天チュウたちとの挨拶を済ませ、レイジンたちを見送り。
一人ググっと恋の決意を固めるわたしではありましたが。
恋にばっかり、かまけているわけにはいかないのだった。
レイジンたちが消えた宇宙を見つめながら、今後の恋の予定について考えていたのだけれども。
それは、パン!――――と手を叩く音で遮られてしまったのだ。
宇宙を見つめていた視線を音がした方へと向けると、ルーシアがにっこりと笑っていた。わたしと目が合うと、ルーシアはハキハキと言った。
「さて! お留守番の間、私たちは魔法の特訓です! ステラには、浜にいる間に絨毯を乗りこなせるようになってほしいの!」
「…………へ? あ、は、はい! せ、先生! よろしくお願いします!」
突然の提案というか決定事項の伝達に戸惑ったけれど。
わたしは、敬礼と共にルーシアに承諾のお返事をした。
だって、空飛ぶ絨毯だよ?
そりゃ、乗れるようになりたいよ!
憧れじゃない?
むしろ、こっちからお願いします!――――な案件だった!
さて、異星界人であるわたしが、そんなに簡単に空飛ぶ絨毯を乗りこなせるようになるのかって話ではあるんだけど。
これが、実はねー。
わたしに絨毯魔法の適性があることは、もう分かっているのよ。
もしかしたら、わたしの中に宿っている鍵の力のおかげかもしれないし、わたしの中に吸収されたお地蔵様の残り香的な力のおかげなのかもしれない。
鍵の力はいずれ持ち主にお返しするものだから、わたしとしては出来ればお地蔵様のお力添えであって欲しいところではあるんだけどね。
まあ、そこは、今考えても仕方がない。
先のことは、先のこと!
とりあえず、今は今で、絨毯に乗って自由に空を飛んでみたい!
目先のうずうずを優先します!
が、その前に。
なんで、わたしに魔法適性があるって分かったのかって話なんだけど。
…………これを説明するのは、乙女として、ちょっと恥ずかしくはあるんだよね。
うん。えーとね?
つまりー、これはー、異星界でのーというか、絨毯野営地でのおトイレ事情が、関係したりする。
本部とかお街の方とかでも同じ方式なのかは、分かんない。
だって、
無事解決した後も、やらかさずに何とかなったことへの安堵感で心も頭もいっぱいだったし。
それに、絨毯式おトイレは、もう使いこなせるようになったしね。
いずれ分かることだから、とその問題については、とりあえず放置中。
で。
絨毯式おトイレについて、とにかく説明しよう。
おトイレも、絨毯で出来ていた……。
おトイレも、絨毯製だったんだよ……。
一から説明しよう。
絨毯部屋の四つ角の一つに、絨毯で囲まれたスペースがあった。
トイレの個室くらいのサイズの小部屋。
そこが、まさしくおトイレだった。
青い絨毯の壁だった。
そして、ドアがなかった。
絨毯建築におけるドアとは、出入りするたびに自分で作り出すものだからだ。
そう! つまり!
絨毯閉開魔法を使えないと、一人でおトイレにも行けないってこと!
付き添いの方が必要になっちゃうってこと!
正直、クラッとした。
それでも、まだ。
この時は、そこまで魔法の習得に必死じゃなかった。
レイジンと二人きりだったりしたら、違ったかもだけど。
その時、案内してくれたのはルーシアだったし。
連れおトイレは女子のたしなみではあるし。
個室の中まで一緒なわけじゃないし、終わったら、一声かけて開けてもらえばいいんだもんね……って思ってた。
甘かった!
個室に入ると、中には、何もなかった。
や、何もないは語弊があるな。
正確には、便器がなかった。
トイレットペーパーもなかった。
あるのは、奥の壁際に設置された絨毯で作った蓋つきの箱……が二つだけ。
青い箱と赤い箱が一つずつ。
それだけ。
わたしは、蒼白になりながら、使い方を教えるために一緒に入って来たルーシアを見つめる。
この時、青かった壁の色が赤になっていたんだけど、それに気づく余裕もないくらい、切羽詰まっていた。
膀胱はまだ、そこまでじゃなかったけど、気持ち的に。
ルーシアは、神妙な顔でこう言った。
「えー。使い方は絨毯を使いこなせれば、簡単ではあるの」
「……………………ハ、ハイ?」
震える声で、答えた。
何となく察しがついて、動揺のすべてが声に出ていたと思う。
ルーシアは気まずそうに目線を逸らしながら、早口で教えてくれた。
「床絨毯に穴を開けて、その穴を固定して、下にある
「………………………………っ! っ! っっ!!」
いやっぱりぃーい!
和式な上にぃー、小さなお子様みたいに個室の中にまで付き添われるとかぁーーーー!
い、いや? いやいやいや?
女同士でも、さすがに、それは!
それはぁーーーー!!!!
わたしは、ルーシアに頼み込んで、何度か穴を開けて固定する魔法を実演してもらい、死に物狂いでおトイレ使用魔法を習得した。
乙女の尊厳がかかってるんだもん!
わたしに間借り中の鍵の力にもお地蔵様にもお力添えをお願いし、膀胱が限界を迎える前に何とかマスターしたよ!
よかった!
マスター出来て本当によかった!
付き添いおトイレも、間に合わなくてのおもらしも、どっちも回避出来て!
乙女の尊厳が恥ずか死ぬところだった!
う、うう。
これで、一人でもおトイレに行けるぅ。
そのことが、こんなにも嬉しいっ。
ちなみに。
青い絨毯箱には使用前の布が入っていて。
赤い絨毯箱には使用後の布を入れ決まりだった。
赤い箱の中身がある程度たまったら、箱ごと宇宙に沈めて綺麗にするんだって……。
ちょっと……脳内に宇宙が満ちて、そこで猫を飼いそうになったよ…………。
さらにちなむと、トイレの壁は普段は青色で、中に誰かがいる時は自動で赤色に切り替わるらしい。
この方式が採用されるまでは、地球でいうところの「うっかり鍵を閉め忘れて、こんにちは」事件が頻発していたらしい。
魔法の力で鍵をかけて、外からは開けないようにするとかじゃダメなのかなー……と思ったんだけど。
この方法は、トイレ使用者の方が、力が強ければ成立するんだけど、逆の場合、力の差でこじ開けられちゃうから、みんなが使える方法じゃないんだって。力が均衡している場合は鍵に気づいて「あ」ってなるけど、力の差が大きいと鍵がかかってることに気づかなくて開けてから「あ」になっちゃうらしい。
この場合、開けられちゃった方は、二重の意味で精神的苦痛を味わうことになるのだそうだ。
最中を見られちゃった羞恥と、力の差をみせつけられちゃった敗北感……みたいな?
それで、壁一面を青にして、使用中は赤にする、視界に強く訴えかける方法が採用されたってことなんだけど。
最初は、使用する人が自分で色を変える方式だったんだって。
で、それだと、やっぱり。
入る時も出る時もうっかり変色を忘れちゃったりもして。
地球でいうところの鍵のかけ忘れや電気の消し忘れみたいな問題が多発して、最終的に今の自動で関知して色が切り替わる方式に落ち着いたんだそうだ。
まあ、そんなわけで。
わたしが絨毯魔法適性ゼロじゃないことは、すでに証明済みという訳なんですよ。
おわかり?