何気なくも重さを感じる呟きは、わたしの不安を掻き立てた。
なんていうの?
ラノベとか読んでて、「あ、これ、もしかして伏線?」ってなった時みたいな。
そう、伏線。
これがラノベなら、間違いなく伏線なんじゃない?
つまり、星導教会に戻ったら、たった一人で絨毯に乗って、忍び寄るあるいは大っぴらに追って来る魔の手から逃れねばならないシーンが待ち受けている可能性が、ある…………ってこと、だよね?
しかも、確立、割と高めで。
だって。
大丈夫だとは思うけれど念のためって感じじゃなかったんだよね。
そうならないように尽力はするけれど、いざって時には、わたし一人でも逃げられるように備えておかねば……的な感じだったと思う。
両者は、似ているようで、ちと違う。
前者は、そんなことは起こらないと思うけど念のためって意味での万が一で。
後者は、何かが起こることが前提で、でもって、それに対して教会側で対処しきれなかった時の備えとしての万が一ってことだ。
いや、まあね?
若干ラノベを嗜んだことがある一般人女子高生のただの感想ですけどね?
でも、ルーシアの呟きには、確かに重さがあった。
ただの雑談とか呟きとしてサラッと流しきれない重さ。
そして、ここで改めて思い知らされる。
これは、ただの異星界恋愛ファンタジーじゃないんだってことを。
策謀渦巻く王宮ナンチャラものってヤツじゃない!? これ!?
失われた王女の鍵の力!
その力を宿した異星界の少女!
陰謀の匂いがする!
もう、これ!
レイシアさんは王女様確定でいいよね!?
そういうことなんだよね!?
だって、王女様っぽかったもん!
でもって、王女様の鍵の力を狙っている奴らがいるってことなんだよね!?
そして、そして!
わたしが鍵の宿主だって、そいつらにバレちゃったら!
わたしが狙われちゃうかもってことだよね!?
う、ゴクリ。
その場合、具体的に何がどうなって、どうされちゃうのかは分かんないけど。
あんまり、よろしくないことにはなりそうだよね…………?
ルーシアたち星導教会の人たちは、宿主であるわたしのことを守ってくれそうではあるけれど。
でも。
万が一に備えて、自分で自分の身を守れる術を身に着けておいて欲しいってことなんだよね?
「ルーシア先生。わたし、何としても絨毯乗りをマスターしてみせます! だから、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
「…………もちろんよ! 任せてちょうだい!」
わたしはキリリと顔を引き締め、絨毯の上で正座をしたまま、深々と頭を下げた。
だって、お荷物には、なりたくないもん。
ポイ捨てヒロインは嫌だけど、お荷物ヒロインなんてもっとごめんだ。
麗し美しの王女様なら、ひたすら守られヒロインポジでもいいかもしれないけれど。
わたしは、平々凡々な一般人だ。
王女様の鍵を宿した異星界人というオプションはついているけれど。
わたし本体は、平々凡々な一般人だ。
ただ守られているわけにはいかない。
自分にできることがあるなら、やらねば。
お荷物の果てにポイ捨てされないためにも!
それに、わたし。
健気ヒロインなんてガラじゃないし。
守られるだけとか、むしろ居た堪れないってうか。
うん、出来れば。守り守られる関係でありたい。
おまえに何が出来るんだよ?――――って言われたら困るんだけどさ。
でも、わたしでも出来ることがあるなら、何とかしたい。
頑張って何とかなることなら、頑張るよ!
だって。
レイジンのことが好きだから。
ルーシアのことが好きだから。
エイリンは…………まあ、好きではないけど、嫌いというほどでもないし。
レイジンとは、行く行くは、そりゃまあ、その……結ばれたいなぁとか、ゴニョゴニョ……。うう、はい、思って……思って、ます。
で、でも、それを抜きにしても。
出来れば、お客さんじゃなくて、みんなの仲間になりたいなって思ってる。
三人の関係は、正直羨ましい。
出来れば、わたしもその輪の中に入れて欲しい。仲間として。
だから、お荷物ヒロインとしてみんなの足を引っ張る存在にはなりたくない。
みんなの役には立てないまでも、足手まといにはなりたくないんだよ!
「さあ! ルーシア先生! まずは、何をどうすればいいですか!?」
決意を固めたわたしは、ピシリと背筋を伸ばし、鼻息も荒くルーシア先生に指導を請うた。
さあ、行こうか、3号!
乗りこなしてみせるぜ!
「いい心がけよ、ステラ! まずは、上下運動からね。最初は、ゆっくり、よ?」
「はい!」
基本中の基本みたいな指導に、わたしは威勢よく返事をした。
基本上等! 文句なんて、あるわけない!
好きだから頑張ろうって気持ちが昂りまくりとはいえ、初っ端から宇宙の海に飛び出す度胸はないからね!
願ったり叶ったりのご指導なのさ!
石橋は叩いてから渡る主義だからね!
割れたって、いい!
叩いて割れたら、別のルートを探せばいい!
というか、別のルートを探すべき!
だって、この非力なわたしが叩いて割れるような石橋は、そもそも欠陥石橋ってことじゃない?
ね?
「いいわよ、ステラ! その調子よ! じゃあ、次は、私の周りを旋回してみて!」
「はい!」
「……………………そう! そうよ、ステラ! 次は、壁の端から端まで往復してみましょう!」
「はい!」
「…………………………………………いいわね! それじゃ、浜に出てみ……る前に、ちょっと休憩……いえ、もうそろそろお昼ねぇ。浜は午後ね」
「は…………え? も、もう、外に出るん、ですか?」
「ええ。大丈夫、基本はバッチリよ? ステラ、あなた筋がいいわ」
「……………………は、はい!」
室内の安心感(なんか、いかにもトレーニング中ですみたいな安心感があるんだよなー)からか、絨毯部屋の中では、かなり自由自在に乗りこなせるようになってきたわたしでしたが、休憩の後は浜に出ようと言われて、ちょいと怯んだ。
自転車の訓練で例えるなら、初めて補助輪を外して乗ってみましょうみたいな不安感。
だけど、筋がいいと褒められて、わたしはすぐにその気になった。
我ながら単純。
まあ、でも、ほら?
宇宙の海に出るわけじゃないし。
浜の上なら、まだ、ね?
まあ、何はともあれ、お昼だー!
お遊び気分は吹っ飛んで、実技テストを受けるみたいな真剣さで挑んでたからね。
もう、くったくただよー。
お腹もすいた。
お昼ごはんは、ねー。天チュウさんたちが用意してくれるんだって。
浜だから海鮮なのかな?
天の海鮮。
骨をリリースしたら食材が復活するなんて、天の浜辺で暮らしていたら食糧難の心配はなさそうだよね。栄養は、偏りそうだけど。
ともあれ、わたしは、絨毯3号を降りて、ルーシアと連れ立って浜へと向かった。
レイジンたち、帰って来てるかなー?
絨毯に乗れるようになったって報告したら喜んでくれるかな? 褒めてくれるかな?
――――なーんて、ちょっと期待したんだけれど。
残念ながら、そもそも二人は遠征先で自己調達してお昼を済ませ、お帰りは夕方ごろの予定なんだそうだ。
さすがにちょっと、モヤッてジェラった。
だって、エイリンはレイジンのことが好きなんだよ?
アタックするつもりはないらしから、今のところ恋のライバル未満なんだけどさ。
わたしに対して敵意バリバリだったから、対抗すべく方針を翻して乙女アピール・恋アピールを仕掛けないとも限らないのだ。
さすがにちょっと、モヤッてジェラるよ!
夕方、なんだかお互いにちょっとだけ意識し合っている感じの二人が戻ってきたら、どうしよう?
ダメだ。
本格的にモヤジェラってきた。
絨毯乗りへの手ごたえも霞むモヤジェラ。
湧き上がるモヤジェラを飲み下しきれずにいたら、ルーシアが天の焼き魚を手渡しながら尋ねて来た。
「そう言えば、天浴はどうだった? ほら、朝は、なんだかなし崩しになっちゃって、あんまり話せなかったじゃない?」
「あ、そう言えば……」
天の焼き魚を受け取りながら、わたしは頷いた。
頷きながら、心には希望が湧き出て来ていた。
そうだ。
わたしは、まだ。
レイジンと骨浴語りをしていない。
ルーシアとも、話が盛り上がる前にレイジンが盛り上がっちゃったから、有耶無耶になっちゃったんだった。
しかし、これはチャンス。
骨浴推進派のレイジンだからこそ、朝の骨浴のことをさっそく語り合いたいと言えば、わたしのために(というか骨談義のために)時間を取ってくれる可能性が高い。
そこで、レイジンの心を擽る骨談義で盛り上がるためにも。
今ここで、ルーシア相手に骨浴感想を語りつつ、レイジンの骨浴観をうまいこと聞き出すのだ。
その情報を元に、レイジンからの好感度がアップしそうな骨談義の内容を考える。
これ、ナイスアイデアじゃない?
なーんて、意気込んで骨浴語りをしようとして、思い出した。
そういえば、さ?
骨浴中に推定王女様のレイシアさんの幽体に会ったこと、まだ話していなかったよ、ね?
……………………今さらだけど。本当に今さらだけど、これって。
結構、重要情報だったり、しない?