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№9 現出する『模倣犯』

 一体一のチャットから出てきた所長を迎えたのは、狂乱じみた祭の熱狂だった。


『すげーリアル殺人鬼!』


『ホンマモンのサイコパス初めて見た!』


『これって歴史的瞬間じゃね?』


『実況してるけどすげー盛りあがってる!』


『てか、『塩乱』とかいう名前ダサすぎ』


『私のかっこいいペンネーム的な』


『メスガキの予感しかしない』


『やべーじゃん未成年の猟奇殺人事件とか』


『祭!』


『乗り遅れるな!』


『特定班急げ!』


『IP割れ!』


「まあ、ご存知の通りウチにはことりちゃんいるから、その辺は僕たちに任せてよー。みんなー、くれぐれも無駄な凸はやめてねー。そんなことする悪い子はブロックしちゃうからねー」


『ブロックは困るからおとなしくしてる!』


『その代わり報告よろ!』


『てかリアル逮捕まで実況しろよ』


『警察呼ぶの?』


『当たり前だろ』


『その前にイチジクと『塩乱』の対決見せろ』


『殴り合いしたら盛り上がるぞ!』


「うーん、僕はお呼びじゃないみたいだから、今回はいちじくちゃんに任せるよー。大丈夫ー、結果報告はするからー。おとなしく待っててねー?」


 そう言うと、所長は一旦配信画面から視線を上げた。もちろん自撮り棒は手放さないけど。


「ってことで、さっきのチャットのIP、ことりちゃんに割ってもらうからー。どこからアクセスしてるかくらいはわかるよー。移動しててもスマホの番号までわかるからねー。いざとなったら電話しちゃおー」


「その必要はないよ、所長!」


 無花果さんの声が飛ぶ。


「『模倣犯』は見つけてほしくてたまらなくて、小生にラブコールまで送ってきたんだ! きっと本気で『待ってる』だろうねえ!」


 そう、『塩乱』は僕たちに見つけてほしい。そう言っていた。ということは、できるだけわかりやすいところで待ち続けているだろう。


 僕たちがたどりつくのを、今か今かと。


 小鳥さんがスマホを割るまで少し時間がかかる。それまでに、なにかできないだろうか。


「……僕の個展の写真から無花果さんのことをたどったって言ってましたけど、もしかしたら個展の芳名帳に名前があるかも……」


「それだ!」


 無花果さんが膝を打つ。


 善は急げだ。僕は暗室にしまっていた個展の芳名帳を持ってきた。芳名帳なんて気取ってるけど、三冊に渡るただの大学ノートだ。名前と住所と年齢と性別、自由コメントが書かれた雑記帳。


 ページを繰っていく中で、こんなことになっているというのに、僕は個展のことを思い出していた。


 たくさんのひとが僕の『作品』を見てくれた。いい写真だと言ってくれた。現に、芳名帳には『良かったです』『またやってください』との言葉が山ほど並んでいる。


 そうだ、『塩乱』にとって『作品』を送り付けることは、僕にとっての個展と同じことなのだ。世界に対しておのれを問う行為。ここにいるのだと主張する作品展。


 違いなんて、それが倫理に抵触するか否か、それくらいしかない。


 ……どんよりしてきた気分を引きずりながらページをめくっていると、ふとそれらしい名前が目に入った。


 そこには、『紫央蘭』と書いてある。


 住所はこの近所の住宅街、14歳女性、コメントはなにも書かれていなかった。


 たしかに、『塩乱』……『紫央蘭』は、僕の個展を訪れていた。これも偽名だろうけど、その他は正直に書いてあるのだろう。


 ……こんな風に足跡を残して、よほど見つけてほしいようだ。


 自分はここにいると主張したくて、『紫央蘭』はもうひとりの『死体装飾家』となった。殺人を犯し、その死体を飾り立て、『作品』とした。この事務所に送り付けてきた。


 ……たったそれだけのために、罪を犯した。


 幼稚な『承認欲求の化け物』が、ひとひとりのいのちを奪った。その『死』を踏み台にするという冒涜をおこなった。


 僕の中に、砂利を噛み締めるような不快感が広がった。


 認められることは、こんなことをしてまで必要なことなのだろうか?


 こんなことまでして承認欲求を満たして、なんになる?


 ……きっと、『紫央蘭』にとっては、この殺人はあくまでも主張のための過程でしかなかったのだろう。承認欲求に突き動かされて、深く考えずに一連の犯行に及んだ。


 無花果さんの『作品』に対する大いなる誤解だってそうだ。手っ取り早くセンセーショナルな手段が見つかった、そんな風に考えているのが見え見えだった。有名なアーティストに師事すればもっとたくさんのひとに見てもらえる、そんな打算も透けて見える。


 あまりにも幼稚すぎた。短絡的すぎた。


 幼稚園児だってもう少し深く考えるだろう。


 そんな基本的な思考も、承認欲求という途方もない欲望を前にすれば簡単に吹き飛んでしまう。『紫央蘭』はもう、認めれること以外のことを考えられないのだ。なにかに取り憑かれたように、ただ主張するばかりで。


 ……やるせない。


 なんて滑稽な『承認欲求のバケモノ』だろう。


 そうしていると、事務所の奥にある『巣』から、紙切れを持った手だけが伸びてきた。小鳥さんがIPからスマホの情報を割り出したのだ。


 その紙切れを受け取った無花果さんは内容を一瞥すると、


「なるほど、芳名帳に書いてあることにウソはなかったようだ!」


「……本名は?」


「牧山蓮華。14歳、女子中学生、住所はこの近くで間違いない! まったく、見つけてほしいからってバカ正直に手の内を晒しすぎだよクソガキが!」


 牧山蓮華。それが『塩乱』『紫央蘭』の本当の名前らしかった。女子中学生という肩書きも真実。仮想空間の協力者たちによるプロファイリングもおおむね当たっているのだろう。


 改めて、集合知の精度とおそろしさを思い知った。


 印刷されたマップを見て、無花果さんは鼻で笑った。


「どうせ、近くの公園でブランコでもこぎながら、『それっぽく』待ってるんだろうよ! わかりやすくて助かると同時に、共感性羞恥で身悶えちゃうね!」


「行くんですか、無花果さん?」


「そうだよ、君もいっしょにね!」


「……僕も?」


 急に水を向けられた僕は、ついきょとんと返してしまった。無花果さんはにんまりとうなずきながら、


「今回は撮るべきものはないだろうけど、それでも君の『目』は必要だ! 記録ではなく記憶がね! ここでの自分の役割を忘れないでくれよ! 君にはすべてを見届けてもらわないとならないからね!」


 そうだ。僕だって『共犯者』だ。目をそらすことは許されない。今回のことだって、一部始終を目撃しなければならないのだ。


 カメラの出番がなくたって、僕というまなざしは必要とされている。


 だったら、すべてを見届けよう。それがどんなにひどいバッドエンドでも、あるべき姿ならば受け入れよう。


 それが、同じ『モンスター』であるための、僕なりの矜恃だ。


「さあ行こう、まひろくん! 『模倣犯』ちゃんがこころまちにしてるよ!」


「……はい!」


 返事をして、無花果さんといっしょに事務所を飛び出す。


 カメラは必要ないと言われたけど、この『相棒』だって僕の分身みたいなものだ、劇終には付き合ってもらおう。


 牧山蓮華は、きっと無花果さんの言う通り、『それっぽく』公園でブランコを漕いでいるだろう。スマホのGPS情報だってある。


 ただの仮想空間の住人だった『塩乱』は、実在する『模倣犯』牧山蓮華として姿を現すのだ。


 見つけてほしい、というひどくエゴイスティックなその願いの通りに。


 幽霊の正体見たり、とはこのことか。


 そして僕たちは階段を駆け下りビルを出て、『承認欲求のバケモノ』と対峙するために、一路近くの公園まで急ぐのだった。

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