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№14 とんこつラーメンひとつ追加

「相変わらずうっさいなあ……騒がしゅうてしゃあないわ」


 その声に、思わずぎょっとして振り返ってしまう。


「八坂さん!?」


「なんやワレ、坊主」


 のんびりと配信を続ける所長のデスクに腰を預けて、八坂さんは火のついていないタバコをくわえていた。


「なんや、って……帰ったんじゃ?」


 あの純粋な嫌悪の表情を見てしまったのだ。てっきり、嫌気がさしてさっさと帰ってしまったものだとばかり思っていた。


 八坂さんはどこかバツが悪そうにひょこひょことタバコを揺らしながら、


「安土がとんこつラーメンおごる言うからな、しゃーなしや、しゃーなし」


「そんなこと言ってー。ホントはみんなといっしょにとんこつラーメン食べたいくせにー」


「うっさいわボケェ! 俺様は腹減っとんのや! しゃーなし言うとるやろ!」


「まったくー、ツンデレなんだからー、このヤクザデカ」


「だれがツンデレやねん!?」


 やっぱり息が合っていた。


 ……なんと、この刑事も恒例のとんこつラーメンの儀に参加するらしい。


 ……いいんだろうか……?


 なんとなく後ろめたさを感じながらも、とんこつラーメンは容赦なく六人前届いた。


 それぞれに配っているうちに、無花果さんもシャワーから上がってくる。


 相変わらず八坂さんにウザ絡みしつつ罵声を返され、やがてみんなにとんこつラーメンのどんぶりが行き渡った。


「みんなー。今回もお疲れ様ー」


 所長が音頭を取り、一斉に割り箸を手に取る。


「それじゃあ、みんな、手を合わせてー」


『いただきます』


 いつもよりひとつ多い声を皮切りに、みんな猛然とラーメンをがっつき始めた。


「クッソうまいやんけワレェ!」


「ぎゃはは! 八坂のオッサンもこのジャンクな味わいに酔いしれるといい! 敗北の味を噛み締めたまえ!」


「うっさいわ! 今回はたまたま負けただけや! 次は俺様の勝ち確やぞ!」


「ラーメンの汁とツバを飛ばさないでください。それはマナー違反です」


「AI男がマナーを語るなや! いっちょまえに人間様のマネしおってからに! だいたい、俺様は『神様』や!」


「それならばなおさらです。あなたはもっと普通の人間に擬態すべきです、ちんちくりん刑事」


「ちんちくりん言うなやアホタレが!」


「いーや、君はちんちくりんだよ! そうだろう人工無能!?」


「はい」


「おお! 初めてこいつと意見が会ったかもしれない! 案外話せばわかるやつじゃないかこのこのぉ!」


「あなたもまた、最低限人類のフリをするべきです、類人猿ニートさん」


「はい小生さっき言ったことをなかったことにするよ! やっぱ殴る! 肉体言語でしかこいつとはわかりあえませんねえ!」


「俺様も殴ってええか!?」


「おう八坂のオッサン! ふたりがかりでこのポンコツ破壊してやろうぜ!」


「暴力に頼ろうとするあなたがたは猿以下です」


「くきぃぃぃぃぃぃ! モンキー呼ばわりされたでござる! WindowsXPに劣る性能のくせに!!」


「型落ちパソコンが『神様』敵に回すなんぞナマイキや!」


「そーだそーだ! こんな中華PC、徹底的に壊してやる! だれか! 釘バットを持てぃ!」


「ちょい待ちや! それはオーバーキルやろさすがに!?」


「小生の辞書に『手加減』などという単語は存在しないのだよ!」


「少しは理性で動けや!」


「そんなものは小学校のトイレに流してきたね!」


「ああもうどうにかせえやこのロクデナシども!」


 もぐもぐと麺を咀嚼し、スープをすすり、箸であちこちを指しながら、ナルト印の会話劇が続いていく。


 同じくラーメンをすすりながら、僕はなんとなく感じていた。


 こうしてなにげなく話をしてるけど、八坂さんには絶対的な壁がある。それは障壁となって、汚染されることを防いでいるようだった。


 抗っているのだ、『死』を忌避し、『モンスター』たちの色に染まらないように。絶対に『こっち側』ではないと言い張るように。


 現に、八坂さんが会話の端々で事務所の面々に向ける視線には、やっぱり混じり気のない嫌悪感が滲んでいた。


 この『バケモン』どもが、人間の猿真似なんてするな。


 そう言わんばかりに。


 ……ああ、やっぱりこのひとは、どこまでいっても『普通』のニンゲンなんだ。これが『普通』の反応なんだ。


 そうやって俯瞰して見てしまう僕も、今や立派な『モンスター』の一員だ。『共犯者』だ。


 ……けど、もう『戻らない』とこころに決めた。たしかに、八坂さんの言う通りまだ間に合うのかもしれない。けど、僕はあえて『戻らない』。『戻りたくない』と願ってしまった。


 だから、この『庭』が僕のフィールドだ。


「アホか! 俺様は『神様』やぞ!? 多少身長が足りんでもじゅーぶん生きてけるわ!」


「身長足りなくて白バイ隊員になり損ねたのにー?」


「あっ、ワレコラ安土! バラすなや!」


「ぎゃはは! こりゃケッサクだ! 背が低くて残念でしたねー、八坂のオッサン!」


「昔から小さいところもかわいいからねー、八坂くんはー」


「小さくてきゃんきゃん吠えるとか、ガチポメラニアンじゃないすか! ぎゃはは、ウケるでござるウケるでござる!」


「だれがポメラニアンや! 『神様』相手に不遜やぞ!?」


「はいはい」


「なに高等な人間様の言語しゃべっとんのや人工無能が!? ちょっとデカいからゆうていっつも俺様のこと見下ろしおって!」


「私はつむじを見ているだけです。あなたの髪色は目に痛いです」


「これは俺様のポリシーや!」


「そうやって変につっぱっちゃってさー。だからひとからヤクザだのチンピラだのゴロツキだの言われるんだよー」


「せやから、いちいち先輩面すんなや!」


「だって先輩だもーん」


「ねえねえ所長! 八坂のオッサン、学生時代どんなんだったんだい!?」


「んー、すごく真面目な子だったよー。今みたいにとげとげしてなくてねー、素直で純粋でー、それからー」


「安土ぃ!?」


「あー、そうそうー、新歓コンパで飲めないお酒飲んで潰れちゃってねー、僕が介抱して家までおんぶしてったんだよー。小さいから背負いやすくて助かったなー」


「うーわ、笑える! 小生大爆笑を禁じ得ないよ!」


「安土お前はこれ以上しゃべんなや!」


「言論の自由は守られるべきです」


「なにしれっと俺様の恥ずかしい過去よりガン掘りしようとしとんねん!?」


「あとはねー」


「もうやめえや!」


「ぎゃはは! いいぞもっとやれ所長! 八坂のオッサンのライフはもうゼロよ! このままマイナスにしちまおうぜ!」


「くっ、お前らなんて大っ嫌いや!!」


「そういうところがかわいいんだよねー」


「安土ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 わいのわいのと罵声混じりの談笑が続いていく。口喧嘩がいつもより賑やかだ。


 ……たしかに、表面上は溶け込んでいる。もしかしたら、この事務所の六人目のメンバーなのでは、と錯覚するほどに。


 しかし、八坂さんは決して『こっち側』には堕ちてこない。


 どれほど仲良くしていたって、『創作活動』についてお目こぼしをしてくれたって、そこには常に純粋な『普通』のまなざしがある。


 どこまでも『死』を忌まわしく思い、遠ざけ、排除しようとするニンゲンの視線が。


 だとしたら、他人の『死』の上でしか踊れないこの事務所の面々は、まさしく唾棄すべき『バケモン』でしかないのだろう。


 そして、その中にはたしかに僕も入っている。


 いっしょになってバカをやりながらも、絶対にこっちの領域には足を踏み入れない。


 八坂さんが引いた越えられない一線を肌で感じながら、僕はラーメンを食べ終え、どんぶりを傾けて残ったスープを飲み干すのだった。

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