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№8 『キューブ』

 高速を飛ばして、山梨県に入るころには深夜になっていた。そこから高速をおりて市街地に入ると思いきや、無花果さんの指示は山の方へ向かえ、だった。


 それも、ただの山ではない。だんだんと街灯も少なくなっていき、ついにはあかりひとつないあぜ道をひた走ることになってしまった。


 軽トラの頼りないヘッドライトだけが視界を確保してくれている。草ぼうぼうの、なかばけもの道だ。ダートロードすぎて軽トラのサスペンションがぎしぎしと悲鳴を上げている。


 そして、目の前に『この先通行禁止』の看板が現れた。ようやくここで終点か……


 だが、さっさと軽トラから降りた無花果さんは、その看板を乗り越えて更に先へと進み始めた。


「ちょ、無花果さん!」


 慌てて車に備え付けてあった懐中電灯を手に追いかける。


 夜目がきくのか、無花果さんはずんずんと草をかき分けて進み、山奥の奥まで分け入った。やがては周囲には杉の木立が立ち並び、懐中電灯で照らす地面は起伏の連続になっていく。


 腐葉土の地面に靴が沈み込むたび、スニーカーなんて履いてくるんじゃなかったと後悔する。


 そろそろ息が上がってへばりそうになってきたころ、ようやく無花果さんが立ち止まった。


 ぜいはあと息を乱して懐中電灯で照らした先は、少し開けた場所になっていた。


 ……が、そこには山ほどの粗大ゴミが捨てられている。壊れた業務用冷蔵庫、錆びたシンク、へし曲がった自転車……そんなものが大量と言うのもおこがましいくらい大量に投棄されていた。


 いわゆる『不法投棄の現場』、というやつだろうか。社会問題にもなっている犯罪だ。法律を無視してゴミを捨てている輩がいるのだ。


 とはいえ、今は義憤に駆られている場合ではない。


「……なんですか、ここ……?」


 息を整えながら無花果さんに問いかけると、


「決まっている、死体のありかさ!」


 胸を張って堂々と無花果さんが答えてくれた。どうもありがとう。


 それにしたって、どうしてこんな遠くまで死体が運ばれてきたんだ? しかも、こんな山中の不法投棄現場まで?


 怪訝な顔をしている僕に、無花果さんはとんでもない無茶を言い出した。


「話はあとだ! さあ、このスクラップの山から死体を探し出すといい! おそらくは空き缶や廃材なんかに紛れて封入されていると思うよ!」


「ふ、封入……!?」


「そう、封入だ! ここから先は奴隷の領分、小生は高みの見物と洒落こんでいるよ! ガンバレまひろくん!」


 それっきり、無花果さんは近くの木にもたれて、腕を組んで目を閉じてしまった。まさか、寝てるのか……?


 我関せずを態度で表現されてしまっては取り付く島もない。仕方がない、探すか……


 しかし、このハンパない量のゴミの山の中からひとひとりの死体を探し出すだなんて、まさに砂漠の中のダイヤモンドだ。確実に重労働になる。


 ……さては無花果さん、こうなることがわかっていて僕を連れてきたな……?


 まんまとその思惑通りになって、僕は苦虫を噛み潰したような顔をして死体を探し始めた。


 無花果さんは空き缶なんかといっしょに『封入』されていると言っていた。ということは、鉄っぽい廃材のかたまりを見つければいいのか。


 懐中電灯を片手に不法投棄物の山をよじ登り、犯罪現場の奥深くへと這いつくばって進む。


 真っ暗闇にいくつも並んでいる冷蔵庫は、まるで死者の棺桶のようだった。


 ……結果的に、かたまりはすぐに見つかった。


 何百個という鉄の塊が。


「……ここから、探せと……?」


 途方に暮れて、ため息といっしょにつぶやきが漏れる。


 だが、仕方がない。一個一個検分して探していくしかないのだ。


 ……と言っても、僕にはどこに死体があるのか、なんとなくわかっていた。


 最近になって、腐臭……というか、死臭に対して鼻が利くようになったのだ。一種の死体センサーみたいなものが、いつの間にか磨かれていた。


 とてもイヤなセンサーだけど、利用しない手はない。瓦礫の山をかき分けて、僕はおのれの嗅覚に従って、トリュフを探す豚のように死体を探した。


 ……それにしても、ものすごい体力仕事だ。


 鉄のかたまりを持ち上げるのは重労働で、それを何回もこなさなければならない。たちまち汗まみれになって、息が上がる。


 ……一体何個の鉄のかたまりをどけただろうか?


 ふと、僕のセンサーになにかが引っかかった。


 苦労して鉄のかたまりを持ち上げると、そこにはまた鉄のかたまりがあった。


 他となんら変わりない、空き缶や廃材をぐしゃりと圧縮してキューブ状にした、一辺1mほどの立方体の粗大ゴミ。


 ……死臭がする。


 これは、ニンゲンの死体の存在感だ。


 ここに『死』がある。


 嗅覚に従って、懐中電灯で照らしながらつぶさに観察してみた。さまざまな角度から立方体を照らし出す。


 鉄のゴミといっしょくたになっているが、明らかに服の一部と見られるものが僕の目にうつった。


 よくよく眺めてみると、服に巻き込まれるようにして黄ばんだ白が見える。


 骨だ。


 そして、その周りには赤黒いものがこびり付いていた。


 肉だ。


 鉄の隙間からは、たしかにニンゲンの死体の一部が見えていた。


 骨と腐肉。そして腐った血液。ひどいゴミのにおいに混ざって、そこにはたしかに死臭が漂っていた。


 ……『封入』っていうのは、こういうことか……!


 おそらくは、集めてきた空き缶や廃材といっしょに大型の設備で処理されてしまったのだろう。ベルトコンベアに乗って運ばれてきて、ゴミにまみれて、そのまま機械でぐしゃっ!だ。


 ニンゲンの死体が、ゴミの『キューブ』にされている。


 圧倒的なちからに圧縮されて、一辺きっかり1メートルの立方体になっている。当然ながら、生きている人間はこんな形状にはなれない。ただの肉塊となった死体は、他のゴミといっしょに機械に押しつぶされて『キューブ』となった。


 ……こんなグロテスクな死体は、今まで見たことがない。


 ひとよりも死体に遭遇する経験が多くなった僕だけど、こんなにもひどい有様の死体は初めてだった。


 ニンゲンだった形跡が、どこにもない。


 骨も肉も、すべてゴミといっしょくたに『封入』されてしまった。その名残と言えば、隙間から滴り落ちる腐汁と死臭くらいのものだ。


 こうなった過程は容易に想像できる。


 ベルトコンベアに乗って、『成形』のためのカゴにゴミまみれで運ばれてくる。だれもそこに死体があるだなんて気づかない。機械に慈悲などあるはずもなく、たったのひと呼吸で立方体に圧縮される。


 ぐしゃ!


 はい、終わり。次!


 そんな風に機械的に処理されて、単なるゴミになってしまったニンゲンの死体。


 ……あまりのおぞましさに、吐き気がする。


 そこには人間の尊厳などというものはない。


 死んだらただの生ゴミ。腐る前に捨てなければならない。だったら、ついでに他のゴミといっしょにどこかへやってしまおう。どうせ生ゴミ、適当なところに捨ててしまえばいいのだ。


 ……たしかに、ひとは死ねばただの肉塊だ。


 しかし、これはあまりにもひどすぎるんじゃないか?


 丁重に葬られてきた死体なんて、僕は見たことがない。僕の兄だって、残飯にまみれて腐っていた。


 だが、ニンゲンの形はしていたのだ。


 それがせめてもの救いだと思い知ることになるとは思わなかった。


 ここには『死』を尊重するものはなにもない。野生動物だって、もう少しマシな死に方をするだろう。


 胃液が逆流してきた。こらえきれず、僕はその場に嘔吐した。何度も何度もえづき、そのグロテスク極まりない死に様を目の当たりにして吐き気を禁じえなかった。


 ひとしきり吐いたあと、僕はのろのろとその場から立ち去った。


 死体は一旦ここに置いておいて、無花果さんに見つかったという報告をしなくてはならない。


 こうなることをすべて見透かしていた人物の元へ、僕はまた這うようにして

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