……目的の人物は、あまりにもあっけなく見つかった。
住所とスマホのGPS情報を頼りにたどりついた公園で、牧山蓮華は予想通りひとりでブランコを漕いでいた。
予想通りすぎて不気味さすら感じる。
小柄なセーラー服姿の少女は、まさしく個展で無花果さんの写真を見ていたそのひとだった。ショートカットからのぞく白く細い首が印象的な、いたいけな少女。美しくもみにくくもなく、一般の中に埋没してしまいそうな風貌だ。
……『模倣犯』は、なんの変哲もない女子中学生だった。
あの一連の凶行に及んだとはとても思えない見た目だ。
しかし、この女子中学生はたしかに『承認欲求のバケモノ』をその身の内に飼っている。そいつに突き動かされて、ひとを殺したのだ。
きいこ、きいこ。牧山蓮華がブランコをこぐ音ばかりが、風にかき消されそうになりながら聞こえてくる。ずっと待っている、というのは比喩ではないのだろう。僕たちが来なければ、おそらく夜までだって待っていたと思う。
偏執狂じみている。いや、『じみている』なんて言い方はよそう。
牧山蓮華は、承認欲求に取り憑かれた偏執狂だ。
僕たちの足音に気づいた牧山蓮華が顔を上げた。
そして表情をパッと明るくして、
「師匠!」
ブランコから立ち上がり、笑顔で僕たちに駆け寄ってくる。
「待ってました! きっと迎えに来てくれるって信じてました! 私の作品、見てくれました? どうでした? よく出来てたでしょう? さあ、連れていってください! 師匠のアトリエに!」
頬を赤らめてまくし立てる牧山蓮華。しかし、その態度はどこかおどおどしたものだった。視線が泳いで定まっていない。いじめられっ子というプロファイリングはやはり当たっていたようだ。
そして、それ以上に期待している。これから無花果さんから返ってくるはずの反応にわくわくしている。『褒めて!』と額に極太ゴシック体で書いてあるようだ。
……無花果さんは、表情を消してなにも言わない。
業を煮やした牧山蓮華は、急かすように無花果さんの手を取って、
「詳しい感想を聞かせてくださいよ! 私、がんばって作ったんです、師匠もきっと気に入ってくれているはずです! 今回のテーマは『性と生と死』でして……」
言葉の続きを待たず、無花果さんはその手を振り払ってポケットからスマホを取り出した。なにげない仕草で通話画面を開くと、牧山蓮華を完全無視して電話をかけ始める。
数コールのあとに出た人物に向かって、無花果さんはいつも通りのテンションで語りかけた。
「やあやあ、八坂のオッサン! 今日もお仕事がんばっているかい?」
電話の向こうからは『なんやワレぇ安土の携帯盗み見よったな!?俺様は忙しいんじゃかけてくんなやボケぇ!』などと聞こえてくる。
「ふふふ! まあまあ、落ち着きたまえよ! 君に電話をしたのだって理由があるんだよ! そうだね、パトカー一台、出前を頼むよ!」
……通報しているのだ。八坂さんに。
「ああそうさ! 殺人事件だよ! しかも未成年による猟奇殺人事件! おやおや、重大事件の通報を無視するとは、よほど人手が足りていないようだね警察は! 小生、センテンススプリングキャノンにタレこもうかしら!?」
八坂さんは電話の向こうで、『なんやと!?ウソやったらただじゃおかんからな!?一台やと!?そんなケチくさいこと言っとれへんわ今すぐ行くからおとなし待っとれやワレぇ!!』とわめいて、唐突に通話をブチ切りした。
つー、つー、と鳴るスマホを片手に、無花果さんはしばらくの間大きく伸びをしていた。
スマホをしまってなおも無言の無花果さんに向かって、牧山蓮華はきょとんと首をかしげる。
「さつじん? なんですかそれ?」
その問いかけに、無花果さんが答えることはなかった。焦りをにじませた牧山蓮華は、
「さっきの警察ですよね? なんで通報するんですか? 私は『死体装飾家』で、あれはその作品ですよ?」
「『作品』?……ああ、あの被害者のことか!」
被害者。その言葉を聞いたとたん、牧山蓮華の顔から血色が失せた。
「被害者? あれは作品ですよ? 師匠にはわかるはずですよね? だって同じ『死体装飾家』なんですから。私なりに死を思って一生懸命作ったんですよ。被害者なんて、そんなこと……」
それは言い訳ではなかった。
言い訳ですらなかった。
牧山蓮華は、本気で自分がしたことをわかっていない。
それでもなお取りすがるように、
「あれはたしかに作品です。私は『死体装飾家』なんですよ? 殺人なんて些細なことじゃないですか。それは師匠もわかってるでしょう? だから、今すぐ通報を取り消してください。ここには犯罪者なんていないんですから」
大真面目に言っている。
こころの底から、自分が犯罪者であることを自覚していない。ただ、自分は受け入れられるべき存在だと盲信している。そうなることが当然であると思い込んでいる。
そのためなら、ひとひとりくらい死んだってどうでもいい。そう言っているかのように。
……醜悪だ。
なんてみにくいバケモノなんだろう。
みにくくて、滑稽で、とても見ていられない。
吐き気さえ込み上げてくる。
けど、僕だけは目をそらしてはいけない。どれだけゲロを吐こうとも、すべてを見届けなければならないのだ。
無花果さんは極めて不思議そうな顔をして、
「君はさっきからなにを言ってるんだい?」
「なに、って、それは……」
「あれは殺人事件の被害者だよ?」
無花果さんの人差し指が、断罪するように牧山蓮華を指す。
「そして、君はただの殺人者だ。ひとごろしだ。あれは君が殺したんだろう? だったら、警察に通報するのは市民の義務だ」
牧山蓮華の表情がひきつる。あせりといらだちが強く表れていた。
「わ、私は、犯罪者じゃない……師匠と同じ、『死体装飾家』ですよ? わかるでしょう? 師匠ならわかってくれますよね? だって同じ『死体装飾家』なんだから」
「おなじ?」
その言葉に、無花果さんはついつい、といった風に吹き出してしまう。ついには腹を抱えて笑い出してしまった。
「ぎゃはは! いやいや、面白いギャグだね! ウケる!」
「な、なんで笑うんですか!?」
戸惑う牧山蓮華に向かって、無花果さんはひいひい言いながら続ける。
「笑わせるね! 『同じ』だなんて、『表現者』としては一番言ってはいけない、言われてはいけない言葉だよ! なになにみたいでカッコイイですぅーなになにみたいでステキですぅー、すべておファックだね!」
「け、けど私は師匠にあこがれて、」
「だから『同じ』ようなものを作ったのかい! それはもう、創作ではないねえ! ただのマネッコだよ! 幼稚園児の絵だってもうちょっと創作性があるね! だって自分なりに考えて描いてるんだから!」
「わ、私だって自分なりに考えて、」
「そもそも、死体で自己表現をしようだなんて、小生の『作品』をパクってるだけじゃないか! そこには君の主張なんてなにもないよ! ああ、『目立ちたい』って主張だけは痛いくらい伝わってきたけどね! パクりってのはみじめだねえ!」
「パクりなんかじゃ、」
「『同じ』なんて言葉が出てくる以上、少なからず小生のこと意識して作ったんだろう!? ってか、あこがれて作ったとかほざいてたねえ! 私も同じくらい目立ちたいからマネッコしてみた、君の『作品』なんて所詮そんなもんだよ!」
「マネなんかじゃ、」
抗うように小さく挟まれる牧山蓮華の声がどんどん震えていく。承認欲求の鎧に阻まれていた図星を突かれて、進退きわまっているのだろう。もうにっちもさっちもいかない。
今さら退くこともできない牧山蓮華を、無花果さんはどんどん言葉でもって追い詰めていくのだった。