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第41話 天チュウと浜遊び

 午後に予定していた絨毯飛行特訓は、延期になった。

 再開の目途は立っていない。

 いや、それは言いすぎか?

 正確には、一旦それどころじゃなくなったって感じかな。


 ルーシアは今、絨毯部屋に籠っている。

 星導せいどう教会と魔法通信で連絡を取り合っているのだ。

 絨毯に映った相手方の映像とやり取りする感じなのかな?

 ちょっと気になる。後で聞いてみようっと。


 でもって、その間。

 わたしは天チュウさんに浜を案内してもらうことになった。

 肝心なところは、分らないままでモヤモヤするけれど。

 もふもふたちに囲まれていると、癒される。


 そう。教えてもらえたこともあるけれど、肝心なことは、分らないままなんだよね。


 一番の疑問は、この星の王女じゃなくて星女せいじょなレイシア様が、今どうなっているのかってことだ。


 生きているのか?

 それとも、それとも…………。

 幽体状態のわたしが会ったレイシア様は、レイシア様の幽霊だったのか?

 わたしは、鍵の力に間借りされているんじゃなくて、幽霊に憑りつかれているのか?


 さすがに言葉にはしなかった。

 言葉には、出来なかった。

 でも、気遣いがバッチリ出来る察しの良い“しごでき”ルーシアは、わたしの心の声を読み取って、ふるふると首を横に振りながら、声なき質問に答えてくれた。

 答えてはもらえた……けれど。


「今のところ、レイシア様の安否は不明…………としか、答えられないわね。レイシア様はすでにお亡くなりになっていて、鍵の力と魂があなたに宿ったのかもしれないし、どこかに幽閉状態とはいえ御存命で、鍵の力を媒介にして、レイシア様の魂とステラの魂が繋がった…………という可能性もあるんじゃないかしら?」


 疑問は解消しなかった。

 幽霊なのかもしれないし、生霊なのかもしれない。

 それは、ルーシアたちも掴んでいない情報なのだ。

 いずれにせよ、わたしへの説明会というか情報開示は、ここまでだった。

 ルーシアは、星導教会本部と連絡を取りたいからって言って、わたしを天チュウさんたちに託すと、重苦しい雰囲気を纏わせたまま絨毯部屋へ籠ってしまったからだ。


 そんなわけで、わたしは今。

 天チュウさんたちに面倒をみてもらっている。

 まずは、浜から宇宙への骨の廃棄処分…………いやいや、えーと、骨の放流?

 波のない波打ち際というか宇宙際にして浜際から、カゴに入れられた天の焼き魚の骨を放流していくのを見学……いや、お手伝い、なのかな?

 鍵の力もチュウチュウ語の翻訳は出来ないから、やり取りが全部、身振り手振りなんだよね。

 あと、もふ顔からも読み取れる表情というのはあるわけで。

 とりあえず、みんな優しそうで嬉しそうで、とにかくフレンドリー。

 もふもふした生き物に懐かれるのは、それだけで、なんかいいものだよね?


 というわけで。

 なんか、やってみろーみたいな仕草をされたから、骨放流に参加します!

 まあ、やることは簡単で、そんな気負うほどのもんじゃないんだけど。

 カゴから骨の尻尾を掴んで摘まみ上げて、そのまま宇宙にリリースするだけだからね。

 地球人のわたしにも出来る簡単なお仕事ですよ。

 尻尾を摘まみ上げて頭から宇宙へ入れると、食べた後の残骸だった骨は天の魚になって、宇宙の彼方へと泳いでいく。

 残骸には、頭と尻尾の部分に身と焦げた皮とか残ってたんだけど、それも全部、完全なる骨になって。

 残飯だった骨は、生きている骨となって宇宙を泳いでいく。


 なんか、すごい世界……じゃなくて星界だよね。


 泳いでいく骨たちを見送りながらしみじみしていたら、天チュウさんが、まだ中身が残っているカゴを持ち上げて、中身を一気に宇宙に流し込んだ。

 ちょっぴり、呆然。

 でも、すぐに納得。

 だって、天チュウさんたちからしたら、これは毎日の日常ルーチンだもんね?

 だったら、その方が効率的だもんね。

 つまり、さっきの一匹ずつの放流は、初心者のわたしへのサービスというか、体験させてくれた感じなんだね?


「ありがとうー」

「チュウ! チュチュチュ、チュウ!」


 一応お礼を伝えると、ちゃんと通じたっぽい。

 天チュウさんは、お手々をパタパタ振りながら、ニコニコ笑ってチュウチュウ語で返してくれた。

 たぶんだけど、「気にするな! 喜んでもらえたなら何よりだ!」的なことを言ってるっぽい。

 たぶんだけど。ま、そういうことにしておこう。

 何となく交流がうまくいって、ほっこりするわたしでしたが。


 この後、衝撃の大事件が起こった。


 いや、天チュウさんたちにしてみれば、これも日常の一環っぽいんだけどさ。

 わたしにしてみれば、驚愕だよ。

 なんと、天チュウさんたちは、「チュウチュウ」と嬉しそうに騒ぎながら、一斉に宇宙の浅瀬に突入を始めたのだ。

 パシャパシャ……と実際には波が立つわけじゃないけれど、まあ、そんな感じに浅瀬を歩き回って楽しんでいる天チュウさんもいれば、腰を下ろして、ゆったり肩まで浸かっている天チュウさんもいる。


 もちろん、宇宙に浸かっている部分は、もれなく骨だ!


 もふもふ毛皮の愛らしさと骨の対比が、えっぐい!


 うっ!?

 よ、四つん這いになって、頭を突っ込んでいる天チュウさんもいらっしゃる!?

 さすがにシュールが過ぎるんですが!?

 そっと目を逸らすと、膝から下が骨になっている天チュウさんがニコニコしながらわたしを手真似ている姿が目に入った。

 わたしは、曖昧に笑って、首を横に振った。

 えーと、ごめんなさい。

 それは、ちょっと、わたしにはまだ、早いかなって?

 天チュウさんは、残念そうな顔になったけれど、すぐに「気にしないで」って感じにお手々をフリフリしてくれた。

 や、優しい。

 親切だけれど、親切の押し売りはしないその姿勢は、わたしも真似したいです。

 わたしも天チュウさんに手を振り返し、それから――――。


 お、思い切って、恐る恐るだけど、指の先だけを、宇宙に入れてみた。

 足だけ骨になりながら天チュウのみんなと遊ぶのは、さすがにちょっとまだ思いきれないけれど。

 善意をお断りしてしまったのが申し訳なくて、指先だけ、ちょっとだけ試してみることにしたのだ。

 な、何事も、挑戦よね?

 と、思ったんだけどね――――?


 ふっ、ふわっおー!


 わたしは、慌てて指を引き上げた。

 ゆー、指指指指、指の先が骨になってるぅー!

 はー! はー! はー!

 いや、まあね?

 それは、そうではあるんだけどね?

 そうなるって、分ってて指を入れたんだけどね?

 実際にそれをこの目で見るのは、なんか違うんだよ!

 指先もスースーしてたけど、背筋もスースーしてくるんだよ!


 てゆーか、すでに骨浴を体験済みなのに、何を今さらって話でもあるんだけどね!?


 違うんだよ!


 骨になった自分を幽体になって見下ろすのと。

 指の先だけが骨になってるのは、なんか違うんだよ!


 他人事として話だけ聞いている分には、前者の方が圧倒的にホラーみがあるけど。

 自分の体で実際に体験してみると、後者の方がよりリアルチックにホラー体験なんだよ!


 …………なのに、天チュウさんたちは、このリアルチックホラーが日常なんだなぁー。


 なんでだろう?

 宇宙で戯れている天チュウさんたちの毛がわ部分は、あんなにもふもふと暖かそうなのに。

 眺めていると、背筋だけじゃなくて心までスース―してくるのは、なんでかな?

 陸にいるのに、骨になった肋骨の隙間を寒風が吹き抜けていくようだよ……。


 ルーシア、早く戻ってきて。

 今、ものすごく。

 人間が恋しい。


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