『当日は派手に仕掛けてくれるかな。そうすれば、できる限り近くへ駆けつけるから』櫂がそう言い残して立ち去ってから、もう三日。
櫂が帰った直後に姿を見せた尚は、何故か既に全てを知っていて。
櫂に聞いたって言ってたけど、いつ聞けたんだろう?
「本当に、今日でいいのか?」
朝から何度も私に同じ言葉をかけてくる尚は、思った以上に心配性なのかも。
「いつまでも躊躇ってては、何も変わりませんから」
いつまでもぐずぐずしてはいられない。
白黒はっきりさせなきゃ。
「其方は、強いのだな」
「強くなんか、ないですよ」
尚の問いかけに、なんとなくこう応えなきゃいけない気がした。
まるで合言葉のような、決まり文句のような……
「そうか。そうだったな」
私の返事に、少し驚いたような顔をした尚が笑ってそう応えた。
その笑顔に混じる、嬉しさと寂しさ。
尚が私に向けるその感情が何かはわからない。
櫂と同じように、きっと尚も何か知ってるんだ。
それでも、櫂に尋ねるようにはいかなくて。何を知ってるのか、何を教えてくれないのか。
手探りなままの関係。
「仙帝を倒すと言っているが、その身に危険が及ぶかもしれない。その覚悟はあるのか?」
「ないわけないじゃないですか」
仙帝って、仙人界で一番強いはずの人だよね。そんな人を倒そうなんて、何が起こるかわからない。
長いはずの仙人の寿命。今日、終わっちゃうかもね。
だけど、記憶を失ってでもやらなきゃいけないって、そう思ったんだよ。
飛行機事故でこの世界に飛ばされて、何すれば良いのかもわからなくて。
私がこの世界に来た理由、ずっと探してた。
ただ楽しいだけの仙人になって、櫂にお世話になって、父さんと緑に甘えて。
それだけじゃダメだって。何の目標もないまま過ごしてちゃダメだって。
だから、これが私にできる精一杯。
やっと、恩返しできる。
「仙帝を倒して、恩返し……って、誰に? っ痛!」
私は、誰に恩返しするつもりなんだろう?
酷く痛む頭の中で、ぼんやりそんなことを考えた。
考えれば考えるほど、割れる様に痛みが響く。
「大丈夫か?!」
「大丈夫です。何か考えるとダメですね。頭、痛くなっちゃって」
頭を抱えながらうずくまる私に駆け寄ってくれる尚に、何とか笑顔を見せる。
「無理をしないでくれ。其方に辛い思いは、して欲しくない」
奥歯が音を立てそうな程に食いしばってる尚の顔は、私よりも痛そうで辛そうで。
私の頭痛がどこかへ飛んでいきそう。
「ふふっ。私よりも尚さんの方が痛そうです」
「私のことなど、其方が気にする必要はない」
「どうしてそんなこと言うんですか? 心配ぐらいしますよ。今からお世話になる人の心配せずに、誰の心配するんですか」
「私は、其方に心配してもらえる資格などない」
そんなに辛そうな顔で、何でそんなこと言うの?
「私が誰を心配しようと、私の勝手ですから。そんなこと言うのでしたら、心配されるようなことしないで下さいね」
「其方には、敵わないな」
そう言った尚の顔は、何度も見せてくれた笑顔のように寂しさが混じったものではなくて。私との会話を楽しんでくれてる、そんな気がした。
「そろそろ、出発しようと思います」
尚の笑顔に安心して、これで心置きなく挑むことができる。
「仙帝の館、あれですよね」
島から二人で飛び出して、仙人島でひときわ目立つ大きな館まで脇目も降らずに一直線。
その館を外から見ながら、尚に声をかけた。
「あぁ。そう聞いている」
「尚さん。もしかしたら、もう言えないかもしれないので、先に伝えておきますね。ここまで付き合ってくれてありがとうございました。尚さんが何に恩を感じているのか、私やっぱりわかりませんでした。思い出せなかったんです。ですから、尚さんが私に力を貸さなきゃいけない理由なんてないんですよ。さっき言っていた、危険が及ぶ覚悟は私だけがします。尚さんは、ここで帰ってください」
「其方、突然何を言っている?」
絨毯の上に座った私と、バランスボールに座った尚が空中で向かい合う。
「言った言葉通りです。私が覚えていない以上、尚さんが恩を感じる必要もないです。ここから先は、私だけで行きます」
尚が最初に言った言葉がずっと引っかかってた。身を削ってでも返さなきゃいけない恩って何? そこまでのことをした覚えなんかない。
櫂の言った通りに、重く受け止める必要がないんだとしたら、やっぱりこんなことに巻き込んじゃいけない。
ここまでで、別れなきゃ。
「其方一人で何ができる?」
「何もできないかもしれません。こんなこと、無駄かもしれない。だからこそ、尚さんを巻き込めません」
「自分だけが犠牲になれば良いと、そう考えてるのは其方も同じではないか!」
突然の尚の怒声に、体が縮み上がる。父さんの雷とは違う、突きつけられる命の危機。
ギュッと固くした私の体の横を、尚の手が作り出した玉がすり抜けて行った。
私のことを打ち損なったのか、尚の手から生み出された玉は、次の瞬間には仙帝の館の上空。存在感を隠すこともできないぐらいの大きさの玉が浮かび上がる。
「あれは……?」
振り返って、その大きさに驚いた途端、その玉が弾けた。
弾けた玉から降り注ぐ、氷の柱?
「派手に……と櫂も言っていたな。これで仙帝は、私を探すのにこれまで以上に躍起になるだろう。其方のことなど、気にも止めぬかもしれぬ」
「なんてことするんですか!」
「この様なこと、私にしかできぬ。この計画、仕掛けたのは私だ」
尚による派手な攻撃。蜂の巣みたいに穴だらけになってしまった館から、飛び出してくる人影。
仙帝を倒す計画が、尚の合図で始まってしまった。
得意げな顔を浮かべる尚は、これの首謀者は自分だとでも言いたげだ。
「派手にして欲しいとは伝えたけど、ここまでとはね。君の本気を侮っていたかもしれない」
空中に浮かんだままの私たちに近寄ってくるのは、見知った天馬。
こんなところで私たちと合流すれば、仲間だって思われても言い逃れできないよ。
「櫂さん。隣には立てないって、そう言ったじゃないですか」