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№14 『芸術』という名の暴力

 事件の翌日、僕は無花果さんのお見舞いに行った。


 花より団子だろうとチョコバットを十本ほど抱えて、救急搬送された病院へ向かう。


 ナースステーションで部屋の場所を聞いてから、目的の病室の扉を開いた。


「大丈夫ですか、無花果さ」


「もがががががががが!!」


 入るや否や、変な悲鳴が聞こえた。病室の入口で立ち尽くしていると、ベッドに横たわって包帯まみれの無花果さんの口に、りんごを丸ごと一個突っ込んでいる三笠木さんの姿があった。


「食べなさい」


「もが! もが!」


「一日一個のりんごは医者を遠ざけます」


「もがああああああ!?」


 ……相変わらずだなあ。


 入院患者のしおらしさなんて、期待した僕がバカだった。


 りんご攻撃から逃れた無花果さんは、包帯の隙間からなんとか三笠木さんをにらみつけ、


「なにしやがんだ!? こちとらくちびる縫合してんだぞ!? そもそもこんなん口に入るか!!」


「問題ありません。小玉を選んできました」


「問題だらけだよ!! てめえはどこまで鬼畜なんだ!? それとも『えーこんなおっきいのおくちはいんなーい』とかいうやつを期待してたのか!?」


「下衆の勘繰りはやめてください」


「……あのー」


 おそるおそる声をかけると、こっちに視線を向けた無花果さんの表情が明るくなった。


「やった! マトモな見舞い客だ! まひろくんがチョコバット背負ってやってきたぞ!」


「カモネギみたいに言わないでくださいよ」


 ばさ、とチョコバットの山をサイドテーブルに置くと、僕は三笠木さんの隣に丸椅子を引っ張ってきて座った。


「それで、怪我はどんな具合ですか?」


 チョコバットにかじりつく無花果さんの代わりに、三笠木さんが答えてくれた。


「肋骨、鎖骨、鼻骨などの骨折、打撲などで全治一ヶ月です」


「一ヶ月病院に監禁なんて、小生耐えられない! 助けてまひろくん!」


「おとなしく入院しててください」


「個室だからセルフプレジャーはし放題だけど!」


「お・と・な・し・く、入院しててください」


「なにさなにさ! どうせまひろくんは相手してくれないんだから、手土産に電マくらい持ってきてくれたっていいじゃないか!」


 ……このひとは……あんな目に遭ってもこの調子だ。


 もしかしたら、エロ本くらい差し入れしてもいいのかもしれない。入院したのは中学生男子じゃないはずなんだけどな。


「これを機に、あなたは禁欲すべきです」


「うるせー小生から性欲取ったら聖人君子しか残んねえんだよ!」


「それはいいことです。その穢れたたましいを浄化してください」


「だれのたましいが穢れてるって!?」


 また言い争いが勃発しそうになったところで、また病室の扉が開いた。次の見舞い客は、所長と八坂さんだった。


「あははー、元気そうでなによりだよー」


「外まで丸聞こえやったぞアホが、相変わらず騒々しいやっちゃ」


 所長はこんなところまで配信している。病院の許可はどうやって取ったのだろうか。


 八坂さんは、憎まれ口こそいつも通りだったけど、どこか神妙な気配を漂わせていた。いかついサングラスの容貌がいつも以上にいかめしくなっている。


「やあやあ、そろいもそろって仲良しこよしだねえおふたりさん!」


「アホンダラぁ、だれが仲良しやねん!? 行き先いっしょやったからバイクのケツ乗っけてきただけや!」


 怒鳴りつけてから、八坂さんは深くため息をついた。そして、重々しい口調で続ける。


「……牧山蓮華やけどな」


 そう、一連の犯行を行った女子中学生。


 警察に引き渡されたその後はどうなったのだろうか、それは僕も気になるところだった。


 八坂さんは肩を落として、


「精神鑑定の結果は真っ黒や。破瓜型の統合失調症で警察病院の精神病棟にぶち込んだったわ。当然、責任能力はナシやな」


 やっぱり、責任能力はないか。せめて自分のしたことを自覚して罪をつぐなってほしかったんだけど、そううまくはいかないらしい。


 そのあとで、対象的なお気楽口調で所長が付け足す。


「ネットの騒ぎもとりあえずは鎮火したよー。まあ、いくら視聴者たくさんいても海外鯖のアングラ配信だからねー。視聴者のみなさまも後暗いんだよねー?」


 ちら、と自撮り棒の先に目配せする所長。


「マスコミやネットに箝口令も敷いたからな。ことがことや、『模倣犯』がまた出てこんとも限らん」


 その判断は賢明だ。ネットの住人はすぐに感化され、暴走するものだと今回のことで痛いくらいに学んだ。現に、牧山蓮華は視聴者のひとりに刺されたのだ。


「……お前らも、わかっとったんやろ。いつかこうなることは」


 ぽつり、八坂さんがつぶやいた。


 そうだ、僕以外のみんなは予見していたのだ。


 だから、『作品』が事務所に届いたときに妙な緊張感が走った。あれは『とうとうやってきたか』という予感が当たったために生まれた空気だったのだ。


 八坂さんの言葉に、だれもなにも言わない。


 しばらくの沈黙の後、八坂さんは渋々といったていで続けた。


「あの『毒』は強すぎる。あんなん見てしもたら、思春期のガキなんてすぐマネしよるぞ。その結果がこれや」


 ……わかっている。


 牧山蓮華は『芸術』という名の暴力にあてられた。その圧倒的なちからに引きずられて、ひとをひとり殺したのだ。


 ときとして、『表現』はただの主張の枠に収まりきらないことがある。訴えかけ、煽る。見ているものの感情を、欲望を、情動を。


 だからこそ、ちからある『芸術』には、それなりの『責任』がともなうのだ。他者のこころを揺さぶるということは、そういうことだ。ヘタをすれば、見たものの人生まで壊してしまう。


 今回、無花果さんの『作品』は、ひとりの名もしれぬ中年男性と、牧山蓮華の人生をめちゃくちゃにした。八坂さんの言う通り、あの『作品』は劇薬だ。祈りであると同時に呪いでもあることを忘れてはならない。


「……いつまでこんなこと、続けるつもりや?」


 八坂さんの言葉が、僕たちを責める。『庭』の罪を観測し、確定する『監視者』のまなざしで。


「刃物や鉛玉やのうても、ひとは簡単に死ぬんや。肉体的にも、精神的にもな。今回、死人が生きとるやつを殺した。その死人に意味を与えたんはお前らや。お前らがよみがえらせた死体が、ひとを殺した」


 そう、『死体装飾家』の業とは、『責任』とは。


 そんなことを、今回の事件で突きつけられた。


 芸術は、ナイフよりも鋭くいのちを刈り取ることがある。だれかの人生を一変させることがある。ちからある芸術ならなおさらだ。


 特に、ひとの生死を問いかけるような無花果さんの『作品』は、そのまま見るものの生き方を変えてしまう。死に方さえも。


 そんな暴力、簡単に振るっていいはずがない。


 だから、今回無花果さんは『責任』を取った。牧山蓮華を見つけ出し、トドメを刺し、抵抗することなくそのこぶしに晒され、死にかけた。


 そこまでしなければ、あの『作品』の『責任』は取れないのだ。


 しばらくサングラスの奥から刺すような視線を無花果さんに向けてから、八坂さんは、ふん、と鼻を鳴らして、


「……自分らのやっとること、よう考えろや」


 その場にいる全員に聞こえるように宣言すると、そのまま病室を後にする。


 罪は無花果さんだけのものではない。この『魔女』のために存在する『庭』全体のものだ。


 全員が、『共犯者』。だれもが罪に加担している。


 僕だって例外ではない。


 この『庭』に『記録者』として存在しているということは、無花果さんの『相棒』であるということは、そういうことだ。


 僕にだって『責任』がある。


 しかし、その罪を共有しているからこそ、『庭』の結束は強いのだ。


 同じ罪で繋がる、『共犯者』としてのきずな。


 ……なんていびつなんだろう、と思いながら、僕はしばらく病室の沈黙の中に身を置くのだった。

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