まず、所長はスマホのカメラで様々な角度から『作品』を映した。なにが手がかりになるかわからない、仔細にに至るまでしっかりとすべてを視聴者たちに見せる。
「……さてと、みんなー、どう思うー?」
送り主からの『挑戦状』を映し終えたところで、所長は視聴者たちに呼びかけた。
すぐさま大量の反応が返ってくる。
『やべーこれやべー』
『『作品』やん』
『死体アートだな』
『マネしてみたのかな?』
『歌ってみた、的な?』
『そうそれ』
『それな』
『やっぱ本家とは違うんだよなー』
『イチジクの『作品』のマネでしかない』
『全然違うじゃんニワカ乙』
『そうそう、全然届いてないただの模倣』
さすがに所長の視聴者だけあって、すぐさま無花果さんの『作品』とは違うことを見抜いた。
やっぱり、これは無花果さんの『作品』を模倣しただけの『ごっこ遊び』なのだ。
ネットの声はまだまだ続く。
『ゲロ以下の厨二病患者のにおいがぷんぷんするぜ!』
『死体をこんな風に扱える私⊿』
『わざわざイチジクんとこに送り付けてるとか、承認欲求の塊じゃん』
『見てほしくて仕方ないのまるわかり』
『そこが究極にダサい』
『絶対厨二病』
『こじらせてんな』
『なんか下ネタ意識してるみたいだけど、もしかしてエロい女子?』
『少なくとも男じゃないだろ』
『女にしても、むしろ性嫌悪気味じゃね?』
『ちんこになんか恨みでもあんのか?』
『パパ活女子じゃね?』
『女子がみんなパパ活してると思うなよ』
『ジジイどもの妄想乙』
『おっ、フェミさんたち激おこ?』
『ウケる』
『性嫌悪ナメんな』
『苦しんでる子だっているんだよ』
『自演乙』
『自演じゃねえし』
……なんだか荒れてきた。いよいよ悪い予感が的中しつつある。このままでは話が脱線して推理どころじゃない。
しかし、そこは歴戦の有名配信者、所長がそれとなく話題を変えた。
「なんか虚無主義者とか言ってるけどさー、そこんとこはどうー?」
『絶対虚無主義がなんなのかわかってない』
『虚無主義言いたいだけちゃうんか』
『ニーチェ読んでなさそう』
『くさそう』
『厨二病患者好きだよね虚無主義』
『どうせビレバンで買ったシオラン辺りの本にかぶれただけだろ』
『サブカルクソ女説濃厚』
『そもそも『作品』自体が安っぽいんだよなあ』
『わかる』
『素材からしてこだわりがない』
『白いレースのリボンとかきっついっすわー』
『そこはサテンの赤いリボンだろと』
『まったくわかってない』
『切断面も荒いからノコギリで解体したのかな?』
『雑い仕事だな』
『ニートが仕事を語るな』
『お前と違って働いてるよ』
『こんな昼間に配信見てんのに?』
『シフト制の仕事知らねえのか』
『無職の言い訳乙』
『こどおじ元気でしゅねー』
「『作品』の発送状態はどうかなー? なんかわかることあるー?」
『密封パックといいダンボールにきっちり詰めてるところといいすげー几帳面だな』
『メルカリでいい評価もらえんぞ』
『メガネ三つ編みの図書委員期待していい?』
『血とか全然ないとことか不気味』
『そうそれ』
『血抜きしたんかな?』
『とりまなんか処理はしてんだろ』
『そこんとこもわかってないよね』
『でも血抜きができる環境って限られてるよな?』
『大量出血しても処理がラクなところ?』
『風呂場かな』
『それあるかも』
『バスタブで血抜きしてから解体したんだろうな』
『ラブホの風呂場とか絶対足つかないし深堀りされんだろうし』
『ついでに被害者も自分も丸はだかだから返り血も洗い流せるし』
『ちょっと待てそれマジでパパ活女説濃厚じゃね?』
『だな』
『オッサンがついてくような若い女』
『しかもシオランかぶれのサブカルクソ女さん』
『ガチめにJKとか?』
『JCである可能性も』
『リボンといい便箋といいなんかガキくせえんだよな』
『『作品』の短絡さから見てもガキ確定』
『そうわかりやすすぎる』
『底が浅い』
『『わたしのかんがえたさいきょうのしたいあーと』のにおいがくっさ』
『マジでJC?』
『私女子中学生ですけど決めつけないでください』
『ネカマ乙』
『JCがこんなとこ来てんじゃねえよ』
『宿題やった?』
『ぱんつはプリキュア?』
『ばかにしないでください』
「みんなー、まーた脱線してるよー。荒らしは無視ねー。『作品』自体からわかることは他にないー?」
『こんな風に死体を痛めつけられる私最強』
『やっぱ行き着く先は厨二病なんだよな』
『ガキ特有の無根拠な万能感?』
『思春期だってことは間違いなさそう』
『過去の猟奇殺人事件に影響受けてる可能性』
『それもある』
『ピカレスクロマンの主人公のつもりか?』
『ってか神様気取り』
『どっちにせよ読み取れる『死』が軽すぎる』
『『死』を全然尊重してない』
『あー向き合ってねえな』
『だからイチジクほどの真実味もすごみもない』
『イチジクバンザイ』
『マジ神』
『イチジク信者ウザい』
『アンチもウザい』
『お前らも『こんなアート理解できる自分⊿』だからな』
『理解できねえお前が低レベルなだけだろ』
『煽り乙』
『アングラかぶれはこれだから』
『イチジクはただのアングラじゃねえし』
『ただのアングラだろ』
「この際だから、いちじくちゃんの『作品』についての話はまたにして、推理しよー。みんなのおかげで『模倣犯』の人物像もだいたいわかってきたしさー。殺害方法についてはどうー?」
『包丁で滅多刺し?』
『胴体の刺し傷エグい』
『ハンパなく刺してんな』
『だいたいこういうのは反撃がこわいから』
『死んでても刺し続けるやつ』
『どんだけビビってんだよ』
『だっさ』
『なんかトラウマでもあんのか?』
『ありそー』
『虐待とかいじめとか?』
『あーそれで性格歪んでそう』
『極端な承認欲求もそれ由来っぽい』
『私様はお前らとは違うんだ!的な』
『やっぱ厨二病のいじめられっ子だな』
『承認欲求の塊の神様気取り』
『サブカルかぶれのJCってことでおk?』
『結論としてはそれだな』
『未成年の猟奇犯罪とかやべー』
『ガチやん』
「うん、結論が出たみたいだねー。『模倣犯』は思春期女子、シオランに心酔するいじめられっこってことでー。みんなありがとねー」
『続報頼んだ』
『実名と顔写真うpしてくれ』
『お触り禁止』
「あははー、だねー。あとは実行役の僕たちに任せておいてよー。結果は報告するからさー」
そう言って、所長は一旦カメラから顔を上げた。
……正直、僕は驚いていた。
こんなに少ない情報から、すぐさま犯人像が特定されてしまった。集合知によるプロファイリングは、もしかしたら無花果さんの思考トレースと同じくらい強力かもしれない。
しかし、やっぱり危険すぎる。画面の向こう側の視聴者たちを巻き込んでしまったら、本格的にもうなにが起こるかわからなくなる。現に、『模倣犯』の素性を特定しようという動きもあるし、このままメディアに拡散されてしまってはこの『庭』にとっての死活問題になる。
……そこのところは、あくまでも海外サーバのアングラ配信ということで所長は心配してないみたいだけど。
その所長はといえば、荒れそうになるとそれとなく話題を変えたりして上手く立ち回っていた。見事なアジテーターっぷりだ。
にこにことカメラに向かって手を振る姿は、死体に群がる視聴者たちを先導する悪魔のそれだった。こころなしか満足げにも見えるその笑顔に、視聴者のみんながだまされている。
……なんだか、すべてはこのひとの手のひらの上のような気がしてきた。
思わずぞっとしながら、僕はいまだに続く言葉の奔流を眺め、ことのなりゆきに身を任せるのだった。