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第32話 乙女スペック

 放り込まれた絨毯部屋の中で、わたしは一人、おくるみ絨毯にくるまれた水晶龍の卵を抱きかかえていた。

 ペタンって座った膝の上にのっけて。

 卵をナデナデしながら、物思いにふける。


 骨浴チャレンジ自体は、好感度アップに繋がったと思う。

 骨浴推進派のレイジンからしたら、頑なに「わたし、そんなの出来ません」って拒み続ける女の子よりも、果敢にチャレンジする女の子の方が、断然好感度が高めのはずだ。

 だけど、推進派であるレイジンから勧誘を受けていたのに、そのレイジンに内緒でレイジンがいない間に骨浴体験をしちゃったのは、マイナスだった。

 まさか、あんなにショックを受けるなんて思わなくて。

 まあ、星導せいどう女子たちが任務の際の混浴(?)を気にしてないから、乙女の恥じらいという前提が頭からすっぽ抜けていたが故のガチショックで、ルーシアの指摘を受けたことで、一応、「そういうものか」と納得はしていたけれど。

 その後は、わちゃっとなってからのエイリンの「パトロールの結果を踏まえて、今後のことを話し合いましょう」進言で仕事モードに切り替わり、わたしは絨毯部屋に放り込まれちゃったから、わたしの骨浴チャレンジに対するレイジンの最終的な温度感が分からないままなんだよね。

 星導女子の大らか骨浴観に慣れ親しんでしまったレイジンが、わたしの乙女の恥じらいについてどう思ったのか分かんないままなんだよね。


 チキュウの女子は奥ゆかしいな……って好感度が上がったのか。

 星導じゃない女子は面倒くさいな……って好感度が下がっちゃったのか。


 レイジンの心を掴むつもりの決死の骨浴チャレンジだったのに、そのせいで逆に心の距離が開いちゃうかもしれないとか、うう、最悪…………。

 じわり……と胸に広がる不安を誤魔化すように、わたしは水晶卵をひたすらに撫でた。

 そうすると、少しは落ち着いて来る。

 そして、落ち着いてくると、卵に申し訳なくなった。

 こんな気持ちでナデナデするなんて、胎教に良くないよね。

 もっと、前向きにならなきゃ。

 挽回の方法を考えなきゃ。


 そして、わたしは閃いた。


 たとえ、ファースト骨浴がマイナス案件だったとしても。

 それでも、わたしが骨浴を体験したことで交わせる会話がある。

 骨浴談義だ。

 骨浴を体験したからこそ出来ることがある。

 骨浴について、熱く語り合うのだ!

 そのためにも、しっかりと骨浴体験を振り返らねば――――!


 ――――で、振り返った結果。


 棚上げしていたとある恋の大問題を思い出し、心も時も、燃え上がるどころか凍り付きました。

 その大問題とは、あれですよ!


 天使級美少女のレイシアさん!


 あの可憐にして華麗な天使の美少女っぷりを思い出しちゃったら、そりゃーもう!

 青褪めまくりの、冷や汗流れまくりだよ!

 せっかく骨浴でスッキリさっぱりしたのに、嫌な汗でじったりしちゃうよ!

 出来れば当たっていて欲しくない『たぶん』ではあるんだけど!

 こういう『たぶん』は当たっちゃうんだよね!


 いろいろと謎はある!

 謎はあるけど、でも!


 レイシアさんは、たぶん本当に本物のお姫様ってヤツなんだと思うわけよ。

 でもって、わたしに寄生中だっていう白い鍵の力の持ち主……のはずなわけよ。


 わたしの中に宿っているのは鍵の力で。

 レイシアさんは、その持ち主。


 それは、たぶん。

 間違いないと思うのよ。

 根拠はない。

 でも、そういう感じがするの。

 感覚、大事。


 でもって、それって、つまり?


 意識の一部が鍵に宿ってるってことなの?

 それとも、本体とリンクしていて、レイシアさんが眠っている間だけ意識を共有……いや、夢として、わたしの人生をチラ見している感じ? なの?

 うん。分らん!

 とゆーか、理由とかは、どうでもいい。

 そこは、問題じゃない!


 それよりも! それよりも、だ!


 レイシアさんは、レイジンのことも、夢で見ちゃったりしてる?

 でもって、わたしがレイジンに恋しちゃったみたいに。

 わたしを通じて見た夢の中のレイジンに、恋に落ちちゃったり……してない?


 ズーン――――って、胸とお腹の境目くらいに重苦しいものが生まれた。

 冷たいブラックホールみたいに、それは。

 わたしのすべてを呑み込もうとしている。


 だって、このままじゃ。

 ポイ捨て恋愛ヒロインルート確定じゃない?


 レイジンが惹かれたのは。

 レイジンが焦がれたのは。

 レイジンが求めたのは。


 この星界から別の世界へ流れ落ちていった白い光。

 白い光を纏う鍵の力。

 レイシアさんの…………鍵の力。


 焦がれた光の持ち主が、あんな人智を越えた天使級美少女だって知ったら。

 男はみんな恋に落ちるんじゃない?

 普通は恋に落ちると思う。

 むしろ、それが自然な流れ。

 その上、レイシアさんの方もレイジンを好きになっていたとしたら。


 わたしの恋が実る可能性0パーセントだよね?


 や、レイシアさんがどうであれ。

 レイジンがレイシアさんを好きになっちゃったら、たら…………。


 視界が滲んで、ポツリと卵の上に水滴が落ちた。

 零れ出そうになった嗚咽は、無理矢理飲み込んだ。

 グイっと袖口で涙を拭う。


 落ち着け。

 それは、今はまだ、ただの妄想。

 確定した未来じゃない。


 だって、相手は王女様。

 想い合っているからって、結ばれるとは限らない。

 身分の壁ってヤツが、二人を阻んでくれるかもしれない。

 そんなのに頼るなんて卑怯かもしれないけど、でも。

 でも、諦めたくない。

 つけ込む隙があるなら、全力でつけ込みたい。

 それくらいのハンデは、あってもいいと思う。

 だって、乙女スペックが違いすぎるんだもん!


 いや、でも、だけど、そうなる前に。

 レイジンがレイシアに出会って恋に落ちちゃう前に。

 少しでも関係を深めねば…………!


 グルグル悩んでるぐらいなら、今できることをしよう!

 今ここで、少しでも関係を深めておけば!

 それこそが、身分の壁が仕事をしてくれた時のつけ入る隙になってくれるはず!


 タイムリミットは、星導教会に到着するまで。

 到着してすぐに鍵の力をお返しすることになるのかは分からないけど、そう思っておいた方がいい。

 鍵の力だけを取り出して王女様にお届けするのか、その場に王女様も立ち会って、直でお返しすることになるのかも分からないけど。

 その時に、二人が出会ってしまう前提でいよう。

 しくじりたくない!

 まだ時間があるって余裕かましてたら手遅れだったとか、泣くに泣けないもん!

 いや、泣くけど!

 でも、そんな泣き方は、したくないもん!


 だから!


 星導教会本部到着までの数日の間で、着実に好感度を上げていく!

 でもって、やり過ぎてウザがられない程度に好き好きアピールもしていく!


 そして!


 本来ならば、ここで告白の流れかもしれないけど!

 不慮の事故により、匂いハラスメント込みのプロポーズは、もうしちゃってるからね!

 ハラスメントのせいで、お返事については曖昧なままになっている。

 そこを突っ込むのは、ちょっと……いや、かなり勇気がいる。

 でも、ここで尻込みして、何もできないままに王女様との未来を涙ながらにお祝いするハメにはなりたくない!


 だから、わたしは!


 この水晶の卵に誓う!

 必ずや、プロポーズの返事をもぎ取って見せると!

 レイジンからの「はい」か「イエス」をもぎ取って見せると、今ここに誓う!


 だから、卵よ!

 見守っていてくれ!

 そして、出来れば、応援してくれ!


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