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第54話 番外編 1

「ここの家を無くしちゃって、尚は今どこに住んでるの?」


 私が住みついたままの尚の島。元々あった尚の家は、私の記憶がなくなった時に消えた。今はその跡が薄らと残るだけだ。


「……家を消してしばらくは、癒しの木の根元で生活していた」


 尚が言いづらそうにした理由はこれか。


「木の根元って、野宿ってこと?!」


「あぁ……」


「睡眠ぐらいきちんと取らないとって、前に話したよね?」


 私の言葉に、どんどん尚が小さくなっていくみたい。

 怒ってる理由、わかってるよね?


「い、今は! ちゃんと家で寝ている。櫂が仙帝となって、はるの身に危険が及ぶこともないと確信した。だから今は……」


「本当だね? それなら良かった」


「心配、しなくて良い」


 尚の顔と声に安堵の色が広がって、口元から覗く白い歯が、その笑顔を印象づける。

 最近の尚は、こうして笑顔を見せてくれることが多くなった。

 彼の生活の中で気を張ることが減った証拠なら、私がやったことにもちゃんと意味がある。


「それって、どこにあるの? この島? 仙人島?」


 この島の中なら、きっと私でも見つけられてる。

 癒しの木の場所みたいに、尚が一緒じゃないと行けない場所なのかな。


「別の島を作った」


 壮大な規格外を、何てこともない様に口にした。


「別の島? 島ってそんなに簡単に作れるの?」


「さほど難しくはない。少し仙力は必要だが、それだけだ」


「そ、そう……」


 櫂が聞いたら、目を回しそうだ。

 仙帝になってからの櫂は、思った以上に力を使うところが多いって、そんな風にぼやいていたのに。

 島を作ることが難しくないだなんて……

『島を作るなんて規格外』って言った櫂の言葉を思い出す。


「見たいって言ったら、連れて行ってくれる? この島と似てるの?」


 私の記憶が戻ってから、尚との距離は近くなったら気がする。

 これまでよりも尚に言いたいことを言えるようになったし、尚の笑顔だって……


「見せるのは、ちょっと……」


「ダメなの?」


「だめ、なわけではないが」


 ぼそぼそと尚らしくもない歯ぎれの悪い言い方に、こちらもつい食い下がってしまう。


「ね。いいでしょう?」


 こんな風に強く押してみれば、尚は無下にことわったりしないってわかってて。

 私も性格悪いよね。


「わかった……連れて行く」


 渋々ながらも承諾してくれる尚は、やっぱり優しい。


「乗るだろう?」


 私が乗るためにわざわざ馬を作り出して、手を差し出してそう言った。

 恥ずかしいけど、場所もわからないし、仕方ない。

 そっと尚の手を取って、馬に跨る。


 ふわっと飛び上がった馬は、仙人島の上空まで上がると、尚の島とは反対方向に進路を向けた。

 そこにあったのは、尚の島よりも一回り小さい島。

 そこにも川が流れて、草原が広がって。そして一軒の家。


「あんまり、変わらないね」


「大して楽しいものではない。もう良いか?」


「うん……そうだね」


 こんな景色なら、どうして尚はあんなにも渋ったんだろう。

 家の中に何かあるの?

 私に見られたくないもの?

 物がなかった尚の家を知ってる私に、見られたくないものだとしても、物がある尚の家というのは想像し難い。


「ちゃんと家もあったであろう? 心配することなどない」


「それもそう……って、あれは?」


 ちょうど尚の体の向こう側。まるでそれを隠す様に尚が遮っていたみたい。

 あちこちに視線を送る途中で、見えちゃった。

 尚が隠したかったもの。


「あれは……」


「あれ、畑だよね?」


 尚の島に不似合いな畑が、草原の隅に堂々と広がっていた。

 尚の体越しに私が畑を覗き込めば、みるみるうちに尚の顔が崩れていく。


「ちがっ」


「違うの?」


 いやいや、あれはどう見たって畑だよ。


「いや、合っているが……」


「何で畑があるの?」


 尚の島には不似合い、どころか不必要だよね?

 食べなくても平気な人が、料理をするわけでもないのに?


「いや……それは……」


 歯ぎれの悪い尚の言葉。

 聞かれたくない事情でもあるの?


「何が植えてあるの? 近くで見てみたいから、降ろして?」


 ついに黙ってしまった尚が、無言で畑の近くに馬を寄せる。

 青々とした葉をつけてるものも、峰だけが出来上がってる場所もある畑を見れば、見たことのある葉を見つけた。


「これ、人参? 他には?」


「あ、後は牛蒡。苺もある」


 人参に牛蒡に苺? 何の共通点も感じられないラインナップ。

 畑の周りを歩いて、植えられたものを見ながら色々考えを巡らせる。


「何で、それなの?」


「ほ、干し肉ときのこがあれば良いと言っていたではないか」


 干し肉ときのこ、人参、牛蒡……

 あぁ。そうだ。


「私が話した、炊き込みご飯の材料だね」


 黙ったまま俯いてしまった尚の頭を見ながら、嬉しさで顔が綻ぶ。


「尚は、あれが好き?」


 俯いたままの頭が、私の言葉を肯定する様に縦に動く。


「悪くないって言ったままどこか行っちゃったから、気に入らなかったのかと思ってた」


「お、美味しかった」


 櫂の前で素直に感想を言えなかった尚の不器用さを、今の私はちゃんと理解してる。

 だからこそ、今こうして私にだけ素直に伝えてくれることが何よりも嬉しくて。


「また、作るね」


 尚の顔を覗き込んで、ちゃんと伝えた。

 今度こそ忘れないから、約束しよう。


「はるは、仙人島に住むのか?」


「うん。櫂が用意してくれた家に、移り住む予定だよ。そろそろ、私が行っても余計な注目を浴びずに済みそうだし」


「ここでは、嫌だろうか? やはり、仙人島で櫂の側で暮らす方が良いのか?」


 尚の言葉の意味が理解できない。

 仙人島で暮らすことは、既に決定事項で。

 この島で私が暮らす理由は、もう何もない。


「ここって、この島? 今は櫂さんが仙帝だし、私が仙人島に行っても困ることはないよね?」


「もちろん、はるが仙人島に住んだって、何も起きはしない」


「それなら、ここに住む理由がないよ」


「理由……そうか。何もかも、今更だな」


 仙人島に住むより、もしかしたらここに居られる方が幸せなのかもしれない。

 今の島だって、尚に返さなきゃって思ったから出て行くつもりだったし。

 でもね、また尚にお世話になるわけにいかないじゃない?

 京香さんは一人前に仙人として生活しているのに、同じ立場の私だけがおんぶに抱っこっていうのも、変だよね。


「櫂さんも、家の中を整えて待っていてくれるから」


「櫂か……櫂には、私から謝罪する。今度こそ、はるの好みの家を作る。島だって、もう少し広い方が良ければいくらでも……」


「ちょ、ちょっと待って」


「癒しの岩も木も、こちらに運んでくることも可能だ」


「尚?」


 まくし立ててくる尚の言葉に、どう口を挟んで良いのかもわからない。

 どうしちゃったの?


「だから、だから……」


「だから?」


「また、私の側に居てくれないか?」


 驚いた私の気持ちを揶揄うように、草原を穏やかな風が抜ける。


「尚の側に?」


「あぁ。以前のように。私の時間の中で最も幸せだった時のように」


 最も、幸せ?

 私と一緒に居た時が?


「そんなの、だめ」


「あ……そうか。やはり……」


 私の言葉に、心底ショックを受けた尚の顔は、見たこともないぐらい引きつっていて。


「うん。だめだよ」


「すまない。はるの気持ちも、考えもせずに」


「あの時が一番幸せだなんて、そんなの絶対にだめ」


 言葉の意味が理解できていない尚の顔をしっかり見つめ直した。

 奥歯を少しきつく噛み締めて、全身に小さく力を入れる。

 頭の隅の方で、一度惹かれてしまった櫂への気持ちがチラつくけど。


「尚はこれからもっと幸せになるの。これまでの分を取り返して、余りが出るくらい。今まで理不尽な目に遭ってきた分、たくさん幸せになって良いんだよ」


 力が抜けたままの尚の手をそっと握って、真っ直ぐ目を合わせる。


「尚に幸せになってもらいたいの。もし、それに私が必要だって言ってくれるなら、一緒に居よう」


 笑いかけた私を見て、尚の口元が動く。

 太陽に照らされた白い歯が煌めいて。

 私の心臓が弾んだ。





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