目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

№9 オールクリアー

 エレベーターに運ばれて7階までやって来る。


 ドアが開くと同時に、待ち構えていた男たちが一斉に銃口を向けてきた。


 スプーンが閃き、すべての拳銃に突き立つ。敵が慌てふためいている間に、速やかに制圧する。


 ……このリズム感にもだいぶん慣れてきた。


 相変わらず一定の歩調で急ぐでもない三笠木さんに続きながら、僕はゆっくりと自分が『毒されている』ことを感じていた。もう焦る必要も、疑念を抱く必要もない。


 角を曲がると、そこにはマシンガンを構えた男たちがふたり、立ちふさがっていた。


 今回はスプーンも間に合わず、引き金が引かれる。マズルフラッシュがまたたき、弾丸がばら撒かれた。


 しかし、三笠木さんはその複雑な弾道をすべて見切って、右に左にジグザグな乱数軌道を描きながら敵へと肉薄する。


 疾走の勢いのまま飛び膝蹴りを見舞い、男はマシンガンを取り落としてその場に崩れ去った。


 もうひとりの足を素早く払い、倒れたところをみぞおちにコンバットブーツのかかと。


 それで当面の脅威は黙らせた。


 足音のしない一定の歩みで、三笠木さんは両手の指の間にずらりとスプーンを挟んで、着々と目的地へ近づいていく。


 ……まるで一方的なハンティングだった。


 この『最終兵器』の前では、どんな敵もただ狩られるがままの標的でしかない。だれも止めることは叶わない。


 最後の角を曲がると、そこには敵勢力が勢揃いしていた。ピストル、マシンガン、ナイフ……様々な得物が三笠木さんの方を向いていた。


 飛ぶように弾丸の雨をかい潜り、一斉にスプーンを投げ放つ。


 喉に、眼窩に、こめかみにスプーンを食らった敵は、身悶えながら得物を取り落とした。


 それらを淡々と『処理』する三笠木さん。


 足元を崩し、倒れたところをみぞおちにかかと。裏拳で人中を打ち抜き、頚椎に肘を打ち下ろす。


 なにもかもが事前に練習されていたダンスのようだった。


 三笠木さんはその演舞をなぞっているに過ぎない。


 デジャブみたいに当たり前の光景。


 またひとり、ナイフを拾おうとしゃがんだ敵の顎を、コンバットブーツのつま先で蹴り上げる三笠木さん。


 もうほとんど敵は残っていなかった。


 本当に、ひとりで敵を制圧しつつあった。


 今ではあの自信……というか、確信も納得できる。


 この男には、そうするだけのちからも理由もあった。遂行すべき任務があり、武力を振るう機会があった。それで充分な説得力になる。


 まさしく、『最終兵器』という役割にふさわしい活躍ぶりだった。


 ……そんな戦場を目撃していた僕の背後から、ふと腕が回される。


 たちまち羽交い締めにされてこめかみに銃口を突きつけられた僕は、背後の男の『動くナ!』のひとことによって人質にされてしまった。


 ……しかし、ここはもう、この男のフィールドだ。


「三笠木さん!」


 やってくれ、とばかりに僕はその名を呼んだ。


 大きく跳躍した三笠木さんは、空中で一回転すると、その勢いをつけた右足のかかとを戸惑う男の脳天に向かって振り下ろした。


 その鉄槌は引き金を引く寸前だった男の意識を奪い、沈黙させる。


「……割と、躊躇しませんでしたね」


 倒れ伏した男の巨躯の下から這い出しながら、僕はぽつりと感想をこぼした。


「あなたはそれを望みましたか?」


「……いえ」


 つい苦笑いしてしまう。そこに一切の慈悲がないことはわかっていたし、僕自身もあのままこめかみを撃ち抜かれてもおかしくないことはわかっていた。


 しかし、信じていた。


 この『最終兵器』ならば、やってくれると。


 僕のいのちを踏み台にしてでも、無花果さんを奪還してくれると。


 ……いのちをひとつ預ける理由としては、それで充分だった。


「けど、死ぬとこでしたよ?」


 少し意地悪を言うと、三笠木さんは珍しくわずかに眉根を寄せてフリーズして、


「……結果的に、あなたのいのちがあれば問題ありません」


 なぜか言い訳のように口にするのだった。くすくすと笑ってしまう。


「それにしても、ずいぶんと静かになりましたね」


 なにごともなかったかのように辺りを見回して、僕はつぶやく。敵勢力は完全に制圧されて、立っているのは僕と三笠木さんだけだ。


「はい、その通りです。敵影なし、オールクリアー」


「ミッションコンプリート、ですね」


 僕が冗談めかしてマネをすると、三笠木さんはまた眉根を寄せてフリーズしてから、


「……あなたには似合いません」


「そうですか?」


「無理をする必要はありません」


「別に無理はしてませんよ?」


「それならば、私は言います……『いい顔をするようになりましたね』、と」


 それは、『最終兵器』からの最大級の賛辞のように聞こえた。だから、僕はにやりと笑って見せて、


「なんたって、事務所の『記録者』ですからね」


「あなたも充分に狂っています」


「もったいないお言葉、ありがとうございます」


 おどけて答える僕に呆れたように、三笠木さんは肩をすくめた。このひとも案外ニンゲンっぽいところがある。『共犯者』には、ふとした瞬間にそんな顔をしてくれるのだ。


 改めて脅威をすべて排除したことを確認すると、三笠木さんは立派なドアを前にして肩を落とした。


「それでは、このドアを開けて任務を完了させましょう」


「……無花果さん、本当に無事なんですよね……?」


 唯一の懸念点を問いかけると、三笠木さんはすかさず首を縦に降り、


「それは間違いありません。彼女がおとなしくしていれば、の話ですが」


「あの無花果さんだからなあ……どうでしょう?」


「今までのデータから推測すると、彼女は『歓待』されているでしょう」


「……『歓待』……?」


 妙な言葉が聞こえたような気がしたけど、まあいい。


 無花果さんが無事ならなんだっていい。


 ……ああ、あんなに心配していたのがバカみたいだ。


 あの無花果さんのためだけに用意された『庭』で、『最終兵器』が存在している。すべては無花果さんのために準備されていたのだ。


 だというのに、僕と来たらみっともなく取り乱して。同じ魔女の『庭』の『記録者』として、情けないったらない。少し格好の悪い思いをしつつ、苦笑がにじみ出てくる。


 僕たちの『最終兵器』は立派に役目を果たした。


 だったら、僕だって『記録者』としての役割を果たさなければならない。


 すべてを見届けて、覚えておかなければならないのだ。


 どんなことがあっても、たとえなにが待ち受けていようとも、目をそらすことは許されない。観察し、理解し、記憶すること。それが僕の使命だ。


 そして、だれにも譲れない、僕だけの権利だ。


 この物語の果てに、奈落に、最後まで付き合おうじゃないか。堕ちるところまで堕ちて、『共犯者』としてエンドマークのその向こう側まで見届ける。それは、魔女の『庭』の『記録者』だけの特権だ。


 ……さあ、このドアを開けて、無花果さんを連れて帰ろう。きっと所長たちも待っている。なにもなかったような顔をして、あのぼろぼろの軽トラに乗って凱旋だ。


 僕たちの居場所に。『モンスター』の巣に。


 そこにしか、止まり木はないのだから。


 拳銃を拾い上げた三笠木さんは、残っている弾丸をすべてドアノブに撃ち込んだ。銃声が響き、マズルフラッシュがまたたいた。木製のドアはすぐにぼろぼろになり、鍵もノブも意味をなさなくなる。


 ぎい、と半開きになった穴だらけのドアの向こうには、敵の気配はなかった。なにかの物音はするけど、乱暴されていたり騒ぎになっていたりといった雰囲気ではない。


 うなずきあった僕たちがスイートルームに足を踏み入れると、そこには……

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?