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第37話 絨毯とステラと太陽の女神

 心で命令できちゃう便利なお道具の便利が故の危険性に恐れおののくわたしでしたが、ルーシアはなぜか笑顔でそんなわたしの肩を叩いた。


「うーん。乗ってみる前に絨毯制御みっちり……って思っていたけれど。その様子なら、大丈夫そうね。うん、ステラ。あなたは、大丈夫」

「え?」


 わたしは、しょぼくれたままルーシアを見つめる。

 雲すら押しのけそうな輝かしくも眩しい太陽のような笑顔。

 その光ですら、今のわたしのしょぼくれを晴らすことは出来なかった。

 それでも、太陽は光を放つ。

 いや、てゆーか、どういう意味?


「あなた、今。絨毯の制御を失った時の最悪を想像したでしょう?」

「え? あ、はい、まあ…………?」


 問われて思い出して、わたしは俯く。

 笑顔が眩しすぎたせいもあった。

 しょぼくれた心にその笑顔は眩しすぎる。

 光が強すぎる。


「想像して、絨毯を操ることが怖くなっちゃったんでしょう?」

「う、はい…………」


 貫くような眩しい光は、すべてお見通しのようだ。

 しょぼくれたわたしは俯いたまま、肩を内側に丸める。

 このままじゃ、わたし、巻き肩になっちゃう。


「絨毯制御は、心の制御。だから、そういう子は、大丈夫なのよ。ちゃんと自分でブレーキをかけることが出来る」

「…………へ?」


 わたしは、ノロリと顔を上げた。

 う、やっぱり眩しい。

 後光とかじゃなくて、ルーシアの中から光が放たれているみたい。

 なんか、ルーシアって自信に満ちあふれている感じがするよね。

 それも、傲慢な感じじゃなくて、なんだろ?

 優しい自信? 慈愛に満ち溢れた自信?

 えー? うーん?

 まあ、とにかく母なる女神様って感じ。

 肝っ玉母さん…………は、なんかそれもイメージではあるけど、話が逸れたな?


「制御を失った場合の具体例を聞かせたわけでもないのに、ちゃんと自分で最悪を想像して、その最悪に怖れを感じることが出来る。そういう子は、大丈夫。その怖れこそが、ブレーキになってくれるわ」

「……………………」


 やっぱり、ルーシアは女神様なのかもしれない。

 その言葉にも瞳にも慈愛の光が宿っている。

 しょぼくれていた心が、少し持ち上がる。

 そういうものかなって、グラグラ揺れ始める。

 しかし、ここで突然、光の女神は鬼子母神に変わった。

 ルーシアは慈愛をかなぐり捨て、瞳にギラッと怒りを乗せる。


「危険なのは、ね? 想像力が致命的に足りない上に、自分は絶対に大丈夫って微塵も疑わずに断言できる自信過剰が過剰すぎる輩よ!」

「は、はいい!」


 語尾が強い!

 語尾が強い!!

 しょぼくれていた背骨もピシリと伸びるよ!

 わたしに言っているんじゃなくて、特定の誰かを思い浮かべての昂ぶりっぽくはあるけれど、わたしの背骨も伸びちゃうよ!

 鬼上官って感じぃ!


「そういう輩はね?」

「は、はい」

「自らの制御の甘さが事故を引き起こしたことを決して認めず、絨毯のせいにしたり、他人のせいにしたりして、自己を顧みて反省したりしないから、何度も同じことを繰り返すのよ!」

「え? それは、なんて迷惑な……」


 な、なるほど?

 わたしが想像したのは、宇宙の海で絨毯飛行した時の最悪だったけど、でも。

 そうだよね?

 絨毯社会の交通手段の最大手が絨毯なんだとしたら、都会の方へ行ったら、地球における車並みに絨毯が空を飛び交っているってことだよね?

 となれば、もちろん。

 車による交通事故並みに絨毯交通事故が発生してたっておかしくないってことだよね?

 う、うわ!

 宇宙の海上飛行なら、被害を被るのは自分だけだけどさ!

 都会で事故ったら、他人様にもご迷惑をかけちゃうってことだよね?

 うっかり心のひとり言を絨毯に拾われちゃったせいで、車でいうところの道路を逆走したりとか、アクセルとブレーキを間違えたり、みたいなことが起って、ば、場合によっては他人様の絨毯と衝突しちゃったり、とか?

 え? こわ…………。

 てゆーか、ルーシアのこのお怒り具合からして。

 もしかして、ルーシアはそういう被害にあったことがある?

 向こうが無意識の命令で制御をミスってぶつかってきたのに、無意識すぎてそれを認められずに、「俺は悪くない! 絨毯が悪いんだ!」とか「お前の方がぶつかって来たんだろう!」とか言って、罪を認めず。その上さらに、そうであるが故に同じ事故を繰り返すと……。

 で、ルーシアは、そういう輩にぶつかられた被害者だったのに加害者にされた事があるってこと、なのかなー?

 だとしたら、お怒りもごもっともだと思う。

 や、加害者にされたわけじゃなくてもだよ?

 絨毯のせいにしてまったく反省しないで何度も同じ事故を繰り返したりしたら、やっぱり怒るよ! わたしだって、怒るよ!


 てゆーか、免許とか、ないのかな?


 あるなら、そういう迷惑な人からは免許をはく奪しちゃえばいいと思うんだけど。

 …………まあ、ないなんだろうな。

 だから、野放しの迷惑野郎にこんなにお怒りなんだよね?

 それにほら。そうでなきゃ、ここで講習会が始まったりはしないだろうしな。

 免許制度があるなら、都会へ戻ったらさっそく免許を取りに行ってちょうだいみたいに教習所へ送り込まれる展開になるんじゃない?

 そうじゃなくて、ここで講習会が始まっちゃうってことは、さ?

 絨毯は、なんか車っていうよりも、自転車っぽい扱いなのかな?

 なんか、こう。

 親戚のお姉さんに自転車の乗り方を教えてもらう感じのノリじゃない? これって?

 こんな、簡単なことでいいのかな?

 だって、ほら? 空を飛ぶ乗り物で事故ったら、被害は甚大なわけじゃない?

 ぶつかり合った人たちだけの問題じゃないよね?

 墜落した先にあった人や物だって、タダじゃ済まないよね?

 車っていうか、飛行機と同じ扱いだよね?

 飛行機の免許って、車よりも難しいんじゃない?


 こんな自転車みたいなノリで絨毯飛行術をマスターして、そのまま大空へ飛び立ってもいいのだろうか…………?


 限りなく果てしなく不安になってきた。

 言っとくけど、わたし。

 ついうっかりで、何かしでかしちゃう自信なら、大いにあるよ?

 なんか、もう。

 絨毯3号をお返しして、絨毯飛行講習もご辞退申しあげた方がいいんじゃなかろうか、な気持ちに傾きかけてたんだけど、ルーシアは笑顔で次のステップへと進んでいく。


「でも、あなたは大丈夫。…………とういうわけで! もう少し絨毯を下げて、さっそく乗ってみましょう!」

「あ、はい……」


 駄目だ。逆らえない。

 笑顔の圧に逆らえなかった。

 わたしは、言われた通りに絨毯の高度を膝辺りまで下げ、もそもそとその上に乗り込み、真ん中でちょこんと正座する。

 こ、こんな揺れ揺れブレッブレの気持ちで飛行練習とかして、大丈夫なんだろうか?


「あら? まだ何か不安があるの?」

「いや、その、えっと…………」

「大丈夫よ。心で繋がる道具だからこそ、自然と内から湧き上がって来た怖れがブレーキの役目をしてくれるわ。ちゃんと自分を疑うことをできた自分を信じるのよ!」


 なんか、難しいことを言われた!

 疑うことが出来た自分を信じる?

 どういうこと?

 うう、講習を受け始めた時はノリノリでウッキウキだったのに。

 絨毯の上のわたしは、気持ちはブレッブレだけど、体は緊張でガッチガチで、借りて来た猫のように正座で縮こまっていた。

 そんなわたしを気遣って励ましてもらえるのは、嬉しいのですが。

 自信満々に言い放つルーシア先生のお説に根拠はあるの?

 それ、親戚のお姉さんのただの思い込み、とかじゃないの?

 ううう、い、言えない。

 本職の先生とかじゃなくて近所のお姉さんに教わることに不安を感じているんです、とか。

 本人を目の前にして言えるわけがない。

 それすなわち、あなたのことが信用できませんってことじゃない?

 ちょっとよく意味が分かんなかったけど、自分を信じてとか言われた後に、言えそもそもあなたを信用できませんとか、言えるわけない。

 でも、違うの!

 ルーシアのことは信頼しているの!

 でも、絨毯乗りの講師の先生として信用できるかというと、それは別問題っていうか!

 つまりは、そういうことなわけで!


「もーう、大丈夫よ! ちゃんと傍で見てるから! 暴走しそうになったら、ちゃんと止めるわよ? こう見えても私、星導教会で絨毯乗りの指導教官してるんだから。任せてちょうだい?」

「え? そ、そうだった…………の? な、なんだ。そっか。それじゃあ、お願いします!」


 あ、な、なーんだ。なんだ、なんだ。

 そうだったんだ。

 日本の免許制度とは違うかもだけど、ちゃんとなんか、それっぽい制度があるんだ!

 でもって、ルーシアは星導教会で教習所の先制みたいな仕事をしているってことか!

 ルーシアはただの親戚のお姉さんじゃない。

 教える資格を持っているお姉さんだった!

 もー、それを早く言ってよー!

 そういうことなら、お任せしよう。

 心を読まれたわけじゃないんだろうけど、求めていた追加情報が明かされて、わたしはコロッと態度を変える。

 すっかりウキウキ気分を取り戻したわたしでしたが、ここで更なる追加情報が来た。


「よかった。やる気を取り戻してくれたみたいで。ステラには、何としてでもここにいる間に絨毯乗りをマスターしておいてほしいのよね……」


 安堵の吐息と共にルーシアは、ポロッと胸の内を零した。

 どこか深刻みを帯びた呟き。


 さっきと違う緊張が、わたしの胸の真ん中をザザッと駆け抜けていった。


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