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第39話 シュワシュワしてサラリ

 そういえば、ルーシアたちって、さ?

 わたしの中に間借りしている鍵の力の持ち主が誰なのかってこと。

 ちゃんと『確』が取れてる感じじゃなかったっぽくない?


 ――――――――だよね?


 昨日起きたあれそれを思い返しながら、渡された天の焼き魚を、はむん。

 天の魚は、焼いても美味しかった。

 いい感じに塩がふってあるせいもある。

 あまりの美味しさにモシャモシャモシャーッとがっついてしまった。

 当然、記憶の振り返りもストップする。

 でも、これは不可抗力ってもんだよね。

 疲れて空腹のところに、この美味しさ。

 心にも腹にもしみる。


 骨浴談義についても、回想タイム同様、一旦保留中になっていた。

 ものすごく自然な流れで保留になった。


 ルーシアが「熱いうちにいただきましょう」って言って、わたしは疑惑に気を取られてちょっと上の空になりながらも頷いて「いただきます」をして、ほぼ無意識のまま天の焼き魚のお腹らへんに齧り付いて、美味しさに心を奪われて、思考の方は疎かになった。

 ついつい我を忘れてしまって。

 だって。

 皮目は香ばしくて、身はふっくらで臭みはまるでなく、仄かな甘さがある。

 でもって、そこに絶妙に塩がふられていて。

 シンプルなのに、ものすごく美味しい。

 素材の旨味が生かされまくり。

 おまけに、ものすごく身離れというか骨離れがよくて、食べやすい。

 あー、もう。塩を振って焼いただけなのに、どうしてこんなに美味しいのか?

 ルーシアも無言で天の焼き魚にムシャついている。

 これはたぶん、わたしが上の空だったことにも気づいていないかも。

 いや、気づいていたとしても、空腹で天の焼き魚に気を取られていたせいとか思われていそう。

 カニを食べてる時みたいに、お互いに無言で夢中だったもん。

 ルーシアは、今もまだ、無言で夢中の真っ最中だけど。

 わたしも無言のまま、手の中に残った骨を見つめる。

 頭と尻尾がついた骨。……とお口の奥から尻尾までブスリと刺された串。

 両手で持って食べるのにちょうどいいサイズの、串刺しにされて焼かれた天のお魚。

 大変、美味でございました。


 もう一匹くらい、いけそうなんだけどなー?

 おかわりとか、してもいいのかな?


 骨を見下ろしながら、悶々と考えていたら、天チュウさんが食べ終わった骨を受け取って、代わりに新しい天の焼き魚を渡してくれた。


 んもう! 天チュウさんってば!


 わたしは笑顔でお礼を言って、新しい天の焼き魚に食らいつく。

 うん。美味しい。

 二匹目も、もちろん美味しいけれど、空腹の方は落ち着いて来ていたので、一匹目の時よりは余裕がある。

 さっきよりも、しっかりと味わって食べながら、わたしは。

 改めて、昨日の出来事をおさらいする。

 天の焼き魚の美味しさのおかげで、自然に会話が途切れたのは好都合だった。

 お魚に夢中なふりをして、わたしはお魚を味わいつつも、昨日のルーシアとの会話を思い出す。


 まあ、思い出すって言っても、会話の内容をまるっと思い出せるわけじゃない。

 わたしの脳みその能力的に、そういうのは、ムリ。

 だけど、こう、ざっくりしたところは大体思い出せる。


 確か、絨毯部屋で二人きりで。

 星導教会がラピラピしてるってことを教えてもらって。

 なんか、その話の流れで。

 わたしに宿っている鍵の力の通訳機能がどこまでなのかって話になって、それで。

 ……………………そう。そうだ。

 ルーシアは、鍵の通訳性能から、鍵の持ち主を推測してみました……みたいなことを呟いたんだよ。


 つまり。


 星導教会…………の偉い人たちもそうなのかは分かんないけど、でも、少なくとも。

 ルーシアたちは、白い鍵の本当の持ち主が誰なのか、知らされていないってことだ。

 そんなに優秀な脳みそは持ち合わせていないとはいえ、このくらいは、わたしにも分かる。

 ここまでは、わたしにも分かる。


 問題は、ここからだ。


 わたしの知ってる情報、すなわち鍵の持ち主の名前をルーシアに伝えるのか、否か。

 レイシアさんが本物の王女様なのだとしたら、これはとんでもないレベルの重要情報なはずだ。

 王家サイドがその情報を隠しているんだとしたら、マジもんの国家機密ってことだよね?

 それを、星導教会サイドに漏らしちゃった場合、どうなるの……かなー?

 う、うーん?

 わ、分かんない。

 一介の女子高生の手には余る! 余ります!

 いや、だってだよ?

 国家機密だよ?

 ラノベとかで読んでるだけならハラハラドキドキを楽しめるけど、さ?

 それが自分の身に降りかかるとなったら、話は別だ。

 よくある展開なんて言葉じゃ片付けられない。

 物語上では、ありふれて聞き慣れた単語だけれど。

 自分がそれに関係しているってなったら、パワーワードが過ぎる。

 ああ、わたし。今。

 最高に怖気づいてる。


 あんなに美味しかった天の焼き魚は、すっかり味がしなくなっていた。

 もちろん。お魚の方に問題があるわけじゃない。

 わたしの心の問題だ。

 美味しさを味わう余裕なんて、あるわけがない。

 機械的に魚を咀嚼しながら、わたしは。

 これから、どうするべきなのかを考える。


 骨浴中にレイシアさんの幽体と出会って名前を教えてもらったことを伝えるべきなのか、内緒にしておくべきなのかを、考える。

 ん、んん。

 ルーシアにも、もちろんレイジンにも。

 嘘はつきたくないし、隠し事はしたくない。

 ルーシアのラピ話や骨浴語りの感じからすると、星導教会もよさげな感じの組織っぽくはある。

 でもさ?

 組織のトップとか、偉い人たちは腹黒だったりするのも、よくある展開じゃない?


 …………わたし、わたしは、どうしたらいいの?

 分らん!

 ルーシアたちのことは信じてるけど、会ったこともない偉い人たちのことは、分らんよ!


 答えが出ない内に骨が出来上がった。

 身はすべてわたしのお腹の中で、手元には宇宙にリリース予定の骨と串が残っている。

 白と茶色が混ざったもふもふの手がニュッと出てきて、骨と串を回収していった。

 でもって、今度は崖の上の森で採って来たというネクタリンみたいな果物を渡された。

 渡された果物は、よく熟れていた。齧ると甘酸っぱい果汁がじゅわっとお口の中に広がっていく。

 甘い果汁は、舌と胃袋だけじゃなく、考え疲れた脳にも心にもしみた。

 しみ入った。


「ねえ、ルーシア」

「んん?…………んっ、なあに?」

「ルーシアが骨……天浴した時は、どうだった? どんな感じだった?」

「んー……そうねぇ」


 考えがまとまらないまま、わたしはルーシアに中断していた話を振った。

 ルーシアはタレそうになった果汁の汁を嘗めとりながらも、質問に応じてくれた。

 時間稼ぎのつもりなの?――――なんて、自分で自分に突っ込みながら、わたしはルーシアの話に耳を傾ける。

 時間稼ぎもあるけれど、現実逃避……してるのかもしれない。

 ――――なーんて、意外と冷静に自己分析。


「天浴って、夢を見ている時の感覚に近いじゃない?」

「え? そう、なの?」

「ええ、そう。シュワシュワしてサラリとした液体の中で浮かんでいるみたいな、そんな夢。星の中に潜っているみたいにも、感じたわね。星の存在が、近く感じられるっていうか。まあ、その辺の感じ方は、人によって若干の差異はあるし、感覚的にどうしても合わないって人もいるのよねぇ」


 ルーシアは果汁を気にしつつも、自らの骨浴体験というか骨浴感覚について語った。

 ルーシアも骨浴推進派なのだろう。

 レイジンほど前のめりじゃないけれど、生き生きと流れるように語ってくれた。

 わたしは、若干の差異っていうのが気になった。

 それって、どの程度なの、かな?

 わたしの骨浴との差異は、若干の範疇なの、かな――――?

 ネクタリンモドキ攻略をストップして、わたしは固まる。

 ルーシアは、わたしの返事がないことよりも食べかけの果実の方が気になるようで、齧りかけの断面からジュッと果汁を吸い取ってから、続きを語り出した。


「あとは、そうねぇ。天浴中は、鍵の力が研ぎ澄まされる感じがするのよね。だから、鍵の力で星を守る星導師にとって、天浴は清潔さを保って心身のリフレッシュを図るというだけじゃなくて、自己と向き合うというか、神聖な儀式的な意味合いもあるのよねぇ。まあ、この辺も、どっちに重きを置くかは人それぞれだけどね」


 え? そう? なの?

 神聖な儀式なのに、あんなに気軽に部外者におススメして普及しようとして、たの?

 ま、まあ。人それぞれって言ってるから、星導教会の公式見解じゃないってこと、なのかな?

 いや、違う。そこじゃない。

 そこも気になるけど、今はそこじゃない。

 わたしは思い切って、だけど恐る恐るルーシアに尋ねた。


「…………え、と、そのー? 自分の骨を見下ろす感じ…………とかじゃないの?」

「…………………………………………え?」


 果実に齧りつこうとしていたルーシアが稼働を停止した。一拍……どころじゃないな。何拍か置いてから、錆びついたロボットみたいにギギギギギってわたしに顔を向けて、限界まで目を見開く。綺麗な金色の瞳がポロリしそうだ。

 瞳はポロリしなかったけれど、果実から果汁が滴り落ち、ルーシアの指を伝い、赤いアラビアンパンツの上に落ちてポツリと染みを作った。

 それがもう、答えだった。


 どうやら、わたしの骨体験は、若干にはおさまりきらない差異だったようだ。


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