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10勝手目 イタコの誇り(1)


 鏡はやはり繋がっていた。戻った時の現代はすっかり夜で、周りの家には生活の灯火が灯っている。


 僕らは過去に戻ること、そして現代に戻ってくることが出来た。これはすごい事だ。僕は帰ってこれたことにホッとして、大きく息を吐いた。


「帰って、来たのか……?」


 泣き出す前のように声を震わすのは守だ。


 ずっと僕らの帰りを待っていてくれた。まるでおじいちゃんやおばあちゃんのように腰を曲げて近づいては、指先でおどろおどろしく体に触れ、僕らの存在を確かめる。


 信じられないという顔で僕らを見つめる目は、蝋燭の炎だけでも充分わかるくらい潤んでいる。

 きっと1人で泣いたんだなって。守は泣くイメージなんてないから、茶化してみたくなった。


「僕、大丈夫って言ったじゃんか」

「お前ら……」


 守に安心してほしくて、できる限りの笑顔を作った。鏡の中で起きたことや八十禍津日神のことには蓋をする。

 こんなに心配してくれたのに、追い打ちをかけるように真剣な話なんてしたら、いくらメンタルが強い守でも罪悪感で押し潰されてしまうかもしれない。


「良かった――!」


 守は緊張から解かれて安堵の声を上げながら、僕と洋ちゃんの間にくるようにして抱きしめてくれた。

 少し照れくさいけど、ちゃんと帰ってこれて良かったと心から思える出迎えだ。

 しかし、それは僕だけ。怪我人の洋ちゃんはそれどころじゃなかったみたい。


「痛ってぇ――――!」


 守に抱きしめられ、折れた左腕に触れられたと悶絶。声にならない痛みを訴えて、「まず病院だ! 病院!」とブチギレてしまった。


 話は後だと、守は大急ぎで近くにタクシーを呼びつけ、洋ちゃんを病院に連れて行ってくれた。

 僕は病院が終わったら必ず戻ると言った守を待ちながら、禁忌を犯した後の後片付けをする。


 そして、梓弓を拾い上げた。


 僕の商売道具と言ったらいやらしい言い方だけど、イタコとして独り立ちする時におばあちゃんから受け継いだ大切な相棒。


 イタコは男じゃ無理だって言われたことも、男は出来ないって言われたことも、試行錯誤して乗り越えてきた。


 弓を触ると、僕は八十禍津日神との事が本当なのか試したくなった。能力がほとんど無くなったなんて、やっぱり信じたくないんだ。


 僕が最も得意とするのは、「仏降ろし」と呼ばれる生者と死者の仲介役。

 僕はその天才と呼ばれている。この梓弓さえあれば、どこでだって口寄せができて、誰だって対応できていた。


 弓の弦をつま先で弾いてみる。誰を呼ぼうか。例えば、そうだ。去年亡くなった、ご近所のお爺さんを呼んでみよう。


 血縁ではないしご家族の依頼もないけれど僕は必ず呼べる。

 神経を研ぎ澄まして弓を鳴らしながら「仏降ろし」を試みる。

 梓弓に死者の霊を降ろし、弓から僕へ乗り移ってもらうやり方だ。


 失敗したこと事なんてほとんどない。だから僕は天才だって、おばあちゃんも神霊庁の人も言ってくれた。


 なのに――


「おかしいなぁ、本当にできないや」


 本当に、失敗したことなんてなかったんだ。けれど、いくら呼んでも来てくれない。人を変えても、誰にしても、仏降ろしも、神との交信ができる「神おろし」もできない。


 疲れているからなのかな。いや、でも関係ないんだ。今までは出来なかった事なんかないんだ。ないんだ、ないんだ……


「僕の……誇りが……」


 握ってきた梓弓が手から離れていく。僕が離したというより、梓弓が"僕には持つ資格がない"と意思を持って離れていくように感じた。


 僕はもうイタコじゃない。誇りを無くした、ただの晴太だ。



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