「えー、コラボー?」
いつものようにお使いから帰ってくると、所長の声が飛び込んできた。いつものように配信しているようで、しかしその声にはどこかめんどくさそうな色が含まれていた。
「それみんなの前で言っちゃうー? あははー、まあいいけどさー。ネタとしては面白いしー。けど、ウチきついよー? 一週間耐えられるー?」
自撮り棒で配信をしながら、電子タバコを吸って苦笑いする所長。
コラボ? 一週間??
わけがわからないまま眺めている間にも、配信は続く。
「おっけー、わかったよー。明日から一週間、ウチでバイトねー。大丈夫だよー、ちゃんとお給料は渡すからさー。お互いネタはあった方がいいもんねー。はーい、コラボけってーい!」
「バイト、来るんですか?」
お使いを頼まれていた電子タバコを渡すと、所長はスマホから視線をはずしてにこにこと答えた。
「うん、明日から一週間、視聴者の中の有名ティックトッカーがウチでバイトしたいって言うからさー。無下には断れないじゃんー? ってことで、コラボけってーい」
「なになに、なんか面白い話!?」
早速無花果さんが食いついてきた。目をきらめかせる無花果さんに所長が説明すると、うーんとうなって、
「おもしれーやつだったらいいんだけどね! まひろくんよりもつまらなかったら速攻で叩き出すよ!」
「なんで僕が基準なんですか」
「最低ラインだからさ!」
「まあまあ、そう言わないでよー。この界隈、横のつながりも大切なんだよー。僕の顔に免じて、ねー?」
「まあ、所長がそう言うならー? 小生もー? 歓迎してやらんくもないけどー?」
……めんどくさいな、このひとも。
誘い受け全開な無花果さんをよそ目に、三笠木さんはいつものようにかたかたとキーボードを叩いている。
「部外者を入れることは感心しません」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよー。一週間だけ、ただのコラボ企画だからさー」
「ねえねえ、小生ももっと有名になっちゃうかな!?」
「そりゃあねー、相手は有名ティックトッカーだからー」
有名ティックトッカー……あんまり良い印象は持てない。
別にTikTokをバカにしているわけではないけど、どうもあの手の人種の承認欲求は倦厭してしまう。
……ふと、あの『模倣犯』のことを思い出した。
また、あんな風に最悪の結末にならなければいいんだけど。
僕の心配をよそに、どんどん具体的な話が進んでいく。
そういうわけで、明日から新人バイトが来ることが決まった。
「どもー、ティックトッカーのカゲローでーす! 高校中退してやってまーす! 17歳ですよろしくおねしゃーす!」
へらりと笑って一瞬だけ頭を下げる仕草を見せ、カゲローさんは早速自撮り棒の先のスマホに向かってしゃべり出した。どうやら配信中毒具合では所長と負けず劣らずらしい。
ブリーチした髪をマッシュにしていて、ばちばちにピアスが開いている。いかにも流行に敏感そうな、最新のファッションに身を包んでいて、スマホだって最新機種だった。
……ノリが軽すぎる。
第一印象としてはそんなところだった。
17歳と言ってるけど、僕が17歳だったころはもうちょっと落ち着いていたような気がする。たった二年前の話なのに、カゲローさんよりずっと年上になったような気分になった。
カゲローさんはあいさつもそこそこに、所長と肩を組んでスマホに向かっている。距離感がバグっていた。無花果さんもたいがいバグっているけど、それとはまた違ったバグり具合だ。
……なんだか、馴れ馴れしいというか、こういうの苦手だな……これが陽キャというやつなのか。
あいにく陰キャな僕は、そのノリについていけそうにない。
「やってきました安土探偵事務所! これは撮れ高期待できる! なんたって死体専門の探偵事務所でバイトなんて、そうそうできる体験じゃないっしょ! あ、インスタとXとフェイスッブックとYouTubeも見てね! そのうち撮れ高ばっちりの動画アップするから!」
そこでやっと自撮り棒を下ろしたカゲローさんは、次に無花果さんに目をつけた。すすー、っと近づいていって、
「おねーさん、乳も背もめっちゃでかいっすね! しかも超美人じゃん!」
いきなりそこをついてくるか。
たしかに、無花果さんは長身で巨乳だ。それは褒められるべき美点だけど、急に身体的特徴に言及するのはよろしくない。
しかし無花果さんは気分を害した様子もなく、誇らしげに胸を張り、
「まあねー!」
「おねーさんみたいなひとが芸術家とか、ギャップサイコー! しかも死体使うんでしょ? 見せてくださいよー!」
「君君、そんな簡単に死体は出てきたら、小生苦労しないよ! だからこそ探偵なんてやってるんだから!」
それを聞くと、カゲローさんは近づいてきたときと同じように、すすーっと音もなく離れていき、
「なーんだ、撮れ高期待できたのに」
軽く落胆した様子で、そんな風につぶやく。乾燥しきった声音だった。
……なんだか、違和感が拭えない。
ちぐはぐというか、ここにいることがおかしいというか。
しかし、僕だってかつては『部外者』だったのだ。もしかしたら、他のメンバーだって今の僕と同じような感想を持っていたのかもしれない。
そう考えると、あんまり無下に扱うのもかわいそうな気がしてくる。
「あ、まひろさんっすよね? カメラマンの!」
今度は僕に照準を合わせてきたカゲローさんは、いきなり肩を組んでくると許可もなくスマホでツーショットを撮ってきた。
文句を我慢していると、カゲローさんは僕の手を取ってぶんぶか振り回し、
「同じ撮影者として尊敬してるっす! よろしくおねしゃーす、先輩!」
……ダメだ、この距離感が受け付けない……
やっと握手から解放されて、今度は事務所の様子に興味を持ったカゲローさんは、相変わらず撮影許可も取らずに動画を撮っている。
そして、ふと事務所の奥にカメラが向けられた。
『巣』とポップな書体で書かれたプレートがかかっている、開かずの扉だ。
「なんすか、これ?」
無断で開けようとするカゲローさんをやんわりと制して、所長が告げる。
「あー、それはねー、開けないでねー。小鳥ちゃん、こわがっちゃうからー」
「えー、気になるー! だれっすか、小鳥ちゃんって!」
「ウチの頭脳みたいなもんかなー。無花果ちゃんが実働する頭脳なら、小鳥ちゃんは安楽椅子探偵みたいなもんだよー。資材からUberまで、なんでも調達してくれるしねー」
「そうなんすか! ヒキコモリなんすか?」
「うーん……まあ、実質ヒキコモリだねー。すごくこわがりだから、そっとしといてあげてねー」
「……へえー……」
含みを持たせるようにつぶやいて、カゲローさんは未練がましくプレートだけを撮影していた。
……なんだか、イヤな予感がする。
本当に、バイトなんて入れてよかったのか?
いやいや、僕だってバイトじゃないか。元々はカゲローさんと同じ『部外者』だったわけだし。
とはいえ、どうしても異物感は残った。
これから一週間、なにごともなければいいけど……
「えっ、なんすかいたんすかおにーさん! めっちゃ仕事してるけど!」
「あなたは騒がしいです。私を撮影しないでください」
「あははっ! なにそのGoogle再翻訳みたいなしゃべり方! ウケるー!」
撮影するなと言われてなお、カメラを向けているカゲローさんを、三笠木さんは一瞥もしなかった。
……そんなこんなで、新人バイトの一日目は自己紹介と業務内容説明、この事務所についての説明で終わっていくのだった。