「みなまで言うな!」
すっかりお約束になった『種明かし』も、今回は三笠木さんがいっしょだ。
もの問いたげな三笠木さんに手のひらを突きつけて、無花果さんは先んじて叫んだ。
「わかってるよ! どーせ、『あなたはなぜここへたどりつきましたか?』とかしょーもないこと聞いてくんだろ!」
「あなたはなぜここへ……」
「それはもういいんだよ! なんでそこでてめえまでボケんだよ!? 空気読めよKYマシンが!」
「じゃあ、聞かせてください。今回はどんな思考をトレースしたんですか?」
代わりに僕が問いかけると、無花果さんはやれやれと肩をすくめて、
「今説明するよ……まず、ツッコミ担当は『劇場で死にたい』と言っていた。そして、死の間際で病室から脱走した。これはいいね?」
僕がうなずくと、無花果さんは続ける。
「最初の問題は、『本当にひとりで劇場に向かったのか?』だよ。自分の意思とは無関係に連れ去られたのかもしれないし、だれか同行する協力者がいたかもしれない。しかし、浮いた話ひとつないツッコミ役だ、そこまでしてくれるパートナーはボケ担当くらいしかいないだろう。そのボケ担当が死体を探しているんだから、その線はナシだ」
「連れ去られた可能性は?」
「スウェットに着替えて行っただろう? それに、財布も持ってる。連れ去られたにしては、ずいぶんと準備万端すぎるだろう? なので、誘拐の可能性も薄い。略取されたわけでも、協力者がいたわけでもないということは、本当にひとりで劇場へ向かったという可能性が非常に高い」
「けど、劇場には死体はなかった……」
「そう。それでも劇場にたどり着けなかったってことは、その道すがらに『なにか』があったと考えるのが自然だ。事故の可能性もある。けど、ここら一帯は一方通行の細い路地だらけだ、ひき逃げされて死体をそのまま山なんかに捨てられたとは考えにくい」
そこで、無花果さんは人差し指を一本立てた。
「となると、なにかしらの事件に巻き込まれたと考えるべきだ。それなら、死体が見つからない説明がつく。ならばどんな事件に巻き込まれたか? シンプルに考えると、強盗かなにかに遭った可能性が高い」
「その根拠は?」
「根拠たあ、笑わせる! 言っただろう、シンプルに考えようって。だれもが顔を知ってる有名芸能人だ、しかもテレビから消えた理由は公表してない。あまり目立つ事はしたくなかっただろうから、公共交通機関は使えない。劇場から病院は近いし、徒歩で向かったんだろうね」
「その途中に、連中に襲われた……」
「その通りだよ! ちょっと変装していてもすぐバレるらしいから、目ざといやつなら気づくだろうね。有名お笑い芸人、ギャラもたーくさんもらってたということは一般人にだってわかる。連中にとっちゃ良いカモだ。それに、まさか末期ガン患者でそろそろ死ぬだなんて考えもしなかっただろうね、見た目は死ぬなんて信じられないくらい健康体だったそうだし、着ているのも入院着ではなく普通のスウェットだった」
「だから、襲ったんですか?」
「そりゃあそうだよ! だって相手は気さくなお笑い芸人だよ? 声をかけられたって、いつものようにファンサをしようとしただろうね。そんな無警戒なわかりやすい金持ち有名芸能人が、NGK近辺なんて治安の悪いところ夜にのこのこ歩いてるんだ、襲ってくださいと言わんばかりじゃないか! そういうわけで、劇場に向かう途中にチンピラどもに襲われて身ぐるみ剥がれて捨てられた、そういう結論にたどり着いたのだよ!」
「小鳥さんにはなにを調べてもらったんですか?」
「この辺をナワバリにしてる悪童たちの情報さ! 最近のチーマーってやつぁ、SNSでも承認欲求丸出しで助かるよ! 素性を調べてもらってアジトの場所も特定してもらって襲撃して情報を聞き出して……そして、今に至るわけさ! 以上、説明終わり! 小生疲れた!」
……なるほど、それで今回は『おおむね』ではなく『八割がた』理解したのか。
大阪に出張した理由、三笠木さんを連れてきた理由、チンピラたちのアジトを潰した理由、すべてがわかった。
今回は荒っぽいことになると、無花果さんは予見していたのだ。実際に三笠木さんがいなければ、僕たちだけでは手も足も出なかっただろう。ヘタをすればツッコミ役の二の舞だ。
三笠木さん……『最終兵器』のちからを頼りにチンピラたちの口を割らせ、捨てた場所を聞く。さすがにそこまでは思考のトレースだけではわからないから、直接訪ねるしかなかった。
そして、僕たちは今、死体を前にしているわけだ。
……道半ば、という言葉がぴったりの結末だ。
最期はチンピラに襲われて死ぬ、なんて、ウェスト・サイド・ストーリーじゃあるまいに。必死にひとを笑わせてきたお笑い芸人が、そんなひとたちに殺されてしまうなんて、あんまりな話じゃないか。
……けど、ツッコミ役は笑っている。
最期まで『笑い』を貫いて死んだ。
これでいいのだ、とバカボンのパパのように笑って。
ぼこぼこにされながらも、それでも笑って死んだ。
……だとしたら、僕たちはそのこころいきに応えなければならない。
死体をちゃんと相方の元に帰さないと。
その前に、この『笑い』の化身のような死体を、ふさわしく『装飾』しなければ。
ひとりの『表現者』が死に、その死に様を別の『表現者』が受け継いで形にする。これは芸術のバトンだ。
無花果さんの『創作活動』は、ひとの死を未来へと繋ぐ役割も担っている。
終わらせないために、一旦『終わらせる』のだ。
……それに、僕も見たい。
無花果さんはこの物語を、どんな風に噛み砕いて消化して排泄するのか?
そこにある真実の『光』とは、どんな風に僕のフィルムに焼き付くのか?
そして、ボケ担当はそんな『作品』にどう向き合うのか?
きっと、きれいなだけの結末ではない。
けど、泥にまみれた蓮の花のように咲くであろう『作品』。
僕にできることは、その『作品』を、『創作活動』を、『結末』を『記録』することだけだ。
頼むぞ、と首から下げたもうひとりの『相棒』をひとなでする。
「さあさあ! 前フリも済んだし、とっとと死体を運んじまおうぜ! なにせ今回は男手がふたりもいるんだ、簡単簡単!」
無花果さんはやっぱり手伝ってはくれないらしい。
僕と三笠木さんで生ゴミの山からぼこぼこに暴行された死体を引っ張り出していると、そのふところからなにかがこぼれ落ちた。
それは擦り切れた一冊の大学ノートだった。
「ふむふむ……」
さっと拾い上げて、内容を一瞥する無花果さん。
「ほう、これがウワサのネタ帳だね! 『創作活動』の参考にするために小生が預かっておくよ!」
自分のふところにネコババすると、無花果さんはやれ急げほれ急げと僕たちをせっついた。
……まさか新幹線に死体を乗せて帰るわけにはいかないから、このままレンタカーで帰るしかないか……
三笠木さんもこころえている様子で、スマホでレンタカー会社に連絡して、貸出期間を延長してもらっていた。
死体をレンタカーのトランクに乗せて、やって来たときと同じように無花果さんと三笠木さんといっしょに車に乗り込む。
むせかえるような死臭が車内に充満していて、返却時になにか文句を言われやしないかとひやひやした。
「さて、我らがホームタウンに帰ることにしようじゃないか! 出発おしんこきゅうりのぬか漬け!」
そんなことは一ミリたりとも気にしていない様子の無花果さんが、がん、と運転席の背もたれを蹴ってきた。
はいはい……とエンジンをかけると、僕たちは『庭』へと帰還するのだった。