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№3 消えた相方

「最近はテレビには出てないみたいだけど、どうしたんだい?」


 興味津々、といったていで無花果さんが尋ねると、ボケ担当は気まずそうに頭をかきながら、


「ああ……公表はしてないんですけど、相方今ガンで闘病中でして……」


「ほう、そうだったか! 重篤な状態なのかい?」


「……はい、もう長ないっちゅう話で……」


「それは残念だ! また見たいんだけどねえ、『しょっぱいスープ』の漫才!」


「続けたいのは山々なんですけど、僕も相方やないとお笑いする気せえへんっちゅうか……ともかく、『しょっぱいスープ』の芸は終わりました」


「……その相方はどうしたんですか?」


 ふたりの会話を聞いているうちに、イヤな予感がどんどん膨らんでいった。


 その核心に迫るようにおそるおそる尋ねると、ボケ担当はまた気まずそうに頭をかいて、


「その相方を探してほしくて、ここに来たんです」


 ……予感は当たってしまった。


「ご存知かとは思いますけど、ここは死体探し専門の探偵事務所です、相方さんはもう死んでるんですか?」


「ええ、おそらくは。今ごろはこの世におらんと思います」


「ガンで死んだんじゃないんですか?」


「それが……消えてしもたんです。うどん屋のトッピング無料券みたいに……」


「…………」


「…………」


「…………ええと、」


 急に黙り込んでしまったボケ担当に、戸惑い気味に声をかけると、申し訳なさそうに口を開いた。


「…………あの、ツッこんでもらえます…………?」


 ……めんどくさいのが来た。


 ボケのサガというか、なにごとにもオチをつけたがる芸人の本能というか、ボケっぱなしでは居心地が悪いようだ。


 しかし、あいにく僕はツッコミ芸は持ち合わせていない。


 なのでさくっとスルーして、


「けど、病院で闘病中だったんでしょう? だったら病室で死んでるはずじゃ……?」


「それが、話はそう簡単やないんですよ」


「ああ、その前に」


 これ以上踏み込んだ事情を聞くのは、このボケ担当から契約書にサインをもらってからだ。


「詳しいお話を聞く前に……この事務所のシステムはご存知ですか?」


 知らないで来るひとが大半なので、そこは確認しておかなければならない。


 ボケ担当は頭をかいてうなり、


「変わったシステムやっちゅうことは聞きかじってるんですけど、詳しくは……」


 やっぱり。話半分でやって来たようだ。


 どこから説明するか……ここで僕がミスれば依頼はなかったことになる。


 僕はできるだけ言葉を選びながら説明した。


「この探偵事務所では、捜索に関する費用は一切いただきません。死亡届や遺産相続なんかの諸手続きはオプションで費用がかかりますが、基本的にお代はもらってません」


「まあ、お金の話はええんですけど……そのカラクリはどうなってるですか?」


「話が早くて助かります。お金は必要ありません。その代わり……見つけ出した死体を、現代アートの素材として使わせてもらいたいんです」


 きっと驚くだろうし、戸惑うだろう。だれだってそうだ、急に死体を素材にさせてくれ、なんて言われたら。


 さて、このひとはどんな反応をするのだろうか……?


 ……ボケ担当は、いきなり『肛門みたいな』『梅干しみたいな』、いわく言い難い顔をした。顔のばーつがぎゅっと真ん中に寄せられている。なんというか、変顔だった。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………あの、ツッこんでもらえます…………?」


 ……またか……めんどくさいことこの上ない。


「もしかして、さっきのはリアクション芸というやつかい!?」


 また華麗にスルーしようとしている僕とは違って、無花果さんは目をきらめかせながら食い気味に問いかけた。


「まあ、そうです……なんかからだに染み付いてしもて……ともかく、驚きました」


 最初からそう言えばいいものを、どうしていちいちボケを挟むのだろうか。ここはスタジオでも寄席でもないというのに。


 お笑い芸人の習性というやつに辟易して、僕は話を仕切り直した。


「……ともかく、そういうことです。それでも依頼しますか?」


 今ならまだ逃げられるぞ。


 そんな思いをこっそりと抱いて、僕はボケ担当に問うた。


 ボケ担当はまた頭をかきながら、


「……ちょっと、いやだいぶびっくりしましたけど……僕らも芸人です。芸の道が奥深いっちゅうことは、ようわかっとります。現代アート、っちゅうのがどんなもんかはわかりませんけど……」


「ここにいる春原が世界的に有名なアーティストでして、死体を装飾して現代アートにします」


「小生も芸の道に生きるものだよ! わーい、おっそろーい!」


「そうなんですか……そんな有名な芸術家さんやったら、滅多なことはないと思いますけど……」


「もちろんです」


「小生がばっちり『作品』にしちゃうよ!」


 無花果さん、いつもより気合入ってるな……


 そんな無花果さんの言葉にこころを決めたらしいボケ担当は、居住まいを正して頭を下げた。


「せやったら、どうぞお願いします。相方の死体を探したってください」


 ……かくして、悪魔との契約は成立してしまった。


 それは、相方の『死』と向き合う覚悟を決めたということだ。死体を探してくれ、と頼んできた以上、もう相方は死んだものと確定してしまった。


 この契約は、そんな現実を受け入れるための通過儀礼でもある。いのちが繋がっているかもしれないという望みと、きっぱりと決別するための儀式だ。


 僕はできるだけ悪魔らしくうなずき、三笠木さんが出力してくれた契約書をテーブルに置いた。


「それでは、この書類をよく読んでからサインしてください」


「ついでに、カレンダーの裏にもサインをおくれよ!」


 やっとサインをもらうタイミングを見つけた無花果さんは、にこにことカレンダーの裏紙を差し出した。


 ボケ担当は軽く笑って、


「ほなら、順番にサインさせてもらいますわ」


「よろしく頼むよ!」


 ボケ担当は、まず書面をよく読んでから契約書に本名を書き込んだ。これで契約は正式に成立した。


 とはいえ、もともと死体をどうこうするなんて契約書、法的にはなんの拘束力もない。あくまで覚書程度のものだ。


 それから、ボケ担当は無花果さんからカレンダーの裏紙を受け取ると、ふところからサインペンを取り出して紙いっぱいにさらさらとサインをした。


「どうぞ」


「わーい! 金沢ボンドのサインだー! 小生額縁に入れて飾っちゃお!」


 両手でサインを掲げて、無花果さんは大はしゃぎだ。


 芸能人のサインひとつで大よろこびなんて、毎月億稼いでいる超有名アーティストの割には安い女だった。


「ああっ、握手も!」


「僕手汗すごいんですけど、それでよかったら」


 ボケ担当が差し出した右手を、無花果さんは両手で握りしめてぶんぶか振り回す。


「ぎゃはは! ほんとだ、すっごい手汗!」


「デブゆえに汗っかきなんですわ」


「写真もいいかい!?」


「なんぼでもどうぞ」


 そう言うボケ担当に早速肩を寄せると、無花果さんは自分のスマホでツーショットの自撮りを二、三枚撮った。


 画面で確認するとようやく満足したようで、


「わーい! ツーショだ! ぎゃはは、テレビよりちょっとだけイケメン!」


「あはは、そら光栄ですわ」


 軽く笑うボケ担当に、しかし僕はこれから相方の『死』ついての話を聞かなければならないのだ。


 なにせ、もう賽は投げられたのだから。ルビコンを渡れ。


 僕はソファに座って背筋を伸ばすと、ボケ担当に向き直った。


「それでは、より詳しいお話を聞かせてもらいます」


 今回は一体どんな珍妙な事情があるのだろうか?


 期待半分、戦々恐々半分で、僕は会話の口火を切るのだった。

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