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第48話 尚の覚悟 2

「そのつもりだったんだけどね。やっと全てに片がついた。僕も微力ではあるけど、助力させてもらおうかな」


 天馬に乗った櫂が、これまでの空気をぶち壊すように優雅に微笑む。


「櫂。そのようなこと、其方の両親が許すはずがないだろう」


「そうだったんだけどね。実は今、両親は隣の国へと観光に出ているのさ」


「観光? 仙帝を置いて行ったというのか?」


「側近であれば、その様なこと許されるはずもない。だからね、僕が両親の後を継いだ」


「後って……側近になったってことですか?」


 仙帝の側近。それなら櫂は私たちの敵ってこと?


「正解! でもね、この間も話したけど、僕が仙帝のために何かすることはない。両親に比べて役に立たない側近だから、いつお払い箱になるかな」


「お払い箱……」


「その前に、やることやらないと」


 櫂のセリフが物騒な漢字を当てはめて聞こえてきて、いつもよりも鮮やかな王子スマイルの後ろに仄暗い感情が見える。

 見慣れたはずの王子スマイルを見ながら、感じるのは背筋が凍りそうなほどの恐怖。


「其方は、何故そこまで……」


「わからない?」


「思い当たる理由はないが」


「そう。この計画を無事にやり遂げられたら、教えてあげてもいいかな。そろそろこんなにのんびり話してもいられないみたいだし」


 館から逃げ出してきた木偶たちが、私たちを見つけて、今にも飛びかかってきそう。


「さぁ、行こう」


 その顔と声で、私たちの間の空気を一新させた櫂が、当然とばかりに声をあげる。


「其方が前に出ては、この後生活しづらいのではないか?!」


 先陣を切って館に向かって行こうとする櫂に、尚が慌てて声をかける。


「準備は整ったと、そう言っただろう? それに、君が僕の行動まで庇う必要はないんだ。もう少し、自由に生きれば良い」


 これが、櫂の事情? 

 尚のことを包み込むような空気。大切にしてるんだってことが、私にだって伝わってくる。

 私が羨ましく感じた相手が、ここにいた。


「私に自由がないとは思っておらぬ……好き勝手に生きてきたつもりだ」


「尚に降りかかる理不尽に、腹が立っているのは一人だけじゃないってことさ」


 二人のやり取りは、二人にしかわからない関係を見せつけるようで、独りでこの世界に飛ばされてきた私には眩しいぐらい。


「仲が良いことはわかりましたから、そろそろ行きますよ」


 待ちきれずに私が声を上げれば、二人が同時にこちらを振り返って笑った。

 その関係に私まで入れてもらえるんじゃないかって、そんな錯覚すら起こしちゃいそう。


「はるは、出てくる相手を一体ずつ確実に仕留めて欲しい。何体木偶がいるかわかってなくて申し訳ないが、頼んだよ」


「はい! 任せてください!」


 仙人と対峙するならともかく、木偶達なら今なら何体でもいけそう。桃のおかげで力が強まった自覚はある。


「仙帝とやり合えるのは、僕は尚だけだと思ってる。君がやるべきだ」


 私から尚へと視線を移した櫂の顔は真剣そのもの。その言葉に、尚の顔が曇る。


「私いいのだろうか」


「君やらなきゃならない。君しかできないんだ。大丈夫、ここには独りじゃない。はるも、僕だっている」


「……わかった。何としてでも私が……」


「頼んだよ」


 櫂が後ろからそっと尚の背中を叩いて、その手がそのまま私の頭に触れた。櫂の手が弱気な心を取り去って、勇気をくれるようで。心地良いボディタッチに、つい口元が弛む。


「ちなみに、出てくる木偶は全てきちんと始末しようね。それが要になる」


 全て? きちんと?

 櫂の得意気な王子スマイルが、炸裂した。



『仙帝とやり合える』、そう櫂に断言されていた尚の攻撃は本当に巧みだった。

 尚の手のひらから生み出される私のとそっくりな玉。それが弾けたと思えば、辺り一面に氷の矢が降り注ぐ。

 中身が熱湯の時もあれば、スライムみたいに粘着性のある物体の時もある。そのスライムが木偶の頭に被さったと思えば、突然もがき苦しんだ。一体中身は何だろうか。


 穴だらけになった館の前に降り立った私たちに、次々と襲いかかってくる木偶。何十体いるかわからない。館の中からも未だに湧き上がってくるようだ。

 それを相手に尚の玉が飛び出し、櫂の剣が舞う。相手のことを信頼し合っている様にも見える二人の息はぴったりで、二人が始末し損ねた木偶を一体ずつ確実に仕留めていくのが私の役目。


「はる、もう少しだよ」


 息が上がり始めた私を見て、私以上に疲れているはずの櫂が声をかけてくれる。


「うんっ」


 浅い呼吸に邪魔されながら、やっと口にできたのはこんな一言だけ。

 櫂の額にも汗が浮かんで見えるのに、たった一人だけ涼しい顔をして次々に玉を飛ばす尚の仙力は、どれだけだろう。

 尚が私の味方で良かった。

 櫂の言葉に励まされて、尚の強さに恐怖すら覚えて。そんな中で徐々に木偶が弱くなってきた様に感じた。


「間もなく、終わる」


 私の違和感を後押しする様に、一番たくさん木偶を倒し続けた尚が声を上げた。


「なんっで、わかるんですかっ?」


 上がった息を隠すこともできない私に顔を向けて、尚の口の端がわずかに上がる。


「木偶の数が減ってきている。それに、弱くなっている様に感じないか? 強い木偶を生み出すには相応の仙力が必要だからな。仙帝の仙力もここまでだろう」


「僕も同感。そろそろ限界だろうね」


 限界?

 仙帝って言われる程の人が、これで終わり?

 倒してしまった木偶はすぐに消えていってしまうから、何体倒すことができたのか、知ることもできない。


「ここまで仙人が一人も出てこないのは何故だ? 仙帝個人の館とはいえ、何人かの仙人は常に出入りしているであろう?」


「人気ないからなぁ」


「人気? そんなものいるんですか?」


「仙帝って祭り上げられていても、多くの仙人にとっては、どうでも良い存在ってことさ。もちろん僕の両親の様に必死で仕えてるのも居るけど」


 こんなに大きなやり合いにも、出てくる姿は木偶ばかり。

 仙人が一人もいない争いは、やっぱり変だよね。


「とはいえ、誰も居ないというのはおかしな話ではないか?」


「仙帝の館に大きな攻撃があれば、それは仙帝交代の戦いだ。圧倒的な強さをもって、乗り込んでくる奴がいる。自分の身が可愛ければ、すぐに逃げろって、そう触れ回ったのが効いたかな」


「またっ、そのような出鱈目を……」


 満足気な顔の櫂と、それを見ながら頭を抱える尚。


「出鱈目じゃない。仙帝を倒したのなら、それは交代の時だ。そして、それをやり遂げるのは君だ。ほら、この時間もいよいよ大詰めだね」





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