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閑話2

※この短編には性的な描写があります(R15相当)

 本編とは直接関係ありませんので、苦手な方はスルーしてください




「だからね!? 小生のおまんじゅうから変な汁が出たからお医者さん行ったんだよ!」


 ……春原さんは今日も騒がしく、なにやら安土所長に訴えかけている。


 私はいつものようにキーボードを叩きながら、その会話の内容を聞いていた。


 私は今、先日『作品』に狂わされて失踪した、あの要領を得ない依頼人の後処理に追われている。小鳥遊さんは相変わらず事務所の奥の部屋から出てこず、日下部さんは買い物に出かけている。


 ……平和だ。


 依頼人の来ない探偵事務所は、これくらいでいい。


「そしたらね! なんか、くらみじあ?とか言われてね、お薬出されたんだよ!」


「あー、それ性病だねー。いちじくちゃんたら、あちこちで引っ掛けてくるんだから、要らないものまでもらってきちゃったんだよー」


 安土所長は配信を続けながら春原さんと会話している。つまり、春原さんの性病罹患は全世界に周知の事実としてばら撒かれているということだ。


「お薬飲んだら治ったけどさ! こんなことあって、小生この先どうすりゃいいのさ!?」


 なるほど、それで安土所長に泣きついているというわけか。歩く性病だとは思っていたが、まさか本当に性病を拾ってくるとは思わなかった。


 もう治った、とは言っているが、これは由々しき事態だ。かのゴッホも梅毒で死んだ。芸術家が性病で死ぬのは珍しいことではないのかもしれないが、春原さんに性病ごときで死んでもらっては困る。


 ……そう、困るのだ。


「えー、それ僕に言うー?」


「小生にとっては死活問題なの!」


「三笠木くーん、どうにかしてよこの子ー」


「了解しました」


「え!? そこで了解すんの!?」


 安土所長からの『命令』を受け入れた私はデスクから立ち上がり、目を丸くしている春原さんの腕を引いた。そして、そのまま強引に暗室へと連れていく。


 ぱたん、と光も音も通さない部屋の扉を閉めれば、春原さんとふたりきりになった。


 日下部さんの仕事部屋をこんなことに使うのは気が引けるが、仕方がない。


 春原さんは私の手を振り払って、早速鋭い視線を投げつけてきた。


「なんだよ!? 説教か!? 殴り合いか!? やってやんよコノヤロー!」


「そうではありません」


「じゃあなんだよ!?」


 握りしめたこぶしを解かない春原さんに視線を合わせるように、からだを少しかがめる。春原さんも身長が高いので、そう苦労せずに視線を合わせることができた。


 挑むようなまなざしを受け止めて、私は教え諭すように淡々と告げる。


「これからは、私があなたを『管理』します」


「……はあ!?」


 やはり戸惑うか。春原さんは言葉の意味を理解しかねているらしく、その目には疑問符が浮いていた。


 なので、私は説明を追加する。


「あなたには、『管理』すべき価値があります。そして、あなたの振れ幅は『調律』を必要としています。なので、私があなたを『調律』します」


 そう、これは『管理』であり『調律』だ。


 春原さんにとっての性行為とは、いわば『生』と『死』の間で揺れ動くおのれを安定させるための行為に見えた。『死』の間際まで近づいて、それでも『生きて』いると確認するという、至極動物的な行動原理。


 私は、そう理解していた。


 しかし、その行為は今回のようなリスクも生じる可能性がある。ともすれば、犯罪に巻き込まれる可能性さえある。


 そんな危険要素から春原さんを守るために、私は春原さんを『管理』し、『調律』する。これはいわゆるリスク回避だ。私の業務の範疇にあると言っていい。


 私は私の役割を遂行する。それに変わりはない。


「ははっ、なんだよ、てめえが相手するってのかよ!?」


「します」


「マジか!?」


「必要ですので」


 ようやく私の意図を理解した春原さんは、途方に暮れたように頭を抱えてうなった。


「うっそだろー……勘弁してくれよー……てめえ絶対セックスヘタじゃん……そしてちんこちっさいじゃん……小生そんなもんじゃ満足できn」


 ぼろん。


 スラックスのジッパーを下ろして取り出した私のペニスに、絶句した春原さんの視線が釘付けになる。


「…………へ?」


 目を点にしながらも、じっと見つめている。私の中に、特に羞恥心らしきものは発生していない。


「……え、あの、これ……」


 いつものお喋りを忘れて私の股間を指さす春原さんに、私はなんでもないように告げた。


「でしたら、試してみますか?」


「……ええっと、その……」


 煮え切らない態度の春原さんの下着だけを、私はさっさとずり下ろしてしまった。


 作業机に乗り上げるような格好で秘部を晒している春原さんに覆いかぶさって、私は喪服のふところからコンドームを取り出す。


「問題ありません。適切なサイズの避妊具は用意されています」


「ちょ、そんな凶悪なデカブツ突っ込まれたら、小生……!」


「少し、黙ってください」


 手早く性器にコンドームを装着すると、私はそのまま春原さんの内側にペニスを『ぶちこんだ』。


 ……そして、三十分ほど経ったころ。


 何度目かの精を放つと、私はようやく春原さんのからだを解放した。メガネがずれていたので、位置を直す。少し着衣が乱れてしまった。


 ネクタイを締め直してから、私はペニスからコンドームを外し、精液の溜まったそのゴム製品の口を縛った。


 対する春原さんは、まだ行為の余韻が残っているのか、半端な着衣のままびくびくと震えている。息を乱し、肌は朱に染まっていた。


「……このっ、このっ……!」


 涙目でにらみ上げられても、私は動じない。


「試してみてよかったですね?」


「……っ、そりゃあ満足したけどさ! なによりも、てめえに何回も何回もイかされまくったってのが、どうしても気にくわねえ!」


 見下ろした先で納得がいかない様子の春原さんが吠えている。しかし、それは私の役割を揺るがすものではない。


「これで全ては解決します、問題ありません」


「問題は、ねえけどさ……!」


「私はあなた専属の『調律師』になります。あなたは『管理』され、余計なことを考えることなく効率的に『創作活動』に没頭できる」


 それが、新たな私の役割。


 揺れ動く春原さんの定位置を知らしめる、『調律師』。


 リスクを回避し、外部要因から春原さんを守るには、こうすることが必要だった。


 私は、ずい、と春原さんの熱で潤んだ瞳に近づき、


「……なにより、『手っ取り早い』です」


 その耳元にささやきかける。


「あなたが自分で自分のことを制御できないと言うのならば、私がその役を担います。私は責任を持って、あなたを『管理』し『調律』します」


「……っ、でもっ……!」


「あなたがまだニンゲンでいたいというのならば、すべてを私に任せてください」


 言葉はそれで充分だった。


 春原さんは、く、と悔しげに歯噛みすると、私をにらみつけてから、


「ああ、わかった、わかったよちくしょう!」


 そう言い捨てて、乱れた着衣のままで暗室から逃げ出してしまった。


 あとには私と、情交のあと特有のなまぐさいにおいだけが残された。


 ひとりになって、改めて内省する。


 ……わかっている。


 これは、『管理』という名の『所有』『征服』だと。


 ニンゲン特有の、汚い『執着』という感情であることを。


 私はその感情に、コンドームのように『調律師』としての役割を被せて、春原さんを自分のものにしようとしている。


 繋ぎ止めようとしているのだ。


 こんな唾棄すべき欲望は、愛などではない。


 しかし、おそらく限りなく愛に近い。


 私の中に、本来存在してはならないものだ。


 だから私は、春原さんとは絶対的に交われない。肉体的には情交に及んでいようとも、精神的な距離は絶対にゼロにはならない。


 ニンゲンをやめた『最終兵器』と、半端にニンゲンを捨てきれない『死体装飾家』の交わりとは、そういった妥協の上に成り立っているのだ。


 おそらく、私は春原さんのことを生涯理解することはできないだろう。


 だからこそ、からだだけでも繋がっていたい。


 繋ぎ止めて、あの美しい『モンスター』を神話の中の魔物にしないように、大切に、大切に、その肉体を私のものにする。


 それより多くは望まない、望んではいけない。


 私たちの関係は、そういった不安定で小狡い妥協の上に成り立っているのだから。


「……適切な、距離感です」


 表情ひとつ変えずに自分に言い聞かせるようにそう呟くと、私もまた暗室を出た。


 精液のたまったコンドームをゴミ箱に放り込み、いつも通りにデスクについてキーボードを叩き始める。


「所長! 最悪だよあいつ!」


「いいんじゃないー? それで丸く収まるならー」


「よくない! 丸くないよとげとげのトゲピーだよ小生!」


「あははー。けど、性病もらってきて途方に暮れてたんでしょー? 一番の解決策だと思うけどねー」


「ぐぬぬ……!」


 春原さんは、私と性行為に及ぶことを良しとしない。


 その抵抗感は、『管理』を進めることによって徐々に取り払っていこう。


 私の『調律』がなければ、『創作活動』ができないようにしよう。


 ……ずきん、と春原さんが右肩につけた噛み跡が痛む。


 まるで、私を責めさいなむように。


 それは執着でしかないと、『呪い』をかけるように。


 私はそのすべてを無視した。


 これでいい。


 ……これで、いいんだ。


 無言でデスクの足を蹴り飛ばす春原さんを見て、私はただそう思うのだった。

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