どうやら、浮遊霊になって自分の骨を見下ろすタイプの骨浴は、あまり一般的ではないようです。
ルーシアはポロリしそうなほど真ん丸に目を見開いた驚愕の顔で、言葉もなくわたしを見つめている。
ルーシアは、わたしを凝視したままギギッと錆びついたロボットの動きで手を動かし、食べかけだったネクタリンモドキを口元へ運び、咀嚼を始めた。
なんか、こう。機械的な感じの咀嚼だ。
ルーシアが、わたしを凝視したまま無言でネクタリンモドキを食べ終えると、ササッともふもふのお手々が飛び出してきて、種を受け取っていった。
ルーシアは、指を濡らしている果汁を綺麗に嘗めとり、それから――――。
「はぁ…………」
羨ましすぎる豊かな胸元に手を当てて、ため息を吐いた。
え……と? なんか、感嘆のため息……っぽいんですが?
ん? んん?
「ステラ……。あなたは、本当にチキュウのラピチュリンなのね」
「へ?」
それは、役職的な意味での
異星界からの渡り人でもある、星導教会の過去の偉人さん、のことだよね?
怪訝な顔になりつつも、わたしは食べかけだったネクタリンモドキに口をつけた。
天チュウさんが、ソワソワしながら、わたしの手元をチラチラしているのに気づいちゃったからだ。
急いで実を食べ終えて、もふ手に種を渡したのとほぼ同時に、感極まっちゃった感じで元々金色の瞳をキラッキラに煌めかせたルーシアが、ぐわっとわたしに身を乗り出してきた。
ビクゥッって身を竦ませながらも、しっかりと種を受け取って、スササササーッて退散していった天チュウさんに半分意識を持っていかれていたけれど、そんなことは許さんとばかりに両肩をガッと掴まれて、強制的に意識のすべてをルーシア方面に切り替えさせられる。
ルーシアさん、あの、お顔が近いです。
「ステラ! 聞いてちょうだい! ラピチュリンにも、天浴をした時に自らの骨と対話をしたという逸話が残されているの!」
「へ? い、逸話?」
「そう! 逸話!」
頼れるお姉さんの仮面をかなぐり捨て、推しを語る若娘のように頬を上気させているルーシアに戸惑って、そこじゃないところを拾ってしまった。
ルーシアは、ラピチュリンとわたしがおそろ体験をしていたってことに感激してるって察しつつも、そこには触れずに、いや間接的には触れているんだけど、本命はそれじゃないよね?――――な単語を拾っちゃったんだけど、でも。ルーシアはなぜか速攻で肯定相槌を返してきた。
ルーシアは、なぜか速攻で肯定相槌を返してきた。
興奮しすぎて、話のどこを拾っても響いちゃうってこと、なのかな?
――――と思ったけど、わたしのおまぬけなお返事は、ちゃんと正しくルーシアに響いて、話として繋がっていたようです。
ルーシアは、わたしの肩から手を離して少し後ろに下がり、適度な距離間で尋ねて来た。
「でも、逸話でも詳しい骨との対話についてまでは語られていないのよ。だから、ねえ、お願い、ステラ? ステラの天浴体験について、初めから終わりまで、子細漏らさず話してもらえないかしら?」
「あ、はい」
ね、熱量が、熱量がすごい!
キラキラした圧に逆らえず、わたしは何も考えずに頷いて。
何も考えずに、骨浴体験の一から十までを洗いざらい告白した。
浮遊霊状態で、宇宙を揺蕩う自分の骨を見下ろしていたことも。
わたしに吸収されたミニ地蔵様と会ったことも。
星の花のプリンセスみたいな超絶美少女と出会ったことも。
星のプリンセスが、わたしと同じセーラー服を着ていたことも。
プリンセスが、わたしに話しかけてきたことも。
その話の内容も。
プリンセスの名前がレイシアさんで、古い言葉の意味を教えてもらったけれど、「星の……」までしか聞き取れなかったことも。
覚えていることは。
思い出せることは、洗いざらい全部ゲロッた。
思い出しながらの話だったせいで、話をしている間は、目の前にいるはずのルーシアのことは、完全に意識から外れていた。
だから。
すっかり話し終えてから、「こんな感じの話で、満足してもらたかなー?」と反応をみようと意識の焦点をルーシアにあてて、わたしは彫像になった。
そら、もう、カチーンと。
話をせがんでいる時のルーシアはキラキラ乙女状態だったのに。
話を聞き終えたルーシアは、額に片手をあてて俯き、ひどい頭痛を我慢している人状態だった。
実際、頭痛がしているんだろう。わたしの話のせいで。
萌え心を満たす話を聞きたかったのに、頭の痛くなる話を聞かされてしまったのだ。
無理もないよね?
あ、ちなみに。わたしが彫像になったのは、頭を抑えるルーシアを見て自分のアホさに気づいちゃったからです。
だって……。だって、そうでしょ?
ちょっと前には、さ?
あ、これってもしかして、国家機密かもって、本気でガクブルッって。
ルーシアに話しちゃおうか隠しちゃおうか、真剣に悩んでたのに、さ?
あの葛藤は、なんだったんだよって話だよ、ね?
熱意に押されて圧されてたとはいえ、あの時の葛藤ををまるっと忘れて、話し終わった後には、ちゃんとルーシアの萌え心を満たせたかどうかを心配するなんてさあ………。
アホなの!?
……………………いや。うん。分かってる。
まあ、アホだよね……?
分かってるっ。薄々分かってはいるよ?
でもさ?
こうして自業自得とはいえ、その現実を突きつけられるとさあ!
へこむわ!
へこむし、彫刻にもなるさ!
まあ、今は。彫刻モードは解除されて、異星界から来た虚ろな目の少女になって、いじいじと人差し指で膝がしらに「の」の字書いてますけどね?
――――――――ん?
ポンと肩に手を置かれて、わたしは「の」の字職人を廃業した。
顔を上げると、真剣な顔をしたルーシアが目に映った。
仕事の出来る星導師の眼差しが、真っすぐにわたしを射抜いている。
これから、大事な話が始まるのだ。
「今から四年前、いえ、五年前? あら? どっちだったかしら……?」
「……………………」
だ、大事な話が、始まる、のだ。
…………ルーシア。しごできお姉さんな感じバリバリなのに、数字には弱い、のかな?
緊迫した雰囲気が一瞬で霧散したけれど、でも、大丈夫です。
そういうの、むしろ安心します。
「えーと、今から数年前になるわ。ある夜、
あ、立て直してきたけど、誤魔化した。
まあ、でも。
おかげで、肩の力は抜けました。
というか、星の都で
ああ! 大事な話が始まるのに、封印したはずの暗黒が疼く!
肩の力、抜けない方が良かったかもしれない。
「その翌日から、この星界の双子の
双子の
え? ん? なんか、ものすごく、きな臭くなったよ?
ということは、レイシアさん……じゃないな、レイシア様…………は?
その肝心なところはをぼかした言い回しって、その。
行間を深読みすると、それって、さ?
あ、あまり言いたくはない。
こんなこと、言いたくはないけれど。
わたしが会ったのって、レイシア様の幽霊……だったりする……の……かな?