「よーし、それじゃあ、小生思考のトレースがんばっちゃうぞ!」
そう、これから無花果さんの『質問攻め』が始まる。無花果さんはそこから得た情報を元にして、死体の行き先を突き止めるのだ。
きょとんとしているボケ担当に、僕はフォローするように告げる。
「これからする質問にはすべて意味があります。どんなに関係ないことだと思えても、正直に答えてくださいね」
「ああ、はい」
きっと華麗な推理が展開されるのだと思っているのだろうけど、無花果さんの『質問攻め』はくだらないものだ。
しかし、そんなくだらない質問はどれも思考のトレースに必要なものだった。
なにやら身構えているボケ担当に、無花果さんはまず『ジャブ』を放った。
「君たち、ホモなの?」
「ちゃいますちゃいますなんでやねん!?」
「おお、ボケ担当なのにツッコミもできるのだね!」
「いやいや、僕らの名誉のためにもツッコまざるを得んでしょう! そらまあ、ある意味『夫婦』みたいなもんでしたけど、性的な関係はありませんでしたー! だいたい、僕らふたり合わせてチビデブハゲメガネ30代童貞短小包茎ワキガ水虫ブサイク粘着質全部実績解除してるオッサンらの絡みとか誰得ですか!?」
「満漢全席だね! 小生ちょっと期待しちゃったんだけど、ナマモノは良くないね!」
「そうですよ! ともかく、普通の相方でした!」
「ぶっちゃけ、ギャラとか良かったのかい?」
「今度はそこ聞きますかー。全盛期はまあまあもろてましたよ。残りの人生遊んで暮らせる程度の蓄えはありますー」
「ほほう、そりゃあうらやましいね! ねえねえ、もしかして劇場って難波のあそこかい?」
「そうですー、NGKですー」
「うわあ、テレビで写ってたとこだ! 小生一回行ってみたかったんだよね!」
「ぜひぜひ遊びに来てくださいー」
「けど肝心の『しょっぱいスープ』が見られないことにはねえ! 芸能人やってると外もおちおち歩けないんじゃないかい?」
「普段は帽子とサングラスで一応隠すには隠してますけど、バレるときはバレますねー」
「バレたらどうするんだい?」
「そういうのは芸人ごとに対応ちゃいますけど、僕らは基本普通に笑顔で挨拶して、サインして握手して写真撮って、たまに小ネタ挟んだりして、ですねー」
「おお! 有名芸人なのに気取らないフレンドリーさ! そういうファンサはうれしいねえ!」
「みなさんにはぎょうさん応援してろてますんで」
「やっぱりネタ帳とかあるのかい?」
「そらありますよー。主に相方が書いてくれてたんですけど、実際にやるまで僕には見せてくれんのですわ。今度やるやつは、なんか風船おじさんとカラスの話で、カラスのボケに風船おじさんがツッコむ度に風船割るー、みたいなやつらしいんですけど、詳細はわからへんままですねー」
「なかなかメルヘンじゃないか! 『しょっぱいスープ』らしいネタだね!」
「実際にやれたらよかったんですけどねー」
「ところで、病室から持ち出されたものはあったかい?」
「そのネタ帳と財布だけですー。スマホも置いて、スウェットに着替えて」
「そして窓から大脱出ってことだね! 末期ガン患者にしては元気じゃないか!」
「ええ、本人は『自分死ぬ気せえへんわー』って笑ってましたしね。ほんまにもうすぐ死ぬなんて思えんくらい、普通でした」
「ガンなんてよくわからないからね! 君たちたしか結婚はしてなかったよね! なんか浮いた話とかなかったのかい?」
「さっきも言うたでしょー、こんなオッサンの数え役満みたいな男ふたりには文春砲は無縁ですわー」
「そんなもんかね! 面白い男は小生大好きだけどね!」
「こないな美人さんに言うてもろて、お世辞でもうれしいですわー」
「それじゃあ、最後に……君たちにとって、『笑い』ってなんだい?」
締めくくりの質問に、ボケ担当はしばらく考え込んだ。答えは出ているのに、それを言語化するのに苦労しているような表情だ。
やがて、おもむろにボケ担当が口を開いた。
「……たとえば、戦場に花が咲いてても、兵隊さんらはなんも思わんやないですか」
急に話が飛んで、よくわからなくなった。
それでも構わずに、僕たちは話の続きをうながす。
「けど、現地の子供らは『きれいや』って笑う。『笑い』って、分かりやすくてそんなにお金もかからんし、世界中のひとがわかる。そこに貧富の差とか地位とか国籍とか差別とかないんです」
そう、『笑い』はだれにでもできる、もっとも原始的な娯楽だ。貧困や戦争にあえいでいるひとたちだって、笑うことくらいはできる。そして、それはほんの少しの間だけ救いになってくれる。
銃弾や暗いニュースの飛び交う世界への、『しょっぱいスープ』なりの祈りが、『笑い』だった。
自分たちの『表現』が、だれかに届いて『笑い』が生まれる。少しだけひとをしあわせにできる。それはたとえいっときのものであれ、たしかな救いだ。
けど、きっとふたりはそんな高尚なことは考えていないだろう。ただ、自分たちはここにいるという『表現』を、ひとびとの『笑い』で確認している。救えた、という手応えでもって、その『表現』を完成させてきた。
お笑い芸人にとっての『笑い』は、『表現』や『排泄』であると同時に、『祈り』や『救い』でもあるのだ。
ボケ担当は照れくさそうに頭をかくと、苦笑して続けた。
「……とか、そんな大それたこと言ってますけど、僕らはただ『普通』のひとらに笑ってもらいたかったんです。『普通』でおってほしかった、笑えるだけで充分しあわせやん、って実感してもらいたかった。『笑い』って、すごい『普通』のことなんです。けど、せやから尊い。なんも特別なもんは要らへん、だれにでも使える魔法なんですよ」
笑うことは、ニンゲンであればだれでもできることだ。そして、ニンゲンにしかできないことだ。
ニンゲンをニンゲンたらしめている『普通』、それが『笑い』だと、ボケ担当は言っている。
笑って、少しだけしあわせを感じて、なあんだ生きてるじゃん、と思える瞬間。
そんな瞬間を、『しょっぱいスープ』は世の中に発信してきた。尊ぶべきものとして、『表現』してきた。
そこには、たしかに『笑い』に対するリスペクトがあった。『表現者』としての誇りがあった。
「やから僕らは笑わせた。しあわせを分かってもらうために。どんな状況におっても、笑っとればそれは『普通』のことになるんやって。笑えたらそれだけで勝ちなんですよ。『笑い』は勝者の表情なんです。みんな笑っとれば一等賞や。せやから、僕ら『しょっぱいスープ』は、『笑い』で繋がる隣合って戦場に咲く花やった……僕らにとっての『笑い』は、みんなの首に下げる金メダルやったんです」
笑ったもん勝ち、全部笑い飛ばしてしまえ。
そのために、『表現者』として『笑い』を提供する。今この瞬間、ふたりのギャグで笑っているお前たちは、まぎれもない『普通』の勝者だと。だれよりもしあわせなのだと、ふたりは叫び続けてきた。
……そんな『生』を歌ってきたふたりのうちひとりが、『死』を迎えた。
話を聞いた僕は、改めて圧倒的な喪失感を覚えた。
惜しいひとを亡くした、とはっきり言える。
……その前に、死体を探さなければならない。
そして、僕たちも『表現』しなければならない。
ふたりとは違う、『死』を想う『表現』を。
「よし、今回は八割がた理解!」
「……『おおむね理解』じゃないんですか?」
「八割がた、だよ!」
偉そうに胸を張る無花果さん。
……こんな、芸能人に興味津々なパンピのような質問でなにがわかったのか、相変わらず謎だ。
それはボケ担当も同じだったらしく、戸惑いの表情を浮かべている。
しかし、これで『八割がた』死者の思考はトレースできた。
あとは例のごとく小鳥さんに情報収集を任せるのだろう。
ボケ担当の語る『笑い』の世界に感じ入った僕は、しばらくの間、いなくなったツッコミ担当に思いを馳せるのだった。