ぱしゃり。
道頓堀のグリコ看板の前で、嬉々としてグリコポーズをする無花果さんを撮影する。
ぱしゃり。
くいだおれ人形と肩を組む無花果さんを撮影する。
ぱしゃり。
たこ焼きで舌を火傷しながらほふほふ言っている無花果さんを撮影する。
ぱしゃり。
呆れ顔でお好み焼きをひっくり返す三笠木さんを撮影する。
ぱしゃり。
なんでもない空を撮影する。
ぱしゃり。
ぱしゃり。
ぱしゃり。
僕のフィルムには、たくさんの大阪の風景が焼き付けられていった。ご機嫌の無花果さんと、少しだけ眉間にシワを寄せる三笠木さんといっしょに。
そうやって大阪の夜を蓄積しながら、僕たちはしっかりと観光を楽しんでいた。行き交う関西弁の中を泳ぎ、少し違った熱を帯びる夜の中、カオスな街を散策する。
ドンキでクソダサい大阪ご当地Tシャツとたこ焼きキティちゃんのマスコットを買い、それだけでご満悦なのだから、無花果さんは大金持ちのくせに安い女だ。
それは三笠木さんも同意見らしく、途中でラムネのタブレットを買った以外は特に買い物らしいものはしていない。
僕も、帰りはばたばたになりそうだったので、先に所長たちへのお土産を買っておく。
そして観光の〆として、新世界の高架下の串カツ屋台へとやって来た。
水曜の夜とあって、僕たち以外に客はいない。屋台の店主はばりばりの関西弁で歓迎してくれた。
「おおきにやで!」
「その間違った関西のイントネーションは無様です。やめてください」
「うっさいわボケえ! って、八坂のオッサンのマネしとったらええんやで!」
こんなところで持ち出された八坂さんは、きっと今ごろ警察署でくしゃみをしていることだろう。
じゅわじゅわと串カツが揚がる音と、新鮮な油のにおいが食欲をそそる。聞いたところによると、揚げるのは肉ばかりではなく、レンコンやらアスパラチーズベーコンやら、他にもいろいろな具材があるらしい。
とりあえずお任せで揚げてもらって、カウンターがたちまち大皿で埋まった。三人前ともなるとけっこうな量だ。
「おおー、これこれ! 早速食べようぜ!」
「猫舌なんですから、ちゃんとふーふーしてから食べるんですよ、無花果さん」
「わかってるよ、まひろくん!」
そう言うと、無花果さんは揚げたてあつあつのアスパラ揚げをじゃぶん、とソースにつけた。ソースが入っているのは薄汚れたペン立てみたいなものだ。
たっぷりのソースがついた串揚げにざくっと歯を立てると、
「あっっっっっっっつ!!」
わかっていなかった。無花果さんは舌をやけどしながら、いじましくはふはふとアスパラ揚げを頬張る。
「んー、おいし!」
「やっぱり揚げたては違いますね」
チーズぺーコンを食べながら、僕も目を見張る。さくさくとした衣と、濃厚な自家製ソース。なんでもかんでも揚げればおいしいという意地を感じた。これが一本五十円なんて信じられない。おそるべし、大阪。
続いて大葉のはさみ揚げを頬張る無花果さんは、一度串をつけたソースに再び串を突っ込もうとした。
それをさっと制止する三笠木さん。
「串カツのソース二度漬けは、ジュネーブ国際協定で禁止されています」
「知ってるよそれくらい! 小卒舐めんな!」
「それはウソです」
「くきいいいいいい! こんなタイミングで笑えねえボケかましてんじゃねえよポンコツが!」
「しかし、ソース二度漬けは大阪のルールに抵触しています」
「知ったこっちゃねえ! おら二度漬けじゃ!」
「やめてください、追い出されますよ!」
「ピヨったな、まひろくん! カラシ塗ってやんよじゃあ!」
「普通に食べません? せっかくのおいしい串揚げなんですから……」
「そうです、あなたは食事の際は静粛にすべきです」
「うっせ大阪は笑いの街や! 騒々しくてちょうどええやで!」
「猛虎弁になってますよ、無花果さん」
「せやかて工藤!」
「それ、服部平次言ってませんからね」
「大阪って言ったらこれやろ!」
さくさくと串揚げの衣を咀嚼する音と、騒がしいおしゃべりがデュエットを奏でる。マックのポテトもそうだけど、どうも食べる手が止まらない謎の魔力がある。同じ揚げ物だからだろうか。
「なに、おにいさんら東京から来はったん? えらいおもろい話してんなあ!」
屋台の店主が読んでいた新聞を畳みながら話しかけてきた。無花果さんはレンコンをかじってから、
「我が名は無花果! 東の国より参った!」
「アシタカごっこはしなくていいですから……東京ではないですけど、その近くから来てますよ」
「へえー、そうなん! ワシらヒガシのことは全然わからへんからなあ! がはは!」
「僕たちも、関西初めてでして」
「なに、仕事? 観光?」
「あ、両方です」
「そうかそうか! おにいちゃんら、葬儀会社関連のひとなん? シスターさんと、喪服のにいさんと……自分はなんや、普通のワカモノやな!」
「まあ、カメラマンです」
「ああ、首からカメラ下げとるもんな! そんな若うて、立派に仕事しよる! 男子一生の仕事っちゅうもんはそうやないとアカン!」
「はあ、ありがとうございます……」
「ほれ、おっちゃんからのサービスや! 特上串カツ三人前用意したる!」
「さっすがあきんどの街大阪! サービスいいね、オッサン!」
「がはは! おねえちゃんも美人さんやしな!」
「照れるでー!」
そう言うと、店主は肉の下ごしらえを始めた。
義理と人情の街、というのは間違いではないらしい。
ひととひととの距離感がやたらと近い。一言話せばもう知り合いで、会話をすればもう友達だ。
こういうの、関東では嫌がられるだろう。ともすれば空気読め、と言われかねない。
しかし、ここは大阪。袖すりあうも他生の縁の街。
なによりもひととの縁を大切にする、そんな浪花節の街だ。
……もしかしたら、無花果さんのノリはどちらかというと関西寄りなのかもしれない。事務所ではやたら近いと思っていた無花果さんとの距離も、この街では自然に感じられた。
「ほれ、揚がったで!」
目の前に、三本の牛串揚げが乗った皿が出される。まだじゅわじゅわと油の泡が弾けていた。揚げ物の魔力がぎゅうぎゅうに詰まっていて、今すぐ食べてと洋画の美女のように僕たちを誘惑している。
「おおー! おおきにやでオッサン!」
僕たちはそろってその串を手に取り、順にソースにつけると、
『いただきます』
さく、と牛串カツに歯を立てた。肉の油と揚げ物の油、舌に刺さるくらいさくさくの衣に濃厚なソース。
そのすべてが口の中で弾けた。
『……おいしい』
また三人そろって目を輝かせる。三笠木さんさえ、メガネの奥のいつものカメラアイをきらりと光らせた。
「くあー! 大阪サイコー! やっぱすっきゃねん!」
たかじん節全開で串カツに食らいついて、無花果さんが歓喜の声を上げた。三笠木さんも熱心に黙々と串カツをかじっている。
……来てよかったな、と思ってしまった。
最初は無花果さんの突発的なワガママだったけど、これでずいぶんと大阪の街の空気感がわかった。
……あのお笑いコンビのホームタウンである、大阪で吸う酸素の味。
そんなものもいっしょに飲み込んで、僕はソースの染みた串カツを頬張る。
これもまた、『創作活動』に必要な旅だ。だからこそ、三笠木さんも同行の『必要』性を認めていっしょについてきた。僕だって、そこに写すべきものがあると感じて大阪までやって来た。
……ともあれ、今はこの街のテンポを楽しむことに集中しよう。
大皿を空にして、代金を支払って、店主に見送られながら僕たちは屋台を後にした。
まだ夜は長い。
今度はどこへ行こうか?
ジャングルクルーズはあと少しだけ、続くのだった。