目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

№13 鳥になって

「…………」


「…………」


「…………」


「……ああもう、わかってるよ!」


 先に根負けしたのは無花果さんの方だった。がしがしと頭をかきながら、


「いつもの『種明かし』だろう、めんどくさい!」


「お願いします」


「君は本当にかわいくないねえ! わかったよ説明するよ!」


 仕方なしに、といった風に、無花果さんが事の顛末をひとつひとつ解説し始めた。


「見ての通り、これは『鳥葬』だよ。鳥に死体を食わせて葬る形の葬儀だね」


「どうしておじいちゃんが?」


「それを今から説明するんだよ! いいかい、まずは事件性の有無の検討からだ。いくらおじいちゃんに動機もちからもなくたって、ひとひとりを殺さないという理由にはならない。ひとなんて簡単に殺せるからね、正直殺人の線も疑ってかかっていた」


 そこで、無花果さんは人差し指を立てて見せた。


「けど、あの現場の血痕を見てその線は捨てた」


「なぜですか?」


「床のへこみの上に血痕があっただろう。あれはおそらく、車椅子が倒れたときにできたへこみだ。しかも、血痕の状態から見て、倒れたのは出血する前だ。つまり、車椅子が倒れてから血が流れた」


「ということは……倒れたときはまだ生きてた?」


「その通り。死因は倒れたことそのものだろう。すなわち、車椅子が倒れて、どこかに頭をぶつけて死んでしまった。血圧が高いということは、当然服薬もしていただろうね。高血圧の老人の脳はもろい。すぐに血管が切れちまう。おそらくは、脳溢血かなにかで意識を失って転倒、そしてそのまま頭を打って死んでしまったのだろう……あの血液の量とへこみから推理できる死因としては、そんなところだ」


「要するに、病死……というか、事故死というか……おじいちゃんが手を下したんじゃないんですね?」


「そう。事件性はない。それが結論だった」


「けど、だったらどうしておじいちゃんはおばあちゃんの死を覚えてないんですか? ここまで運んだのはおじいちゃんなんですよね?」


「まあまあ、結論を急ぐんじゃないよ。最大の論点は『おじいちゃんはおばあちゃんの死を認識しているのかどうか』だ。先に言うと、『認識していた』というのが正しい」


「……どうしてそう言えるんですか?」


「おじいちゃんの話からうかがえるおばあちゃんは、けっこうな着道楽だった。そんなおばあちゃんの服は、すべてタンスの奥深くにしまいこまれていた。もう着るものがいないとわかっていたからだ。靴だってそうだ。玄関にはおじいちゃんの靴しかなかった。おばあちゃんが帰ってこないことを知っていたから、片付けたのさ」


「でも、おじいちゃんはおばあちゃんのことを探し続けてましたよ? 毎日毎日、料理まで作って」


「ああ、あの『儀式』のことかい。冷蔵庫で腐っていた料理や、家の中に一切長い髪が落ちていなかったところから見て、一週間程度か。その間、おじいちゃんはおばあちゃんの死を知らないフリをしていたのだよ」


「だったら、どうしてこんなところに死体を運んできたんですか?」


「おばあちゃんの死体を見て、死を認識したおじいちゃんはどうしたのか。おばあちゃんは『自由に空を飛びたい』と言っていた。鳥にあこがれていた。おじいちゃんも登山部で、鳥には愛着を感じていた。死体を空へ飛ばすにはどうすればいいか、わかるかい?」


「……鳥の胃袋に収まって、いっしょに飛ぶ……?」


「その通りだよ。そしてなにより、おじいちゃんはチベットに旅行に行った。チベットと言えば、鳥葬の本場だよ。きっと実際の葬儀も見てきたのだろうね。そうやって思いついたのが、おばあちゃんを『鳥葬』に伏すことさ。ふたりで行った、思い出の地でね」


「思い出の地……ああ、新婚旅行の」


「そう。当時の新婚旅行といえば、この辺りの温泉が定番だ。だし巻きが名物で、近くに猛禽類の群生地がある、老舗の温泉宿。それを小鳥ちゃんに調べてもらったのさ」


「あのLINEはそういう……けど、どうやって?」


「おじいちゃんはいまだに健脚だ。それに、まだ免許も持っている。レンタカーを使えば、死体を運ぶのも苦じゃなかったはずだ……以上の点を踏まえると、自然死してここで『鳥葬』されている可能性が極めて高かった」


「なるほど……」


「『種明かし』は以上だ。これでどうだい?」


 両手を広げて見せる無花果さんにすべてを説明してもらって、やっと得心が行った。


 思考トレースは、おじいちゃんが死を認識していたことを暴き出し、その死体のありかまで導いてくれた。


 最初はボケたおじいちゃんの話なんて聞いてどうするのかと思ってたけど……


「……相変わらず、すごいですね」


 感嘆の声を漏らすと、無花果さんは胸を張って、


「そうだろう、そうだろう! 小生に見つけられない死体などないのだよ! 死体を捨てた、あるいは死にみずからおもむいたものがいる限りね!」


 こと『死体探し』に関しては、無花果さんの右に出るものはいない。そこになんらかの意図がある以上、いくらでも思考はたどれる。


 ……しかし、なんだっておじいちゃんはわざわざおばあちゃんが死んだことを忘れたフリなんてしてたんだろう?


「さあさあ、死体を軽トラに運びたまえ! もうここに用はない! とっととチェックアウトしよう! ハリアップ!」


 僕の考え事を遮るように、無花果さんが背中を叩いて急かした。


「ああ、領収書をもらうのを忘れないでくれよ! あのポンコツメガネには絶対経費として落とさせるぜ!」


「わかりましたから、そんなにせっつかないでください」


 やっぱり、死体を運ぶのは僕の担当なのか。


 干からびた死体を起こすと、地面と癒着していた部分がべりべりと剥がれた。これは、注意して運ばないと死体が崩壊してしまうかもしれない。


 慎重に、ばらばらにならないように、穴だらけの死体を担ぐ。乾いて食われた死体は驚くほどに軽かった。ずいぶんと食い荒らされて、中身はすかすかだ。


 隣を見ると、すぐそこにドクロの死に顔がある。血などもう干上がっているはずなのに、たしかに肉が腐るときのにおいがした。


 そのにおいにあてられて、本能が、有無を言わせず『死』を想起する。


 途端、死体が重く感じられた。


 当然ながら、物理的に重くなったわけではない。ひとひとりのいのちが失われたという事実が、とんでもない重みとなってこころにのしかかってきたのだ。


 ……こんな重いものを、おじいちゃんはあの枯れたからだでここまで運んできた。


 一体、どんなここちだったのだろう?


「ぼやぼやしている暇はないよ! 翔ぶが如く行くぞ!」


「はいはい……」


 またもや急かされて、僕は思考を中断して復路をたどりはじめる。なるべく死体と顔を合わせないようにして、来た道を帰っていく。


 こっそりと軽トラに死体を乗せてブルーシートを被せると、僕たちは帰り支度をして、素知らぬ顔で宿をチェックアウトした。またいらしてくださいね、と女将さんは言っていたけど、もう二度と来ることはないだろう。


 死体を乗せたオンボロ軽トラを走らせている間中、無花果さんはラジオの音楽に合わせてタテノリで頭を振っていた。エアギターなんかもしている。


 ……こんなので、今回は一体どんな『作品』を作り上げるのだろうか?


 無花果さんが珍しく現場を見たがったのは、事件性の有無を確認するためだけではなかった。あの夫婦の暮らしを、『呪い』のように繰り返される日常をみるためでもあった。


 そこで見たものを、どうやって『創作活動』で昇華させるのか。


 ……見たい。


 その『光』を、フィルムに焼き付けたい。


 渇望とも呼べるほどの欲求を抱きながら、僕は事務所に向けて軽トラを走らせるのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?