「うむ! これでだいたいの犯人像は絞れたね! いやあ、ここはおそろしいインターネッツですね!」
四人で画面を囲んでいると、無花果さんがそう言った。
「けど、犯人の特徴がわかっただけで、具体的な居場所とか個人情報はなにもわかってないですよ?」
「そこなんだよねー」
所長が軽くため息をついた。
おそらく、視聴者たちによるプロファイリングはほぼ正解だろう。『模倣犯』はシオランに心酔する、いじめられっ子の女子中学生。すべての辻褄が合っていた。
……しかし、肝心の個人情報はなにもわからないままだ。
こんなニンゲンだ、とわかっていても、どこのだれなのかわからなければ事件は解決しない。
推理は再び暗礁に乗り上げた。
「せめて直接対話できればいいんだけどねー」
「それは無茶だよ! 電話番号もわかんねえのに!」
「……ちょっと、待ってください」
僕の中に、ある確信があった。
全員が僕を注視する中、考えを整理してから発言する。
「よく『犯人は現場に戻ってくる』って言うじゃないですか。承認欲求の強い『模倣犯』ならなおさらです」
「どゆこと?」
「つまり……」
そう言って、僕は配信の画面を指さした。
「この配信に、すでに参加してる可能性が高くないですか?」
その場にいた全員がたちまちはっとする。
……ありえない話ではなかった。
自分がもたらした『作品』がどんな風に解析されているのか、この犯行に関して視聴者たちはどんな感想を持ったか、僕たちが『無事』たどりつくことができるのか。
すべて、『模倣犯』の気になるところだろう。
それに、この『模倣犯』は僕たちに見つけてほしいと願っているはずだ。なにせ、無花果さんの感想を聞きたいのだから、直接会って話がしたいと考えている。見つけて、自分の存在を認めてほしいと思っている。そうに違いない。
だとしたら、この視聴者の大群衆の中で、今も挙手したくてうずうずしていることだろう。
少し揺さぶりをかければ、簡単にあぶり出せる。
幼稚な『模倣犯』のことだ、調子に乗って引っかかってくれる気しかしない。
「まひろくんの言うことも一理ある!」
「じゃあさー、挙手せざるを得ない状況を作ってあげようよー」
「どうやってですか?」
尋ねると、アジテーターの悪魔は人差し指を立て、
「ネットアンケートだよー。これまでの解析を元にして、視聴者のみなさま全員に協力してもらってさー。その中でアタリが出たら特等賞ー」
そんなことを言い出した。
たしかに、それならだれはばかることなく挙手ができる。自分が犯人だと、匿名でありながらも名乗り出ることができるのだ。
この配信でヘタに告白してしまっても、『模倣犯』の『模倣犯』だと片付けられるだけだ。それなら、配信主というオーソリティによる裁定があった方がいい。
それが、『ネットアンケート』という形式だ。
「すぐにそれを作成します」
早速、三笠木さんがパソコンに向かった。しばらくの間かたかたとキーボードを叩いて、リンクを所長宛に送る。
……よくできた『ネットアンケート』だった。
あからさまに犯人像そのままを問うものではなく、その特性を暗示する要素がないかどうか問いかけるものだ。心理テストに近いものがあるかもしれない。
出来上がったアンケートに目を通した所長はひとつうなずき、
「じゃあ、これ流してみるねー」
そう言って、いまだに熱気冷めやらぬ配信画面に向き直った。
「みんなー、ちょっと協力してー。なになに、簡単なアンケートに答えてもらうだけだよー」
『やっときたか』
『今みんなで話してたとこ』
『やっぱいるよねこの中に』
『絶対画面見ながらにやにやしてる』
『キッショ』
『どんなアンケート?』
『これならサブカルクソ女さんも名乗り出るだろうな』
『すっげー速さでキーボード打ってそう』
『キッショ』
『見つけてほしいんだろ』
『早くしてさしあげろ』
「はいはいー、了解ー。今リンク貼るから、みんなで参加してねー」
そう言って、所長は三笠木さんから送られてきた『ネットアンケート』のリンクを配信画面に添付した。
……しばらくの間、あれだけ流れの早かったチャットがウソのように静まり返る。なんだかんだ言って、みんな真面目にアンケートに答えてくれているのだろう。
さて、この揺さぶりに『模倣犯』は答えてくれるのだろうか?
やがて、次々とアンケートの回答が返ってくる。記名されているもの、されていないもの、真剣に答えたもの、ふざけた答え、様々だ。
しかし、『模倣犯』は嬉々として名前を記し、プロファイリング通りの回答を送ってくるだろう。なにせ、見つけてほしがっているのだ。これは名乗り出る絶好のタイミングのはず。
「アンケートを集計します」
程なくして、アンケートの回答はほぼ全員分出そろった。約五万人分ともなると相当な量だけど、現代のテクノロジーならばそれくらいは充分処理できる。
解析ソフトにデータを注ぎ込み、三笠木さんはキーボードを叩いた。目まぐるしくディスプレイが情報の束を流す。
……程なくして、解析の結果が出た。
「……指標のすべてに当てはまる回答が、一件存在しています」
静かにメガネの位置を直しながら、三笠木さんはパソコンのディスプレイを全員に見せた。
巧妙に偽装された質問。そのトラップのすべてに引っかかっている人物が、五万人の中にひとりだけ。
名前も記入されている。
「……『塩乱』」
視聴者たちの予想通り、『模倣犯』は虚無主義者のシオランを文字った名前で配信に参加していた。
……やっぱり、この中にいたか。
大胆というか、短絡的というか。
どちらにせよ、あまり頭がいいわけではなさそうだ。
「ちょっと待ってねー」
すぐさま所長が配信画面に切り替える。チャットのログをたどっていくと、たしかにそこには『塩乱』の名前の書き込みがあった。
犯人像を示唆するような発言もしている。明らかに僕たちを自分の方へと誘導しようとしていた。
そのすべてが、『私を見つけて』と言っているようだ。
「……みーっけ!」
無花果さんが膝を打つ。
死体を送り付けてきたのは、この『塩乱』という人物で間違いない。わざわざ配信に参加して、僕たちのことを影から見守っていたのだ。
……うすら寒い気分になった。
この事件が始まった時点から、『模倣犯』は僕たちの動向を観察していたのだ。ずっと見られていたと思うと、背筋が冷えるようなここちがした。
だが、これで『模倣犯』と直接対話ができる。
頭の良くない犯人のことだ、話をしていればきっとボロを出すだろう。それどころか、聞いてもいないことをべらべらと語り出す可能性が高い。
それくらい、『模倣犯』……『塩乱』からはひしひしと承認欲求が感じられた。
「いちじくちゃん、いつもの『質問攻め』するー?」
所長の問いかけに、無花果さんは意外にも首を横に振った。
「いや、今回は所長にお任せするよ! 小生ネットには疎いからね! それに、配信主である所長が出張らなくてどうするんだい!?」
「あははー、それもそっかー」
ネットの住人の扱い方は、所長の方がよくこころえているだろう。ここで無花果さんが出しゃばっては視聴者からの心象も悪い。これはあくまでも所長の配信で、所長の視聴者なのだから。
「その前に、ちょっと一服させてよー」
そう言って、所長は激烈メンソールの電子タバコの電源を入れた。
ニコチン混じりの蒸気を吸いながらなにを考えているのだろうか?
まったく読めないその男は、もったいぶるようにじっくりと電子タバコを味わうのだった。