奮い立った。

彼らは、近衛家のスキャンダルを探し、尹房を陥れようとする動きを阻止するために、奔走した。


しかし、近衛前久は、一枚上手だった。


前久は、尹房の動きを察知すると、先手を打って、朝廷改革を断行した。

彼は、新嘗祭の形式を変更し、自らの権力を誇示した。

尹房は、前久の改革を、伝統を無視する暴挙だと非難したが、前久は、尹房の言葉を巧みにかわし、彼を「古い秩序にしがみつく老害」として、逆に非難した。


尹房は、前久の策略によって、窮地に追い込まれていった。


(このままでは、わしは…!)


尹房は、焦燥感に駆られていた。


その時、一人の家臣が、尹房に、希望の光をもたらす情報を持ち込んできた。


「殿、近衛前久卿は、密かに、朝廷の財産を私物化しておられます」


「なんと!? それは、本当か?」


尹房は、家臣の言葉に、驚きを隠せない。


「はい。確かな筋からの情報でございます。前久卿は、朝廷の御用商人から、多額の賄賂を受け取っておられます。その証拠も、ございます」


家臣は、尹房に、小さな包みを差し出した。


「これは…?」


「前久卿と御用商人のやり取りを記した帳簿でございます」


尹房は、この情報を、利用して、前久を失脚させようと考えた。

彼は、前久の不正を、天皇に訴え出た。


しかし、前久は、尹房の告発を冷静に受け止め、こう言った。


「二条卿、証拠もなく、そのような告発をなさることは、いかがなものかと存じます」


前久は、自らの潔白を証明するために、尹房に、証拠を提出するように要求した。


尹房は、自信満々で、家臣から受け取った帳簿を、天皇に提出した。

しかし、前久は、その帳簿を手に取ると、冷酷な笑みを浮かべた。


「これは、偽物です。二条卿、あなたは、偽の証拠で朝廷を欺こうとした…!」


前久は、尹房を、激しく糾弾した。

尹房は、前久の言葉に、反論することができなかった。

家臣が持ち込んだ帳簿は、偽物だったのだ。

漣は、尹房の動きを予測し、事前に、偽の帳簿を、家臣に渡していたのだ。


尹房は、前久の策略によって、完全に失脚した。

彼は、朝廷内で、孤立無援の状態に追い込まれ、失意のうちに朝廷を去ることになった。


二条家の家督は、尹房の長男である二条晴良が継いだが、父である尹房の失脚により、二条家の立場は大きく揺らいでいた。

晴良は、父を陥れた前久を深く恨み、復讐の機会を伺うこととなる。


一方、漣は、この一連の出来事を、陰ながら操っていた。

彼は、尹房の失脚を狙い、家臣に偽情報を流すと同時に、前久に不利な証拠を密かに隠滅させていたのだ。


漣は、前久の派閥に属しており、表向きは前久を支持していた。

しかし、漣は、前久を利用するつもりだった。

彼は、前久を利用して、二条家を潰し、自らの権力を拡大しようと目論んでいたのだ。


漣の策略は、見事に成功した。

尹房は、失脚し、二条家は、大きく勢力を弱めた。

前久は、漣の働きに感謝し、彼を、自らの懐刀として、重用するようになった。

漣は、前久の信頼を得て、朝廷内で、着実に、自らの地位を築いていった。


(次は、あの男か…)


漣は、冷酷な笑みを浮かべながら、ある人物に思いを馳せた。

尾張の風雲児、織田信長。

漣は、信長を利用して、自らの野望を実現しようと、考えていた。


その頃、尾張では…


宗則は、柴田勝家の屋敷の一室で、剣術の稽古に励んでいた。

信長に仕えてから、彼は、自らの体力の不足を痛感し、鍛錬に励んでいた。


「宗則殿、お見事…です…」


隼人が、感嘆の声を上げた。


「まだまだ…です…」


宗則は、息を切らしながら、答えた。


その時、宗則は、背中に、冷たいものを感じた。

それは、まるで、氷の刃が、彼の背骨を撫でるような、不吉な感覚だった。


(!?)


宗則は、振り返った。

しかし、そこには、誰もいなかった。


(気のせい…か…?)


宗則は、自らを落ち着かせようとした。

しかし、その不吉な感覚は、消えなかった。


(都で…何かが…起こっている…)


宗則は、胸騒ぎを覚えた。


(続く)

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