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雉四郎編13 キジ姐が喝! 男尊女尊②

 キジ姐は長距離運転の仕事を終え、友達の待つカフェラッテへと来ていた。


 キジ姐は説明するまでもなく、バツイチの子持ちだ。女手ひとつで一人娘のコリーを育てていた。


 普段なら即座に家に帰るところだが、今頃コリーは小学校に行っている時分だ。


「ねぇー、もうアテクシらもアラサーじゃないザマス?」


「そうなのねー。アテラ、三十路になるのね」


 それはフレンディである、元同高のドドリーとザボボである。


 見た目は……あえて言うまい。


 なにをどう擬人化したらこうなるのかは、読者諸君の豊かなる想像に委ねよう。


「そういや婚活はどうなったよ?」


 キジ姐が尋ねると、ドドリーとザボボは気まずそうにラテアートをティースプーンで崩しだす(アートはもちろん推しのアイドルだ!)。


「頑張ってるんだけど、なかなか条件にあった人がね〜」


「そうそう。この前会ったメンズなんて、年収300万だって聞いて悪寒走っちゃたのね」


「買いたいコスメも買えないみたいな?」


「パートに出るとか、アテラみたいな疲れやすい繊細なタイプじゃ無理だし〜」


「なかなかピンとあう人に出逢うなんて難しいザマスわねー」


 2匹…いや、2人の話を人差し指をトントンさせ、ブラックコーヒーをすすりながらキジ姐は聞き続ける。


「とりあえずどんな条件なのよ?」


 聞かれたかった質問だったのか、ドドリーとザボボは食い気味に前のめりになる。


「そりゃ、年収1,000万…なんて夢はみないけれど至って普通の生活のできる800万からが最低路線よね! もち専業主婦キボンヌ!」


「身長180センチ以上、細マッチョなればなおよし! スポーツ好きで子供が大好きな爽やかタイプ! チビハゲデブなんて論外なのね!」


「当然、家事育児は率先して手伝ってくれて、休日にはプチ海外旅行は当然〜? あ、家事はやるといっても、料理はちょっち苦手だから、毎日外食オケじゃないとねー。そこは譲れないかなぁ? あ、男の人がシェフ並みの手料理振る舞ってくれるならよしみたいなぁ〜?」


「あと、できれば次男か三男! もしくは両親は他界してて、老後介護とか心配しなくていいみたいなぁ〜?」


 ガチャン! 少し乱暴に、キジ姐はカップをソーサーに置く。


 その剣呑な雰囲気に、調子こいて喋っていたのがピタリと止まる。


「……アンタら、アラサーどころか、アラフォーの仲間入りに近いだろ」


 キジ姐はジロリと2人を睨む。


「専業主婦なのに、料理苦手とか……んじゃあ、なにすんだよ?」


「掃除と洗濯は得意だし〜」


「掃除は、今はネコが乗って走り回るロボットがほとんどやってんだろが。洗濯は、洗濯機がほぼ乾燥までしてくれて、後は畳むだけだろうが」


「お買い物……」


「なにを買うんだ?」


「雑貨とか日用品……」


「そんな毎日買うもんか? まとめ買いで週一で足りんじゃね? アタシんちはそうしてるぞ」


「しょ、食料品もあるしぃ……」


「アアン? いまはよ、通販で食料品も運んでくれる時代だろ。それ本当に毎日しなきゃいけねぇのかっ言ってんだよ。そもそも外食すんなら、買い出しそのものがいらねぇことじゃん」


「「……」」


「じゃあよ、お前たちは専業主婦になって、一体なにするんだ?」


「「……」」


「アタシが代わりに答えてやるよ」


 キジ姐はコーヒーで唇を湿らせてから続けた。


「買い物と称して、お友達と服やアクセサリーを買うショッピング、お茶会、女子会だ。

 そして、お次は、自分磨きとか、女としての価値を落とさないためなんとかかんとか言ってエステ、ヨガ、ヘアサロンだな。

 それで、仕事で疲れてきた旦那に、ご近所付き合いが上手くいかないことへの愚痴をこぼし、少し上のランクの生活をしている女友だちを引き合いに出した不平不満をぶちまける……」


 キジ姐は深く息を吐き出す。


「そんなところだろ?」


「あ、あんまりザマス!」


「こ、子育てもあるのね〜!」


「ああ、子供か……。そうだな。子供を生むのは女にしかできねぇことではあるな」


 キジ姐が頷いたのを見て、2人は上手く逃れられたとホッとする。


 しかし──


「だけどよぉ、アンタらみたいな、勘違い女に育てられた子供はまったく可哀想だよな!」


「え?」


「まともな金銭感覚もない親が、ちゃんと子育てできるとは思えねぇってんだよ。見栄と虚栄心だけで、モンスターペアレントが育てる“最強モンスター”か! 今から怖気が走るぜ!」


「そ、そんな…酷い……」  


「酷いのはどっちだ! 自分のアクセサリーぐらいにしか考えてないDQNネームのヤヴァい子供なんて、今後の超日本に悪影響を与えるしかねぇだろ!産めば少子化問題解決するとか大間違いだ! 自分のことすらまともにできねぇで、なぁにが子育てだ!! まずは自分をキチンと育てろや!!」


 キジ姐はドンと片脚を踏み鳴らし、ドドリーとザボボに向かってメンチを切る。


「いつまでも夢みてんじゃねぇ!! 年収500万以上が世の中どんだけいる!? ってかお前ら自身はまずその水準に達してるのか!? 達せられるのか!?」


「い、いや、女性に優しくない今の社会だとそんなに稼ぐことは…」


「そ、そうなのね。アテラは女だからって、権利を蔑ろにされてきたのね。性的にも搾取され……」


「なぁに寝ぼけたこと言ってやがる! アタシは少なくとも年収600万は稼いでる! ちゃんと仕事がありゃ、そりゃ1,000万近くにはなることもあるけど、半分近くを税金で持ってかれちまう! そこはしゃあねぇよな! 納税は国民の義務だからよ!」


 国民の義務を果たしてない2匹は、税金を払をねばならないことすらいま知ったのだ。


「そんな死ぬ気で、ほとんど休みもなしに働いて、それでも、そんな程度の金額なんだよ!

 性的搾取だ!? それとこれは話が別だろうが!! 金欲しさに女利用してんのは、アンタらだろうが! それを搾取とは言わねぇんだよ!!」


 そう。キジ姐の休みはほとんどない。「労働基準法なに? それおいしいの?」みたいな会社に勤めているせいだ。


 従って、掃除や洗濯は、まだ幼い娘に任せっきりなのだ。


 たまの休みに、親らしいことができることと言えば、手作りのオムライスを作ってあげることだけ……それをコリーは文句ひとつ言わず、「ママの料理はとっても美味しいね」とホクホクの笑顔で褒めてくれる度に、キジ姐は思わず涙ぐんでしまうのだった。


「いいか……。アンタらがまだ若くて、誰もが羨む美人だったら、ワンチャン資産家の目に留まる可能性はあったかもしれない」


「ね、年齢や見掛けを気にしない優しい人をアテラは求めてるのね!」


「チビデブハゲが駄目だって言ってたのは、どこのどいつだ! 自分ができもしねぇ理想を相手に求めるんじゃねぇ!! そんな傲慢な女、誰が相手にするんだ!」


「で、でもアテクシたちだって、まだメンズに求められてますもの。お声を掛けて頂くことだって…」


「そりゃ身体目的だからな! 一時の快楽には需要があっても、向こうは一生添い遂げる気なんてねぇーんだよ!! 添い遂げるなら、当然若くて素直な女がいーだろ! なにを好き好んでアンタらみたいな身も心もヘドロで汚染された地雷を選ぶよ!? 逆の立場で考えてみろ! 同じ金がねぇヤツ選ぶなら、若いイケメソと、年いったブサメソどっち選ぶよ!? 前者だろうが!! ボケサクがッ!!」


「「……」」


「男に養おってもらおうなんてすんな! 男女平等を謳うなら、自分の手で稼ぎやがれ!! いい男がいない!? いい男がいないなら、自分の手でダメな男をいい男に変えてやれ!! 自分好みに育てろや!! いい男はもう誰かの女のモンなんだよ! そんでもって子供も2人めか3人めのいいパパになってんだよ!」


 そういや、身近にいて、キープ(本人が勝手に)していたイケメソの友人はさっさか結婚してしまった。


「残ってんのは、ゴミか、カスか、クズか! そんな売れ残りのダメンズしかいねぇよ! だったらそれを利用するしかねぇだろ!

 少なくとも金がなくて性格は悪くても、アンタら好みのイケメソはいるかもしれねぇ! だったら育てろ! 男は育てて鍛えてナンボだろうが!! エステ行って美容に気を遣い、ブランドバッグ持ってるのがいい女の条件なんかじゃねぇ!!」


 キジ姐は大きく息を吸い込む。


「いいか! よく聞け! ゴミ男を立派に育てられる女こそが、真にいい女の条件なんだよ!!」


 なんでバツイチにここまでコテンパンに言われなきゃならないのかと2人は思ったが、彼女らは図星を突かれて酷く傷ついた。


 傷ついたということは、その言葉になんかしらの正しい指摘があり、無意識のうちに認めてしまっている何かがあったからに他ならない。


 彼女らは親兄弟、ましてや婚活アドバイザーの忠告すら聞かない筋金入の勘違い女だ。


 モテモテだった20代前半頃の余韻が忘れられず、彼女らは自分が選ばれる立場だと思いこんでしまっていた。


 もちろんモテなくなって楽しいと思う人は少ない。嫌な経験がトラウマになってしまうこともあるだろう。


 しかし、自分で目をそらしていた出来事に気付かさせてくれるのはいつも他人の言葉だ。


 内省ができない者は、そこで立ち止まって他人の言葉に一度でいいから耳を傾けるべきである。


 そのすべてが正しいとは言わない。だが、そこから汲み取れることもきっとあるだろう。


 それが、きっと成長なのだ。


「わかったか!? わかったら返事しろ! 負け犬のままで終わるんじゃねぇよ!」


「「は、はい」」


「バカヤロウ! 返事は『サーイエッサー』だ!」


「「サーイエッサー」」


「声が小さい!!」


「「サーイエッサー!」」


「よーし。それならがんばれよ。アタシのジャンバーの下を見ろ」


 キジ姐が上着のジッパーを外して見せる。


 白いシャツには、達筆な字で『男尊女尊』と書かれてあった!


「いいか。アタシはアンタらを決してディスったわけじゃない。女としての幸せを獲得して欲しいからこそ厳しいことを言ったんだ。これは愛のムチウチというヤツだ」


 厳しく言ったあとにはフォローを入れる。極悪人が捨て猫を拾う時のようないわゆるギャップ萌……見栄を張って高級レストランばかりで食事をしていた彼女らが、近所のチェーン店で牛丼を食べたときに「あれ? こっちのが安いしうまくね?」と思ってしまった瞬間に似ていた!


「キジ姐…」「アテラは…」


「いいってことよ」


 キジ姐はそう言うと、万札を置いてビッと指を振って颯爽と立ち去った。


 残された2人は、その場で互いの顔を見合わせた。


「……とりあえず」


「……もう一度婚活に」


「「行くか!」」


 腐って3週間くらいした魚のような淀みきった眼をしていた2人は、生まれ変わったかのような輝いた眼で顔をキリリと上げた!


 さてはて、こんないい話ならばきっと無事に結婚したかと思うだろうが、三つ子の魂百までとはよく言ったもので、やっぱり婚活パーティーで選り好みをしてしまい、そのまま元の婚活生活に戻ったのでなんも変わりはなかったのであーーった!!


 畜生!


 まさに畜生!!


 まさしく畜生なのであーーる!!!



 さて、なにがどうなっているかわからない読者もいることだろうが、このままの勢いで次回、最終話につづーーくぅ!!!


 それでは、キジ姐と共に最終話へ邁進ーー☆!

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