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№7 紛れ込んだ黒山羊

「うむ! これでだいたいの犯人像は絞れたね! いやあ、ここはおそろしいインターネッツですね!」


 四人で画面を囲んでいると、無花果さんがそう言った。


「けど、犯人の特徴がわかっただけで、具体的な居場所とか個人情報はなにもわかってないですよ?」


「そこなんだよねー」


 所長が軽くため息をついた。


 おそらく、視聴者たちによるプロファイリングはほぼ正解だろう。『模倣犯』はシオランに心酔する、いじめられっ子の女子中学生。すべての辻褄が合っていた。


 ……しかし、肝心の個人情報はなにもわからないままだ。


 こんなニンゲンだ、とわかっていても、どこのだれなのかわからなければ事件は解決しない。


 推理は再び暗礁に乗り上げた。


「せめて直接対話できればいいんだけどねー」


「それは無茶だよ! 電話番号もわかんねえのに!」


「……ちょっと、待ってください」


 僕の中に、ある確信があった。


 全員が僕を注視する中、考えを整理してから発言する。


「よく『犯人は現場に戻ってくる』って言うじゃないですか。承認欲求の強い『模倣犯』ならなおさらです」


「どゆこと?」


「つまり……」


 そう言って、僕は配信の画面を指さした。


「この配信に、すでに参加してる可能性が高くないですか?」


 その場にいた全員がたちまちはっとする。


 ……ありえない話ではなかった。


 自分がもたらした『作品』がどんな風に解析されているのか、この犯行に関して視聴者たちはどんな感想を持ったか、僕たちが『無事』たどりつくことができるのか。


 すべて、『模倣犯』の気になるところだろう。


 それに、この『模倣犯』は僕たちに見つけてほしいと願っているはずだ。なにせ、無花果さんの感想を聞きたいのだから、直接会って話がしたいと考えている。見つけて、自分の存在を認めてほしいと思っている。そうに違いない。


 だとしたら、この視聴者の大群衆の中で、今も挙手したくてうずうずしていることだろう。


 少し揺さぶりをかければ、簡単にあぶり出せる。


 幼稚な『模倣犯』のことだ、調子に乗って引っかかってくれる気しかしない。


「まひろくんの言うことも一理ある!」


「じゃあさー、挙手せざるを得ない状況を作ってあげようよー」


「どうやってですか?」


 尋ねると、アジテーターの悪魔は人差し指を立て、


「ネットアンケートだよー。これまでの解析を元にして、視聴者のみなさま全員に協力してもらってさー。その中でアタリが出たら特等賞ー」


 そんなことを言い出した。


 たしかに、それならだれはばかることなく挙手ができる。自分が犯人だと、匿名でありながらも名乗り出ることができるのだ。


 この配信でヘタに告白してしまっても、『模倣犯』の『模倣犯』だと片付けられるだけだ。それなら、配信主というオーソリティによる裁定があった方がいい。


 それが、『ネットアンケート』という形式だ。


「すぐにそれを作成します」


 早速、三笠木さんがパソコンに向かった。しばらくの間かたかたとキーボードを叩いて、リンクを所長宛に送る。


 ……よくできた『ネットアンケート』だった。


 あからさまに犯人像そのままを問うものではなく、その特性を暗示する要素がないかどうか問いかけるものだ。心理テストに近いものがあるかもしれない。


 出来上がったアンケートに目を通した所長はひとつうなずき、


「じゃあ、これ流してみるねー」


 そう言って、いまだに熱気冷めやらぬ配信画面に向き直った。


「みんなー、ちょっと協力してー。なになに、簡単なアンケートに答えてもらうだけだよー」


『やっときたか』


『今みんなで話してたとこ』


『やっぱいるよねこの中に』


『絶対画面見ながらにやにやしてる』


『キッショ』


『どんなアンケート?』


『これならサブカルクソ女さんも名乗り出るだろうな』


『すっげー速さでキーボード打ってそう』


『キッショ』


『見つけてほしいんだろ』


『早くしてさしあげろ』


「はいはいー、了解ー。今リンク貼るから、みんなで参加してねー」


 そう言って、所長は三笠木さんから送られてきた『ネットアンケート』のリンクを配信画面に添付した。


 ……しばらくの間、あれだけ流れの早かったチャットがウソのように静まり返る。なんだかんだ言って、みんな真面目にアンケートに答えてくれているのだろう。


 さて、この揺さぶりに『模倣犯』は答えてくれるのだろうか?


 やがて、次々とアンケートの回答が返ってくる。記名されているもの、されていないもの、真剣に答えたもの、ふざけた答え、様々だ。


 しかし、『模倣犯』は嬉々として名前を記し、プロファイリング通りの回答を送ってくるだろう。なにせ、見つけてほしがっているのだ。これは名乗り出る絶好のタイミングのはず。


「アンケートを集計します」


 程なくして、アンケートの回答はほぼ全員分出そろった。約五万人分ともなると相当な量だけど、現代のテクノロジーならばそれくらいは充分処理できる。


 解析ソフトにデータを注ぎ込み、三笠木さんはキーボードを叩いた。目まぐるしくディスプレイが情報の束を流す。


 ……程なくして、解析の結果が出た。


「……指標のすべてに当てはまる回答が、一件存在しています」


 静かにメガネの位置を直しながら、三笠木さんはパソコンのディスプレイを全員に見せた。


 巧妙に偽装された質問。そのトラップのすべてに引っかかっている人物が、五万人の中にひとりだけ。


 名前も記入されている。


「……『塩乱』」


 視聴者たちの予想通り、『模倣犯』は虚無主義者のシオランを文字った名前で配信に参加していた。


 ……やっぱり、この中にいたか。


 大胆というか、短絡的というか。


 どちらにせよ、あまり頭がいいわけではなさそうだ。


「ちょっと待ってねー」


 すぐさま所長が配信画面に切り替える。チャットのログをたどっていくと、たしかにそこには『塩乱』の名前の書き込みがあった。


 犯人像を示唆するような発言もしている。明らかに僕たちを自分の方へと誘導しようとしていた。


 そのすべてが、『私を見つけて』と言っているようだ。


「……みーっけ!」


 無花果さんが膝を打つ。


 死体を送り付けてきたのは、この『塩乱』という人物で間違いない。わざわざ配信に参加して、僕たちのことを影から見守っていたのだ。


 ……うすら寒い気分になった。


 この事件が始まった時点から、『模倣犯』は僕たちの動向を観察していたのだ。ずっと見られていたと思うと、背筋が冷えるようなここちがした。


 だが、これで『模倣犯』と直接対話ができる。


 頭の良くない犯人のことだ、話をしていればきっとボロを出すだろう。それどころか、聞いてもいないことをべらべらと語り出す可能性が高い。


 それくらい、『模倣犯』……『塩乱』からはひしひしと承認欲求が感じられた。


「いちじくちゃん、いつもの『質問攻め』するー?」


 所長の問いかけに、無花果さんは意外にも首を横に振った。


「いや、今回は所長にお任せするよ! 小生ネットには疎いからね! それに、配信主である所長が出張らなくてどうするんだい!?」


「あははー、それもそっかー」


 ネットの住人の扱い方は、所長の方がよくこころえているだろう。ここで無花果さんが出しゃばっては視聴者からの心象も悪い。これはあくまでも所長の配信で、所長の視聴者なのだから。


「その前に、ちょっと一服させてよー」


 そう言って、所長は激烈メンソールの電子タバコの電源を入れた。


 ニコチン混じりの蒸気を吸いながらなにを考えているのだろうか?


 まったく読めないその男は、もったいぶるようにじっくりと電子タバコを味わうのだった。

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