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雉四郎編10 柴犬の戸締まり

「え? 前回の続きから? また同じセリフを言うのか!? あんな長いセリフを!?」


 ゴッデムッティはプクーと頬を膨らませる。


 大丈夫だ。読者がツッコミを入れなくても、たいそう可愛くない絵面である。


「神の苦労をなんだと……ブツブツ。えーっと、最近は百合展開がもてはやされている! 『畜生転移』も時代の流れに乗らねばならん! それ故に認めよう! 心がイケメソならば、性別が雌でもイケメソで合体してもよい! スケベッティをしてもいい! そこに愛があればなんでもいい!!」


「ええーっ!?」


 キジシロッティは再度びっくらこいているが、こんなぶっとんだ展開も、『畜生転移1+2+3♡』をここまで読み、重度に慣れ親しんだ中毒症状気味の読者諸君は、ごく当たり前のように受け入れて下さるだろう!


「この状況を打破するには、百合展開しかないッ! いいか!? 恋に愛して、愛に恋するんだ!!」


 ゴッデムッティが叫ぶ。


 コリッティは少し悩んだ素振りを見せると、それから意を決したように、コクリと頷いてみせる。


「キジシロッティ様。私は一緒にこの危機を乗り越えていく間に、自分が自分でなくなるような不思議な感覚に囚われておりました。そしてそれがなんなのか。いま、学園長のお言葉で確信に変わりましたわ」


 コリッティはヒロインらしく、キラキラとした少女漫画にありがちの輝く瞳でキジシロッティを見つめる。


「これは愛! 私の溢れんばかりの愛を受け取って下さいませ、キジシロッティ様! そしてスケベッティ(18禁)しましょう♡」


 告白タイムである!!


 しかし周りは地獄! ゾンビビスが蠢き、ゴッデムッティがガッツポーズしている地獄!


 ムードもへったくれもない! 


 さらに付け加えるなら、キジシロッティは白装束に重火器を持ち、コリッティは軍服だ!


 誰がどう見ても、これが悪役令嬢の学園物恋愛のスケベッティがテーマだとは誰も思うまい!


 しかーし、もはやそんなことはどーでもいい!


 必要なのは愛!


 愛だけなのだ!!


 愛以外は汚物と言っても過言ではない!


 キジシロッティは考える。男がいない世界、そんな世界にもはや未来はない。


 最近じゃ、刀や馬を戦艦を擬人化して、薔薇展開とか百合展開とかにもっていくという需要もあるではないか。


 んならば、雌雉と雌犬の畜生百合があってもいーのかも知れない。


「接吻だ!!」


 ゴッデムッティの合図で、2体の畜生が身を寄せ合う。


 その間のゾンビビスはどうするのか?


 そりゃゴッデムッティが殴り飛ばすに決まっている! 彼は武神だ! 百合を邪魔する無粋な輩は鉄拳制裁だ!


 そして2体は熱いヴェーゼを交わす。


 中身は畜生だが、見た目は美少女同士だ。


 絵面的に美麗であれば許されるルッキズムな現代。


 いやでも本能には抗えまい。


 しかし、警鐘を鳴らすために敢えてもう一度言おう。


 中身は雌雉と雌犬だ!!!


「よかった! これで世界は救われ……なにぃ!?」


 しかーし、ゾンビビスの行進はまったく止まらない!


 むしろ勢いを増している!!


 百合尊しじゃないのかと思われるかもだが、皆様は肝心なことを忘れている!!


 雄が百合を尊しとするのは、あくまで自分が“観察者”として存在することができるからだ!! 


 大好きな二次元キャラ。中には二次元でも関係ないと超越した愛情で受け入れる猛者もいるが、大抵の者たちはそのアニメの世界に自分は入れないという制限に囚われてしまう!


 しかーし、その二次元キャラには素敵な恋愛をして幸せになって欲しい。物語を通して喜怒哀楽を経験し、登場人物に自己投影した読者は皆がそう思うに違いない。それは子供の幸せを親心にも似た感情だろう。


 だが、二次元のイケメソやましてやモブ男と彼女が付き合うなんて耐えられない(好きなアニメのヒロインが非処女だった時に荒れるのもこういった心理があるのが原因だ)!


 うーん、困ったぞ。


 そして思い当たるのが、推しほどじゃないけれども、同じくらいは好きな“準”推しである。もちろんそれも女の子だ。


 はて、待てよ。


 なら、推しちゃんと凖推しちゃんが付き合ったら…推しちゃんもハッピー、凖推しちゃんもハッピーじゃね? 


 不思議と嫉妬心は湧いてこない。


 なぜならば自分の推しキャラであるし、なによりも清い女の子同士のウフフ、キャッキャの恋愛が美しくないはずもないからだ。


 嗚呼! それはまさに幼子のような無邪気な戯れを見る微笑ましさすらある!


 そんな中でエチエチな展開……これは天使の営み!


 それを自分が“観る”背徳感と幸福感が渾然一体になった込み上げるエナジー!


 場合によっちゃ、百合の2人の間に挟まれる自分を妄想したりもするが、それを公に口にするのは憚れるので、紳士の嗜みとして夜のオカズにするだけにし、公の場では体面を保つため「百合尊し!」とだけ言っておこう!


 よーし、さっそくネットで共感する人たちの二次創作探しちゃうぞ〜(ネオペ小説の作者や読者ならばご理解いただけるだろうが、これが絵描きや小説書きといった創作活動の走りになる場合も多々ある)!


 そんなわけで、ゾンビビスはそんなことでは止まらない!


「ユ、ユリモエ〜!」


 そう! これは百合萌!


 百合展開となったキジシロッティとコリッティをもっとよく“観る”ために、動物園にパンダを観るために殺到する民衆の如く、より一層勢力を増して襲い掛かってきたのであーーる!!!!


 しかしゾンビビスの小さな脳味噌の中の米粒より小さな理性は、「俺は至って冷静だ」と思い込んでいた!


 それはデマ情報で踊らされ、マスクや消毒アルコールやトイレットペーパーを買い占めが起きた時、「ホント、民衆って愚かだよな。買い占めなんてするなよ」とか言いつつ列に並び、「デマには惑わされてないけれど、買い占められたら困るからここで買っておこ」とか言い訳している、そんな“自分はデマに流されていない”と思いこんでいる流されている人たちと同じだった!


 いや、もう並んでる時点でデマに踊らされてますから!!!


 こうなったら後の祭りである! いかにマスメディアが正しい情報を訂正して流し始めようと、「隠蔽している!」「情報操作だ!」とレッテルを貼る者まで出てきて、余計に混乱は増すばかり!


 悲劇! まさに悲劇!! まさしく悲劇!!!


 あーもうなにが正しいかわからない!


 でも、百合は尊いから集まろう!


 皆が集まっているんだから間違いない!!


 皆で集まれば怖くない!!


 これこそが、ゾンビビスのムーブメント!!


 「雌雉と雌犬? 何を言ってるんだお前は?」ということに気付かない思考停止!


 ああ、ファクトチェックを要求する!!


「寄るな! 空気読め!!」


 さしものゴッデムッティも圧倒的人数差に、その額に冷や汗を浮かべる。


「ああ、このままじゃ見世物になってしまうわ!」


 キジシロッティはまんざらでもなさそうに叫んだ。性癖は悪役令嬢だけあってドMだったからだ。


 そう。観る側は観たい欲求でいいんだが、観られる側はそうは思っていない!


 恥ずかしい秘め事は隠されてなんぼである!


 そういった配慮に欠けるのは、二次元に実在性や人格を認める人々はどう考えておられるのだろうか!!


「こ、このままじゃ…」


 服を脱がされ始めるコリッティ。この小説は18禁じゃないのに(どっかに愛の合体とか、18禁とか書いてあった気もしないでもないが)! 大ピンチであーる(そういう問題かーい! ズコーッ!)!


「あ、あれを見て!」


 キジシロッティがゾンビビスの群れの先、光り輝く柱を指差す。


「ま、まさか…」


「そんなことが…」


 コリッティもゴッデムッティも、びっくら仰天して口元を押さえる。


 光の柱と共に昇ってきたのは、イヌジロッティだったのだ!!


「グルルルルッ!!」


 しかも例のごとく、怒り狂ったイヌジロッティだ!!


 彼は雄なのにゾンビビスにはならなかったのだ!


 なぜか!?


 それは柴犬は最強だからであーーる!!


 そしてイヌジロッティの手には、あの大魔神の陰嚢玉が握られていた!


「グルルルルッ!!」


 そして振るう!


 無情な暴力を!!


 ズコゴーンッ! スゴゴーンッ!


 一撃で! 一気に! 何十匹も何百匹も吹き飛ばされるゾンビビスの群れ!!


 口で言ってもわからんヤツにはこうだ!!


 悲しいけれどこれって暴力なのよね。


 命乞いするゾンビビスも現れるが、そんなの関係ねぇーとばかりに鉄球を振るい続ける!!


 古来より、番犬として柴犬は活躍した。


 うっかり飼い主が戸締まりを忘れた時も、泥棒を見つけて吠えかかり、事なきを得たという話も枚挙にいとまがないような気もしないでもなーーい!!


 つまりここでサブタイトル回収である! 若干無理矢理感がある感じもしないでもないが、柴犬は可愛いので許されるのだ!! 


 可愛い柴犬は最強なのであーーる!!


「結局はこういうオチで終わるのか……」


 ゴッデムッティの呟きに、キジシロッティもコリッティも激しく同意したのであーーった!!

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